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異世界

 朝が来た。

 昨晩は、さすがにいろんなことがありすぎて、なかなか寝付けなかった。

 夕飯を那柚(なゆ)さんが持って来てくれた時少し話をしたが、この家には三年ほど前から親子二人で住んでいるとのことだった。

 赤峰さんは、昔この国の首都で政府に従事していたらしく、辞めた後もその関係の仕事をしているらしい。俺のことを援助するのもその一環とのことだった。

 聞いても分からないだろうなと思いながら、赤峰さんが何処に行ったか聞いてみると、木白町の役所に行ったみたいだった。

 俺の件も含めて、何か急用があったみたいだ。

 その赤峰さんは、日が沈んだ頃に帰宅したみたいだったが、なにやら忙しいみたいで、昨日はもう部屋に入って来ることはなかった。

 もちろん、いない間、俺と那柚さんには何もなかった。

 当たり前だ。赤峰さんを悪く言う訳ではないが、見ず知らずの男が家に居るのに、よく娘を置いて出ていくなと思った。

 そして何気に窓の方を見るが、昨日と変わりはなく、ここは地球ではない。

 少し思いふけっていると、赤峰さんが朝食を運んで来てくれた。那柚さんでなく残念だ。


「おはよう、気分はどうだい。」

「おはようございます。最高とは言えませんが、昨日よりは落ち着いています。」

「それは良かった。朝食を食べ終わったら、一緒に町に出かけてみないか。君の生活に必要な物を一緒に見てもらった方がいいと思ってね。」


 町か、人が一定数以上住んでいるならば、それは勿論あるものだ。

 昨日の今日でいきなり町へ出るのはどうかと思ったが、外国へ旅行に来たら街に行かないことは無いな、と状況がかなり違うにも関わらず、頭の中で無理やりこじつけ了承の返事をする。


「分かった。後で那柚に服の着替えを持ってこらすので、それに着替えて下に降りて来てくれないか。街を出るにあたっての注意事項を簡単に説明してから出発しようと思う。」


 そう言って部屋を出て行ったかと思うと、那柚さんが入れ替わりで入って来た。


「着替えの服を持ってきました。その服装だとダメと言うことはないのですが、あまり目立たない方が今はいいと思いますので。これは父のお古で申し訳ないのですが、体格は近いみたいなので、合うとは思います。」


 持って来てくれた服は、淡い茶色のTシャツにGパンに近いズボンだ。今着ている服と形は大きく変わらない、日本でも探せばありそうな感じだ。俺が来ている服がダメなのは何となく分かる。真っ白な生地の表裏に黒で大きく文字が書いてある。

 “今日はいい天気だ”

 地球では上着を着ていたので見えないはずだったが、ここは初夏みたいなので上着は全て脱いでいる。

 まさかこんな状況になるとは夢にも思うはずもなく、改めて見るとはずかしい。というか俺がサイコさんと思われていたかもしれない。


「すみません、ありがとうございます。朝食を食べて、着替えたらすぐ下に降りて行きます。」 

「待っていますね。」


 笑顔で答えて彼女は出て行った。


 


 下に降りて行くと居間らしき所があり、二人が待ってくれていた。


「来たか、御雲(みくも)君。そこに座ってくれ。」


 言われるまま、テーブル横の椅子に腰をかける。

 部屋の感じは俺が寝ていた所と大差ない、日本で言うと丸太小屋に近い建築だろう。

 テーブルを見ると、黒地に金色の刺繍の模様が入った手袋と、カードみたいな物が置かれていた。今は冬じゃないみたいだし、マジックの練習でもしていたのかなと漠然と思う。


「今から街に行くのだが、少し注意点を言っておこうと思う。ここは地球じゃないが、似ている点も沢山ある。むしろ相違点の方が少ないだろう。ただ君が来るまでこの国では三百年以上転移してくる人はいなかった。これから君が見る街並みは、その位昔の景色として認識してほしい。少々変わった物を見ても、そこはそれなりに振舞ってくれ。」


 微妙ないいまわしだが、大げさに驚かないでくれと言うことだろう。

 それにしても三百年以上も前となると江戸時代の頃だな、時代劇を想像すれば大丈夫だろう。多分。


「道中は長くないが、危険なものに遭遇する恐れもある。この世界には普通の動物達とは別に、より狂暴で強い動植物がいるのだ。総じて”魔強獣(まきょうじゅう)”と我々は呼んでいる。君のいた地球にも人を襲う動物はいたと思うが、ここにいる魔強獣は比べ物にならない位強くて好戦的だ。この辺で出会うことはほぼ無いだろうが、今後一人で出歩く時は十分注意してくれ。」


 聞きたくなかった。そんなのが居るなんて。注意って言われても何を?とりあえず一人で出歩くのは絶対ないな。


「それともう一つ。」


 さっきの話でテンションだだ下がりなので、これ以上ネガティブなことは、あまり聞きたくないな、と思っていたらそんな話ではないらしい。


「地球には無く、この世界にはある物がある。町中で見かけることはあまり無いと思うが、万一見かけると非常に驚くことになるので、ここで説明して見せようと思う。」


 そう言うと赤峰さんは、テーブルの上にあった手袋を両手にはめ、カードを手に取った。


「今から火の矢を出す。那柚そこの窓を開けてくれ。」


 えっ手品?この世界にもあるの。

 元は地球から来た人達だからあっても不思議ではないが、今やる必要があるのだろうか。それとも俺が魔強獣の話でまだ緊張していると思い、和ましてくれているのだろうか。

 那柚さんが窓を開けると赤峰さんは、その方向を向き立ち上がった。


「“(りん)”」


 赤峰さんがそう唱えると、手に持っていたカードが燃え落ちるように消えていき、同時に手袋にあった金色の刺繍が光りだす。

 ゆっくり消えたように感じたが、実際は一秒位だろうか。

 そして赤峰さんは、ゆっくりと窓の方に手を伸ばした。その先には一本の木が立っている。

 続けて唱える声がした。


「“(だん)”」


 何が起こるだろうと見ていると、手の先から燃え盛る火が出現しあっと言う間に矢の形を形成し、それは弓で引いたようなスピードで、真っすぐに飛んでいき正面の木に突き刺さった。

 ……木が可哀そう。いやそうじゃない、そう何だがそうじゃない。冷静になれ。

 これは手品じゃないのか。

 しかし手袋の光った経緯は何とかそれで説明できても、火の矢は無理じゃないのか。この場所でも少し熱気を感じたし、突き刺さった木もまだ燻っている。ホログラム的な物とも思えない。

 俺の動揺は想定済み、と言わんばかりに赤峰さんが話しかけてきた。


「驚くのも無理はないが、これは”六法符(ろっぽうふ)”というものだ。」

「手品じゃありませんよね?」

「手品じゃない、たぶん魔法に近いだろう。」


 魔法、まさかと思ったが、この世界に来た時よりは驚きはない。

 本当にあるのかという感じだ。


「順を追って御雲君にも説明をしようと思う。まずこの手袋は”素契紋(そけいもん)”と言う。カードの方は”伍符(ごふ)”と言う。素契紋を装着し伍符を使用することで六法符を発動出来る仕組みだ。」


 その原理で言うと俺でも六法符が使用可能なのかと思い、


「それは誰でも使えるのですか。」


 俺はやや興奮気味に話しかけた。

 赤峰さんは、やさしく制し、


「結論から言うと誰でも扱えるが、使えない人はいる。その訳は数が限られているからだ。素契紋は特殊な物質で作られていて、製作することが現在では不可能なのだ。ではどこから手に入れたかと言うことになるが、その話は地球人がこの星に初めてきた時まで遡らないといけない。」


 長くなりそうだ。


「初めて地球人がこの地に来た時、異世界にもかかわらず、地球と近い気候や食べ物等の環境は、生活することを何とか可能にしていた。しかし問題もあった魔強獣の存在だ。倒そうとしてもなかなか歯が立たず、逆に狩られる始末。何とか作った村を守るだけで精一杯だったという。そんな時この世界の”六陣精霊(ろくじんせいれい)”が力を貸してくれた。六陣精霊は六法符を地球人に分け与え、魔強獣に対抗できるようにしてくれた。この力のお陰で人類は魔強獣を倒しながら、生息域を格段に広げていった。しかし強すぎる力は争いを生むと考えた六陣精霊は、六法符の力を分けることにした。それは異種族同士の争いも起きないように考えられ素契紋は地球人に、伍符はコルヌイ国と、アルクス国の者にしか作ることを出来ないようにした。この分配のお陰で、三種族間は大きな争いもなく今に至っている。話を戻すが素契紋の数が限られているのは六陣精霊が、ある程度地球人が繁栄をすると姿を見せなくなった。つまり今ある素契紋はその時から数が増えていないが、人口は増え続けた。結果、素契紋は誰もが手にするものでは無くなったのだ。」


 そう言うことだと数が限られている素契紋は、俺がもらえる余地はないだろう。

 この世界で暮らしていくためには、地球の動物と比べ物にならない魔強獣を倒さねばならず、それをおいそれと貰えるとは考えにくい。

 それにしても六法符はすごいものだ。地球でいうオーパーツだが、実用可能の時点で比べ物にならない。などと考えていると次の説明が始まった。


「見てもらえれば分かると思うが、素契紋は劣化することは無い。破いたり燃やすことも不可能だ。ゆえに長期間の使用にも耐えられる。そして誰でも使えるが、誰でも使える訳ではない。先ほどと同じ問答のようだが意味が少し違う。理由を説明すると、素契紋の持ち主がいない場合は誰でも使えるが、いると使えない。つまり素契紋は一度装着するとその人の情報を読み取って、その本人しか使用できないようになっている。しかしそれでは本人が亡くなった場合永久に使用できなくなってしまう。そこで六陣精霊は居なくなる前、最後にある条件を追加した。持ち主が使わなくなって一年経つとその情報は仮に消される。仮にと言ったのは、情報は消されるのではなく奥底に眠っているからだ。これにより持ち主が変わって何年経とうが、前の持ち主が装着すると先任の方が優先される。これは何世代経ってもだ。このシステムがなぜあるのかについては、泥棒対策のためと言われている。」


 劣化もしないとは、しかも色々考えられている。

 しかし六陣精霊とは何者なのだろうか。争いの火種も無くすように考えてくれてもいるし、やはり神様に近いのだろうか。


「ちなみに、六陣精霊がこの世界にいたのは間違いないので、地球で教えのあった従来の宗教は、ほぼ廃れており六陣精霊を主に信仰している。」


 これは何となく納得できる、直接御利益がある方を奉るのは、当然の成り行きである。

 六陣精霊のことも聞きたいが、今は取り敢えず六法符の方か。


「今までの話の流れから言うと、そもそも余っている物はほぼ無いという訳ですね。残念ですが諦めます。」

「早合点してはいけない、その通りだが一つ違う。御雲君の素契紋はここにある。」

「えっ」


 一瞬耳を疑ったが、その訳を教えてくれた。


「君が薄明(はくめい)の神殿で倒れていた時、一緒にこれがあった。」


 そう言って出して見せてくれたのは、素契紋だが、赤峰さんと見比べてみると、色や形は一緒だが紋様がだいぶ違うし、その紋様も少しくすんで見える。


「この素契紋は持ち主が不在だ。紋様がくすんでいるのがその証拠になる。だからと言って不安が無い訳でもない。素契紋の紋様は細部に違いがあることもあるが、これほど違うのは見たことも聞いたこともない。使用して何かが起こると言う可能性もある。だから強制はしない、使うかどうかは君しだいだ。」


 これはまた悩む所だな。六法符には興味が有り余っているほどある。喉から手が出るほど使ってみたいが、イレギュラーなのはどうか。

 俺が倒れた所にあったと言うことは、誰かが赤峰さんが来る前に置いていったのか、いや扉はしばらく開いてなかった、と言っていたからそれは無い。嘘をついている可能性も……無いな、いつ来るか分からない地球人にそんなものを用意して待っていること自体時間の無駄だし、紋様は全部違うと言われれば、俺は喜々として装着しただろう。さてどうしたものか。


「結論は今でなくても構わない。ゆっくり考えてくれ。しかしこれは君の物だ、持っていてくれ。」


 素契紋は俺の前にそっと置かれた。じっくり考えてもいいが、この世界で生きていくのに、これはあった方がいいのは間違いない。これを使わなくて普通のやつなんてあるのだろうか、話を聞く限り難しいなと思いつつ聞いてみた。


「これ以外の素契紋は手に入るのですか。」


「恐らく難しいと思う。六陣精霊がいなくなって素契紋を増やすことは出来なくなった上に、生存圏を広げ人口が増えて来ると、今度は誰が素契紋を使用するか問題になって来た。結局解決策として挙がったのは、その家系を継ぐ者に渡すか、優れた身体能力を持って魔強獣を討伐する者に渡すようになった。この現状ではそう簡単回ってくるものではない。」


 当然の引継ぎ方だな。先祖代々だとそれほど大きな問題は起きない。兄弟が沢山いると揉めそうだが、長男か優秀な者へとかになるのだろう。

 そうなると俺まで回ってくることは、ほぼゼロに近い。となると答えは一つしか無いか。

 俺は意を決した。


「分かりました。この素契紋は俺が使わせてもらいます。」

「本当にいいんだね。」

「かまいません。」

「そうか、ここで生きていくのに素契紋はあった方が絶対にいい。君の選択は間違ってないと思うよ。使用する時は何かあってもいいように、私達がサポートをするから必要以上に怖がることは無いと思う。」


 この判断は間違っていなかったと思うし興味もあった。これを装着すると本当に俺も  使えるのかまだ半信半疑である。

 しかし地球では絶対に出来ないことが体験できるとあって、ゆっくりと目の前にある素契紋に手を伸ばしていた所、赤峰さんから待ったがかかった。


「御雲君、装着して試すのは後だ。まず伍符を買いに行かなくてはならない。私の分が少しあるが、君の練習をするほどは無いし、他の用事もある。これから予定通り町に行こう。」


 え~、ともう少しで声に出そうになった、危ない。

 折角使う決心をしてやる気満々だったのにと思ったが、伍符が無いなら仕方ない。

 それとは別に、気になることもあった。


「町に階に行くのはいいのですが、その……」


 俺が口ごもると直ぐに察して、


「お金の心配ならいい。君を保護した時点で国から援助が出る。潤沢なとまでは無いが、生活用品を揃えるくらいは出る。」


 それを聞いて安心した。赤峰さんの懐から出たのでは忍びなかったからだ。


 それから赤峰さん達と俺は外に出た。那柚さんは留守番らしく見送りに来てくれた。

 魔強獣が出るかもしれない所で、一人留守番だと危なくないかと思ったが、那柚さんの手を見て悟った。

 真っ白なロンググローブに金の紋様、あれは素契紋なのだ。

 俺が見ていると那柚さんも気づいたらしく。


「あっ気が付きました、形状は違いますけどこれも素契紋です。六陣精霊様に最初頂いた時、男性用と女性用に分けて作られたみたいです。今ではもう関係ありませんけど。」


 やはり素契紋だった、当初は男女別だったのか。確かに家系で受け継ぐなら、男性の物、女性の物とか言ってはいられない、あるものを受け継ぐだけだろう。

 ん?そう言うと昨日も那柚さんは、ずっとあれを着けていたな。

 と言うことは俺が変なことをすれば、燃え盛る火の矢で串刺しだったのか。

 やばかった。

 いや、やばくない、俺はそんな気は毛頭なかった。なかったはず。

 赤峰さんが娘を一人で置いて行った理由が良く分かった。


 それにしても空気はもちろん、植物や土の感触が地球とあまりに違わな過ぎて、やっぱり騙されているのでは、と思いたくなるほどだ。無論太陽が二つ無ければの話だが。

 家の周りは森に囲まれているが、すぐ前には道が通っていた。砂利道であるが、そこそこ平になっているので、これでも舗装しているのだろう。

 左に向かうと森の奥に向かっていく感じなので、恐らく右が町に続いているのだろう。


「こっちだ、御雲君。」


 案の定道路を右に曲がって、赤峰さんは手招きをする。

 行ってらっしゃい、と素契紋を着けた右手で、手を振りながら言ってくれる那柚さんを後に、町に向かって歩き出した。




 二十分ほど歩いただろうか、目の前に塀が見え始める。

 その奥に建物らしきものがあるのできっと町だろう。

 塀は人間の背丈の倍ほどあり町の周囲を囲っている。

 日本人の俺からしてみると少し仰々しいが、魔強獣がいるとなれば、これも仕方ないのだろう。

 門の所に衛兵が立っていたが、赤峰さんが一言二言話すと問題なく町に入れた。

 事前にある程度話を通してくれていたのだろう。

 町に入り最初に思ったのは、日本と違い石造建築が多いことだった。中には日本建築風な建物もあるが、八割くらいは石造建築だろう。

 この辺を赤峰さんに聞いてみると、耐久性に優れているのは間違いないが、地震が無いのも一因だろうと言っていた。

 この世界では地球人が来てからは勿論、それ以前の地震の記録も無いらしい。

 地球とは大陸の構造が違うみたいだ。地震大国と呼ばれた日本人からしたら少し考えられない。

 町中は人の出もあり活気があった、雰囲気もいい。

 地球人がここに来たのは三百年以上ぶりと、朝話していたこともあり特に驚くことはないが、石造建築が多い上に、服装も和装は少なく、洋装が圧倒的に多い。

 日本の江戸時代のイメージより中世のヨーロッパという感じだ。

 そんな町並みを見て特に思った訳でもないが、何気無しに質問する。


「三百年以上前にこの世界に来た人は、江戸時代の人ですよね。その人もここへ来たことに驚いたでしょうね。」

「江戸時代?いや確か昭和とか言う時代から来たという話だったと思うが。」

「昭和?」

「どうかしたのかい。」

「俺が日本にいた時の元号は令和で、昭和はその前の前、五十年位前の元号です。」

「それは本当か。」


 やや難しい顔をしながら赤峰さんは考え込みだした。歩いてはいるが確実に歩みが遅くなっている。

 俺の方も少し考えた。

 地球人は時々こちらの世界に来ているらしい。どれ位の頻度かは分からないが、時間軸のズレはどうなっているのだろうと思った。

 全く無いのか、全然違うのか。

 全く無かった場合、最初に来た人々が平安時代だとして、次に来た人が仮に二百年後の鎌倉時代だとする。

 両方の世界の時間軸が一緒なら、次に来た鎌倉時代の人は、この世界でも二百年経っている計算になる。

 もしそうでないなら、鎌倉時代の人がこちらに来た時、この世界では五百年経っていましたとか、五十年しか経っていません、でも不思議ではない。

 赤峰さんの反応を見るに、今まで時間軸はズレてはいなかったのでは無いのだろうか、もちろん勝手な推測だが。


「今の話は誰にも言わないでくれ、実際私達親子以外で話すことはあまり無いだろうが頼む、詳しい事情は後で話す。」

「分かりました。」


 やはり何か引っかかったらしい。後で話してくれると言ってくれたので了承した。




 何店か店を回って行く途中で、一人の男性が目に留まる。

 肌の色が橙色で身長は二メートル位とやや高い、目の色は赤色で威圧感が出ていると思ったのは俺だけだろうか。

 その彼を見て赤峰さんが教えてくれる。


「前から歩いて来ているのが、ルベルタ国のコキノ族だ。少し怖い感じがするかもしれないが、大丈夫彼らは、温厚な種族だ。」


 少しほっとしたと思った所。そのコキノ族がいきなり俺に近づいて来て、


「おい、お前誰だ。見かけない顔だな何処から来た。」


 あ、赤峰さん話が違うのですけど。


「なんてね。赤峰さん彼が例の方ですか。」

「おいおい、あまり脅かすのはやめてくれ、コキノ族不信になるぞ。」


 もう成りました。


「今日は彼の買い物でここに来た。後で君の店にも寄らせてもらうよ。」

「と言うことは彼も、まあ詳しい話は後で伺いましょう。今店には妻がいますが、私も用事が終わればすぐ帰りますので、出来れば他の店を回ってもらい最後に来てもらえればありがたいです。」


 赤峰さん先に行きましょう。とは言えない。


「分かった。最後に君の店に寄らせてもらうよ。」

「ではのちほど。あっ地球人の君。」


 俺のことだよな。


「悪かったね。本当の地球人なんて見られるとは思わなかったので、ついふざけてしまいました、すみません、ではまた後で。」


 俺は珍獣ではない、しかもこっちは全く知らない初めての町である。赤峰さんの知り合いでなければ、一発けりを入れるとこだ。

 ちなみに俺はケンカをしたことがない。


「彼は、伍符を扱っている店の店主だ。ああいう性格だがいい人物だよ。」


 確かにちゃんと謝ってくれたので、悪い人ではないのだろうが、何か釈然としなかった。


 買い物を一通り終え、コキノ族の店に来た。看板に伍符と書いてある。

 中に入ると、店と思えないほどシンプルな作りになっていた。

 伍符を扱っていると聞いたので、棚やケースに盛り沢山に伍符が並べている所を想像したのだが、それらしい物はおろか他の商品らしい物も全く見えなかった。

 何枚かのポスターが貼られているだけで、俺が思っていた店とはイメージと全然違う。

 すると奥からコキノ族の女性が出て来て挨拶をしてくれた。


「いらっしゃいませ赤峰様、主人が中でお待ちしています、こちらへどうぞ。」


 どうやら先ほどの店主は、もうここに帰ってきているみたいだ。


「お待ちしておりました赤峰様と地球の方。」


 奥の部屋に入ると主人から挨拶を受けた。先ほど会った時とは雰囲気が違う。こちらの方が本当の顔みたいだ。


「ちょうどいいタイミングだったようだな。本題に入る前に紹介しよう。昨日地球から来た、御雲君だ。これからお世話になると思う、よろしく頼む。」

「よろしくお願いします。」


 伍符を扱っているなら、無碍には出来ない。先ほどの件は腹立たしいが、ここは我慢をしよう。


「御雲君、先ほどは失礼しました。この店を経営していますラキッツと申します。今後ともよろしくお願いします。では本題にはいりましょうか、今日はいかほど御入り用ですか。もしかしてそちらの地球人の方の分も、でしょうか。」

「ああそうだ。出来れば、火の()を六十、水と風の()を三十、あと(さん)の伍符も六~七枚はほしい。」

「それは厳しいですね。弐は何とかなりますが、参はすぐには無理かと。それほどの数、何処か出かけるのですか。」

鳳明(ほうめい)へ行くことになる。その用意と彼の練習用に少しな。」


 その言葉を聞くと少し怪訝な顔をしながら、


「鳳明へ行く程度なら、それほどの数は必要ないかと、彼の練習を入れても半分以下で大丈夫なのでは。」

「北では無く、南から回るつもりだ。」

「!南、ならばその量も納得ですが、少々危険なのでは。」

「琥珀湖付近に火球が落ちたらしい。その調査も兼ねているのだ。」

「調査をしなければならない物ということですか。」

「分からんが、上から調査に回るよう連絡があった。」

「ならば仕方ないですね。無理をしませんように、いつ出立ですか。」

「明後日には出たい。」

「それは早すぎますね、その期間だと参はほとんど出来ないかと、もう少し遅らすことは出来ないのですか。」

「難しいな、とにかく急いでくれとのことだ。」

「分かりますが、参の六法符の数はあまり期待しませぬよう。とりあえず彼の練習用分位は今日お渡しさせて頂きます。」

「ありがとう、助かるよ。」


 どうやら赤峰さんは遠くの町?に行くらしい。聞いた感じだと安全なルートは通らないみたいだ。

 本当に大丈夫なのだろうか、それに火球と言っていたが、この世界での火球はめずらしいのだろうか。


「とりあえず、火の弐が三十枚入っています。ご確認を。」


 ラキッツは直ぐに伍符を持って来てくれた。


「確かに、ではまた明日の晩来る。急ですまないがよろしく頼む。」

「出来るだけ頑張ってみます、お気をつけて。」


 こうして町の用事を済ませ、赤峰さんの自宅に帰ってきた。




「おかえりなさい、お父さん、御雲さん。どうでした?」

「取り敢えず一揃い買ってきたが、参の伍符は厳しいかもしれない。」

「そう。」


 心無し暗い感じがした。那柚さんもこの件は知っていて、危険なことも分かっているのだろう。


「明日は六法符の練習をやろう。取り敢えず基礎の部分だけでも覚えてくれたらいい。」

「はい、分かりました。」


 いよいよ六法符を使うことが出来る。

 そのことは嬉しいのだが、明日しか教えてもらえることが出来ず、その後はどうなるのだろうと考えた。

 もしかして赤峰さんが行っている間、この家を那柚さんと守ってくれと言われたりして。

 ……くだらない妄想はやめよう、六法符で丸焦げになるかもしれない。







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