六法符
次の日、俺は朝から庭に出た。六法符を練習するためである。既に素契紋は装着している。期待と不安が入り混じっているというのは、こうゆうことを言うのだろう。
赤峰さんと那柚さんは、もう出て来ていて準備をしてくれている。ありがたいことだ。俺に気づくと赤峰さんが近づいてきた。
「おはよう、御雲君。」
「おはようございます。」
「早速、練習をと言いたい所だが、その前に基本的なことを教えようと思う。六法符はその名の通り、六種類の符がある。“火”、“水”、“風”、“時”、“体”、“光”、だ。さらにそれぞれの威力に五段階あり、“壱”、“弐”、“参”、“耀”、“轟”、とこれも伍符の名前通りに別れている。種類の方を横、威力の方を縦にして、表を思い浮かべてもらうと判りやすいかもしれない。私が昨日見せたのは、火の弐で『火矢』だ。」
六法符の名前の通り種類は六種類、そして威力は五段階か。昨日見たのが弐番目だとすると、逆に壱番目はどんなものが出るのだろう。上は恐らく段々威力が上がるのは想像出来るが、下は今一思いつかない。早速その辺を質問してみよう。
「火の壱とはどんな物ですか。」
「ぼんやりとした小さな火が現れるだけだ。何も役に立ちそうにないと思ったかい。」
図星だ。
「六法符の壱は全てそんな感じだ。水は水が少量出るだけ、風は弱風が吹くだけという感じだ。これは元々生活でも、活用出来るように作られているからなんだ。つまり魔強獣と戦う時は大きな力を、普段の生活では小さな力を使えるように、地球人がこの世界で暮らしやすいように、六陣精霊が考えてくれたらしい。もっとも今の時代、いろんな代用品が出来たので壱の六法符は、使われることが少なくなってきたが、無くなると困るものだ。」
なるほど、千年も前だと火を起こすのも大変だったかもな。日曜代理品としての役割もあったのか。
「次に伍符についてだが、コキノ族とケラト族が作ってくれているとはいえ、無から出来る訳ではない。素材が必要だ。素材には、鉱物や植物そして魔強獣等があり、それにある物を混ぜて伍符が出来上がる。そのある物とは彼らの体の一部だ。コキノ族は髪の毛、ケラト族は角を使う。それらを混ぜ合わせ製作するのが伍符である。」
材料がいるのは分かるが、コキノ族やケラト族の体の一部を、使うとは想像してなかった。彼らしか作れない理由が分かる。
「採取しにくい物は、高威力の伍符と結びついている上、耀と轟はケラト族にしか出来ない。町でケラト族を見かけなかったと思うが、彼らは自分の国から出ることはあまりない。別に他種族が嫌いな訳ではなく、物や食料の交易はある。ただこちらから出向かなければ、向こうから来ることは少ないだけだ。伍符も作りはしてくれるが、自分達の角を使用することもあり、用途について下交渉が必要になる。幸い耀以上を使うことが必要な魔狂獣は稀なので、頻繁に頼むことはない。」
「緊急時のために、在庫を置くことはしないのですか。」
「そこが少し問題なのだが、伍符は使用期限があるのだ。生成してから一年立つと使用できなくなる。大量に素材が集まっても作り置きはしづらい。昨日ラキッツがすぐには難しいと言っていた理由もここにある。いつ出るか分からない物を作っても、無駄になる可能性があるからだ。かと言って直ぐに欲しい時は間に合わない。」
いろいろと制約もあるのだな。使用期限なんて無くてもよさそうだが。
「いろいろ説明をしたが、ここからは実際、伍符を使って練習しようと思う。」
ついに来たか。なんか緊張してきたな。
「すでに素契紋を装着しているみたいだから、伍符を渡そう。これは火の壱だ。」
伍符を手に取った感じは、紙よりもプラスチックに近い感じがする。
長方形の形をしており、手の平よりやや小さい位か。素契紋と同じく幾何学的な紋様が入っている。
昨日見た伍符は全体が黄色だったが、これは白だ、多分威力によって色が違うのだろう。
「符の持ち方はどうでもいい、“臨”と唱えると手に持っていれば、何時、何処でも素契紋に吸収される。ここでは分かりやすりように、手を前に出してもらおう。ではいいかな自分のタイミングでいいので“臨”と唱えてくれ。ただ昨晩も言ったようにその素契紋は不具合を起こす可能性もある。何か異変があればこちらも対処するが、御雲君もすぐ外せるような気持ちでいてくれ。」
忘れていた。何も言わずに進めてくれた方が、俺的には良かったが、万一のことがあれば大変なので、忠告してくれたのだろう。
俺は符を持ってゆっくりと右手を前に伸ばした、それも精一杯。
勿論そこまで伸ばさなくてもいいのだが、最後の忠告で怖さが勝っていたみたいだ。自分でも腰が引けているのが分かる。
その状態で、幾ばくかの時が流れる。なかなか“臨”を唱える踏ん切りがつかない。
心臓の鼓動が聞こえてきそうなほど緊張している。しかし何も言わず待ってくれている赤峰さん達を、困らす訳にもいかず意を決した。
「“臨”!」
思わず大きな声が出たが気にしない。
符の方は燃えるように消えて行き、同時に俺の素契紋の紋様が光だす。
それは昨晩見た光景とほぼ同じで、変わった様子は無いように見える。それは赤峰さんも同じだったようで、
「特に問題ないみたいだな、とりあえずは良かった。次に“彈”を唱えてくれ。今の状態なら唱えながら、手の前に火が出るようにイメージすれば問題ないはずだ。」
手の前に火が出るように、手の前に火が出るように。
「“彈”!」
発した瞬間、右手の前に小さな炎が現れた、これは感動ものである。少し熱いが。
時間にして十秒位だろうか、出現した炎が段々と小さくなって消えた。
遠くから拍手が聞こえる。
「うまくいきましたね。上手です。」
少し離れた所にいた那柚さんが、褒めながら拍手を送ってくれていた。そんなにすごいことは、してないはずと思ったが、照れ笑いでごまかした。
「初めてにしては上出来だよ。前に出してくれとは言ったが、以外にうまくイメージすることが難しいものなんだ。上手くいかなくて火傷をした人もかなりいる。御雲君は筋がいい。」
そうなのか、よく分からないが、日本で魔法を使う映画とか、アニメのイメージをしたのが良かったのかな。
「思いのほか上手くいったので、次に進もう。今度は弐の『火矢』をやってもらう。」
あれですか。
確かに今は上手く行きましたけど、もうちょっと練習をしてからがいいような気が。と思ったが赤峰さんは次の段取りに進んでいた。
「那柚の方に的を用意してある。あそこを狙ってやってみてくれ。要領は先ほどと同じだ。最後に矢を的に当てるようなイメージを追加すればいい。」
そう言うと赤峰さんは、伍符を渡してきた。昨日見たやつと同じだ。
さっきは思いの他うまく出来たと言ってもらえたが、実感はほぼゼロだ。
的の方を見ると那柚さんが此処ですよと指を指してくれている。それを見ると待ってくださいとも言い出せず、同じように右手を前に差し出して構えを取った。
「“臨”」
素契紋の反応は全く同じだ。
「“彈”!」
同じように今度は火矢をイメージしていると前方に火矢が現れ、そのまま音も無く真っすぐ飛んで行き的に見事命中した。
俺も驚いているが、赤峰さん達はもっと驚いたみたいだ。
「信じられんな、こんなにうまいとは。」
「そ、そうなのですか。」
「真っすぐ的に向かって当てるのは、練習しないと基本難しいんだ。私も随分手こずった記憶がある。」
俺すごいみたいだけど、おだてられてはいないよな。
「そうなると次は連射といきたいが、丁度いい、ここで素契紋の容量について話しておこうと思う。実は素契紋に入る伍符は一枚だけではない。入る容量があり、それまでなら何枚でも入る。ちなみに片手の素契紋の容量は五だ。壱は一、弐は二、と順番に行き轟は五の容量を使う。その容量までなら複数入れることも可能ということだ。」
なるほど、複数入るのは便利だが、実際は壱を五つ入れてもあまり使い道はなさそうだな。複数使うことになるのは多分戦闘時、魔強獣と遭遇した時になるだろう。
その時片手で使用出来るのは弐を二つ入れるか、弐を一つと参を一つの組み合わせ、もしくは耀か轟を一つしか入れない選択か。
耀と轟はあまり手に入らなそうだから、弐か参の組み合わせが多そうだな。
どちらにしても魔強獣に会わないほうが、いいのは間違いないが。
「このことは使っていけば、自然と分かる、試してみよう。伍符は素契紋に容量が残っていれば、同時に何枚でも一緒に入ってくれる。やってみよう。」
そう言って火の弐を二枚渡された。
「あともう一つ、今は気にしなくていいが、六法符の使用には制限時間がある。使った場合は勿論、使わなくても一時間経てば素契紋から消える。覚えておいてくれ。」
制限時間まであるのか、一時間は結構あるが、計算しておかないと、いざ使おうと思った時、無くなっていたと言うことになるな。
まあそんなことより今は次の課題を考えるのが先か。
既に二回六法符を使ったので、緊張感は少し薄れてきたが、やるたびに新しいことをするのは、やはり神経を使う。
こんな物を使わないと生活が大変そうな、この世界でやっていけるのか、と考えている自分と、こんなすごいことが出来るとは、この世界も悪くないと思っている自分もいる。ややこしいものだ。とりあえず、やるか。
「“臨”」
すでに手に持った伍符を目の前にかざした。さすがに三回目ともなると、思い切り手を伸ばさなくても大丈夫だと分かってくる。
一枚目が消えた後、二枚目も消えだした。素契紋に同時に入りはするが、入っていく順番は一枚ずつらしい。
この時もう一枚同じ伍符が、二枚目の後ろに見えて来た。もらった符が二枚ではなく、三枚だったのだ。
この時に俺は火の弐の容量は二なので二枚しか入らない、一枚は赤峰さんに返すか、もう片方の手で持っておこうと思っていた。
二枚目が消えさり、的の方を向こうとしたその時、続けて三枚目も消えだした。
「えっ赤峰さん、これはどうゆう……」
理由を聞こうとしたが、赤峰さんも完全に予想外の顔をしている。
どうする間もなく三枚目も完全に消えてしまった。
「大丈夫か、御雲君。手は何とも無いか。」
赤峰さんは、慌ててこちらに近寄って来てくれたが、俺は何とも無かった。
「ええ、特に何もないです。」
「ちょっと素契紋を見せてくれないか。」
俺の手を取り素契紋を裏表繰り返しながら、入念に見ている。
「本当に何もないか。」
「はい。」
「特におかしな感じも素契紋からは見られないが、信じられないな。三枚も入るのは。」
「一枚不良品だったとかは。」
「不良の場合は入ることは無く、そのまま残るんだ。」
顎に手を当て考え出した。今まで起きたことが無い現象なのだろう。かなり難しい顔をしている。
俺自身は聞いていたのと違うので少しびっくりはしたが、びっくりするのはもう慣れて来た。
そうしているうちに、足音が聞こえたので振り向くと、那柚さんが駆け寄って来てくれていた。
「御雲さん大丈夫ですか、何ともありませんか。」
「俺の方は全く問題ないです。」
「お父さん、これはいったい。」
「私にも分からん、恐らく御雲君が、装着している素契紋に要因があると思うが。考えられるのは、素契紋の不良か、今までの素契紋に無い力が備わっている。のどちらかだ。」
そう言った後、こちらの方を向きながら、
「御雲君、昨日も言ったが、その素契紋は普通のとは紋様が違う。違うだけで特におかしい所は今まで無かったので油断していた。こんなことになってしまった。ゆるしてくれ。」
「いえいえ、謝るようなことはないです。俺は特に問題ないですし、三枚入っていたのも偶然でしょうから、仕方ないです。なんなら本当に入っているか試してみましょうか。」
しまった、口がすべった。つい言ってしまったが、今のは無しで、
「御雲君が、そう言うならいいが、構わないのかね。」
そうなりますよね。
「こ、ここまで来たら、やるしかないでしょう。」
「御雲さん本当に大丈夫ですか、無理していません?」
「うまくいけば大発見ですし、失敗しても死んだりしないでしょう。ハハハ……」
那柚さんが心配してくれるが、もう後には引けそうもない。
赤峰さんも心配はしてくれているが、期待半分の顔をしている。やるしかない。
ゆっくりと的の方を向き右手を構える。
「では行きます。“彈”」
一つ目が飛んで行き的に命中する。
複数入っているからといって全部出て行くのではなく、一つずつ見たいだ。
やや間隔を置き次を唱える
「“彈”」
二つ目も問題無く命中した。ここまでは異変が全く無い。緊張の三つ目を唱える。
「“彈”!」
三つ目の火矢も何事もなく現れ、そして的に向かって飛び命中した。
全て何事もなく成功だ。少し拍子抜けの気もするが、無事に終わって困ることはない。
周りにはやや沈黙が流れていた。
「これは、すごいな。」
赤峰さんが呟き気味に喋った。
「御雲君も素契紋も大丈夫のようで良かったが、ある意味おおごとだな。」
ここで那柚さんが何気に疑問を投げかける。
「すごいですね。何発撃てるのですか。」
さっきまで心配してくれていたのに、さらっと言われた。
「ふむ、それは確かに。もし良かったら一枚ずつ試してくれないか。」
流れからして、そうなりますよね。体も素契紋も何ともないとはいえ、不安が無い訳ではない。
しかしこのままの状態で終わると、消化不良になるのも確かだろう。
そう思い赤峰さんから伍符をもらった。とりあえず火の弐を十枚、それを全部持って構える。
「“臨”」
伍符は一枚二枚と順調に消えていく、三枚目が終わると四枚目に入った。特におかしな所は無い。
そして五枚目に入りそれが無くなった所で止まった。計五枚入ったことになる。
「五枚か、体の方は大丈夫そうだね。素契紋も特に問題なさそうだ。」
「では打ちますね。“彈”」
順番に打っていき三本目まで問題なく出た。慎重に四本目、五本目を打っていくが結局普通に終わった。
「すごいな。五本打てたのもそうだが、全て的を外してない。」
六法符の練習をやり始めて、褒められることばかりなので、悪い気はしない。
しかし今度は那柚さんが考え込むような仕草をしていた。
「お父さんちょっと。」
そう言うと赤峰さんを連れて家に入っていった。俺何か機嫌が悪くなるようなことをしたかな。いや思い当たる節はない。
五本打つまでは那柚さんも変わった所は無く、むしろ五本打つことになったのも半分那柚さんの提言みたいなものだし、少し不安な気持ちに覆われたころ、二人は出て来た。
「すまない、色々事情があってね。詳しくは今日の晩に話すよ。」
「すみません、よろしくお願いします。」
「いえいえ大丈夫ですよ。何かあるのなら言って下さい。お世話になっていますし、俺にできることなら。」
この時俺は不用意に発言していたことをまだ知らない。
それから、未知の力を発揮していた素契紋について、いろいろ実験してみた結果。
俺の素契紋の容量は十であった。これは片手の容量であり、左手も同じだったので両手で二十の容量があった。普通の素契紋の単純に倍である。
両手で容量一杯、六法符を使用したが支障が出るような事態にはならなかった。
ただ左手の方は、右手ほど精度が良くなく、命中率は半分ほどに下がった。利き腕じゃないのも関係しているかもしれない。
午後からは左手の精度を高める練習を重点的にし、そして夜が来た。
夕食が終わるとすぐに話が始まった。
「町で聞いたと思うが私は、火球を調査した後、鳳明、つまりこの国の首都へ行かなければならなくなった。これは上からの依頼で断ることは出来ない。」
確かにそんなことを言っていた、赤峰さんが居なくなると不安はあるな。
まだまだ教えてもらいたいことは沢山あるし、那柚さんはどうするのだろう。いやまじめな話しである。
「当初の予定では、町で同行者を雇い、那柚も一緒に三、四人の仲間で行こうかと考えていた所だったのだが。」
そう言ってこちらに視線を向ける。嫌な予感がする。
「御雲君、無理を承知で頼む。一緒に来てくれないだろうか。」
まじか、と言うかまだ右も左も分からない俺が、行っても足でまといじゃないのか。
「ごめんなさい御雲さん、私が提案したの、あなたを一緒に連れて行ったらどうかしらと。」
ここでピンと来た。昼間一度家に入って話していたのは、このことだったのだ。
あの時俺は調子に乗って余計なことを言ったかもしれないが、那柚さんは嬉しかったかもしれない。
「これはお願いだ。勿論強制はしない、判断は御雲君にまかせるよ。もし来てくれなくても、町で信用できる人物に君を預けるつもりだ。そこは心配しなくていい。」
それを聞いて、少しほっとしたが、赤峰さんも俺を連れていく理由があるはずだと思った。何となくは分かっていたが、聞いてみる。
「俺を誘った訳を聞かせてもらえますか。」
「正直言って今回の首都への旅は危険が付きまとうだろう。物見遊山で行けないのは確かだ。そんな旅にこの世界に来たばかりの人間をなぜ誘ったかと言うと、薄々気づいていると思うが、君の持っている素契紋の力を貸して欲しいんだ。その素契紋はとんでもなくすごい。私達にとっては、まさに青天の霹靂と言っていいほどの衝撃だった。くわえて精度もいい、左手は今一と言うかもしれないが、右手だけで私達の両手分の働きが出来る力があるだけで十分すぎるほどだ。」
「しかし、この世界のことをよく分かってない人間より、旅の熟練者を雇った方が安全な気もするのですが。」
「確かにそれも一理ある。だが御雲君を誘った理由はもう一つあるんだ。これは少し嫌な話になるが、君の素契紋は今まで見たことも聞いたことも無い物だ。それ故に狙われる可能性もある。勿論そんな事ないように頼むつもりだが、世の中悪いこと考える人間は何処にでもいるものでね。出来れば素性が分かるまでは一緒に行動したい。それに鳳明はこの国の首都だ。何かそれの手がかりになる資料もあるかもしれないと考えた訳だ。どうだろうまだ時間はあるので、返事は今直ぐでなくていい。」
「父は最初、反対してたの、でも御雲さんがあまりに上手に六法符を使うのと、未知の力を見てきっとお父さんの力になるんじゃないかと思って、でもやっぱり困らせてしまったみたいですね。ごめんなさい。」
とても辛そうな那柚さんを見るのは忍びないが、ここは冷静に考えなければ後々大変になる。
まず、ここに残った場合のリスクとしては、知り合いを紹介してくれるとはいえ、俺からした完全に赤の他人、昨日までは赤峰さん親子もそうだったので、大差無いと言えばそれまでだが、また知らない所へ行く不安はある。この素契紋のことも絡んで来ると余計に心配だ。
対して赤峰さん達と一緒に行った場合、精神面の不安は和らぐことが出来るが、危険な旅になるみたいなので、死のリスクがあるかもしれない。いやあるだろう。
ここは、もう少し情報が欲しいと思い聞いてみる。
「旅と言うのはどんな感じで何日位のものなのですか。」
「何事も無く行けば、工程的には一週間ほどになるだろう。道中は君が出現した霧海の森を抜けた後、孤月山を登ることになる。山と言っても途中の洞窟を抜けるので、登ることはあまりない。洞窟を抜けると琥珀湖が見える。その近辺に落ちたと思われる火球の調査の後、翠蓋の森を通って首都鳳明へ向かう流れだ。孤月山までが二日、調査一日、首都までの道のりが三日、天候の具合もあるので予備を入れて一週間と言う所だ。途中魔強獣に会う可能性は高い。御雲君の安全は最優先にするが、保証までは出来ない。」
俺の安全面に関してここまで言ってくれると言うことは、正直に話してくれているみたいだ。逆に言えば危ないのは保証されていると言うことだな。
ここはやっぱり一晩考えるか、しかし誰に相談出来るでもないし、一人で考えても結局まとまらない可能性は高い。
俺はどっちにしたいのか、完全に五分と五分だと言っていい。ここは、もうあれしか無いな、あれしか無い。
「今日は疲れているだろうから、結論はやはり明日に……」
「いえ、今決めましょう。」
そう言って俺は、この世界に来る前に双月からもらったコインを取り出した。
こんなこともあろうかと、と言うつもりはないが、着替えた後も何となくポケットにコインを入れていた。
「天と掘っているのが表で、地の方が裏にします。今からコインを投げますので、表が出れば赤峰さん達と一緒に行きます。裏が出れば残ります。こんな重要なことをと思われるかもしれませんが、よく迷った時これを使うんです。俺の考えは本当に五分五分なので、これで決めたいと思います。後で反故にしたり後悔はしません。」
「分かった。御雲君がそれでいいなら、私に異存はない。那柚もいいね。」
「はい。」
「では行きます。」
コインを親指に乗せ、勢いよく上に跳ね上げた。
何重にも回りながら硬貨は上に上がっていくが、やがて頂点に達し今度は落下し始める。その軌道を見ながら左手の甲を落下地点に持って行った。
硬貨はその手の甲に着地し、同時にその上から右手をかぶせる。
運命の瞬間である。俺はゆっくりと右手をあげた。