龍御洞
第一部
師走も暮れた頃、俺は朝から空港に来ている。友人が遊びに来るためだ。
程無く爆音と共に一機の旅客機が着陸した。ゆっくりと飛行場を旋回しターミナルへ向かって来る。
少し時間がかかっていたみたいだが、やがて到着口から人があふれ出てきた。
人ごみの中から目的の二人を探しているが、年末の帰省客も多く中々見つからない。携帯で連絡してみようとしていたその時だった。
「おーい、勇然。」
声の方を振り向くと、手を振って合図している人物がいた。
“久能 雷稀” 大学一年で同級生、こいつは元々ここが地元であるため、帰省も兼ねている。おっとりとした憎めない顔付きはしているが、体格はよく筋肉質の体が服の上からでも分かるほどで、上背は百八十センチメートルを超えている。大学で初めて一緒になったが、地元が同じで話が合い直ぐに仲良くなった。少し天然で女性にだらしない所はあるが、いいやつだ。
その隣を少ししんどそうに歩く人物がいる。
“四条 双月” 同い年だが大学が一緒という訳ではなくバイト仲間である、地元は一応東京だが、孤児である彼には家族はいない、年末に遊びに来ないかとさそったら、あっさりOKをもらった。
やや細身な身体つきで背は高く精悍な顔立ちに眼鏡をかけている。だからという訳でもないだろうが、見た目は少し冷たい雰囲気がする。少し毒づく物言いはするがこいつもいいやつなのは間違いない。と言ったそばから毒をはいた。
「年末は込むから嫌だと言ったじゃないですか。」
双月はそう言ったが、そんなことは一言も聞いていない。
「ぼやかない、ぼやかない、綺麗なお姉さんも一杯いたじゃない、ここからは都会と違って田舎は込んでないって。」
フォロー?を雷稀がしてくれたので、それに乗っかった。
「そうそうすぐそこに車を止めてあるから。」
俺の言葉に仕方ないという表情で双月は歩き出す。
雷稀は久しぶりの帰郷でやはり嬉しいみたいだ。
荷物をトランクに入れ、二人が後部座席に乗り込むのを確認すると、俺は運転席に座り車を発進させた。
この時期は雨が少なく晴れ間が多い、今日も例外に漏れず晴れており、青空が澄み渡っている。
北風が冷たいが、季節柄それは仕方ないだろう。
空港を出るとすぐそばに一級河川の川があり、その堤防沿いを車は北に上がっていく。目的地までは二十分位だが、三人そろうと車の中は騒がしい。
「雷稀、お前先に実家に寄らなくていいのか。」
俺は気を使って訪ねてみた。
「大丈夫、まだ帰るって言ってないから。」
それもどうかと思うが。双月もそんな顔をしている。
「……ならいいが、双月もバイト良く休めたな。俺も先に帰ったから店は忙しいだろうに。」
「あれっ連絡いってないですか、料理長が交通事故で入院したらしいですよ。一ヶ月は無理だろうという話です。」
「そうなのか!?こっちにはまだその連絡は入ってないぞ。」
「バタバタしていたので、年明けに連絡がいくかもしれないですね。」
これはショックだ。今働いているお店は料理長がほぼ一人で調理をしていた、変わりと言っても中々いないだろう。年明けから臨時のバイトを探さないといけないみたいだ。
「ところで今日は何処に連れて行ってもらえるのですか。」
きた。ここは初めて行く双月に、素晴らしい所だと説明しなければならない。
「今日はだな、高智県が誇る日本三大洞窟の一つ龍御洞だ。長さ一キロメートルにも及ぶ洞窟に散らばる様々な鍾乳石、神秘さ漂う天の壺、それらを堪能出来るなんて最高だろ。」
「……まあ、そうですね。」
「おいおい、なんだその生返事は。」
「ああ、いやあなたがそう言う時は、あまりいい思い出がないもので。」
「こ、今回は大丈夫だ。」
俺にはそんな覚えはないが、双月にとっては聞きなれたフレーズらしい、気をつけなければ。
「まあまあ、双月の言うことも分かるが、龍御洞は大丈夫だって、少なくても洞窟の感じは味わえる。」
雷稀、当たり前だ。
そうですかと双月は溜息まじりに答えた。
悪態はついているが本心では、ここに来て俺達と会えることを楽しみにしていたと思う。バイトで初めて出会った時はいけ好かない奴だと思っていたが、ある日先輩が間違い犯しもみ消そうとしていたら、双月は毅然とそれを指摘し、二人は大喧嘩になった。
最後は当然ながら双月が正しいということになり、先輩は悪態をついて辞めて行った。
それ以来俺はこいつを見直した。
話しかけてみると、口数は少ないがいい奴だと分かり、日を追うごとに仲良くなり今の状況だ。
勝手な憶測だが孤児ということで相手にされないことや、寂しさはあったかもしれない。
そんな彼が車にあった新聞に目をやったのを、俺はバックミラー越しに見た。
「人口冬眠ですか、成功すれば飛躍的に状況が変わりそうですね。特に宇宙開発に関しては。」
「被験者募集中と書いてある。お前も参加してみろよ。」
「動物実験が成功したから次は人間みたいですが、本当に大丈夫なのですかね。遥か未来に行ける可能性があるのは悪くないですが。」
冗談半分のつもりで言ったが、結構乗り気だ。
「俺も未来の女性に興味がある。やるなら俺も誘ってくれ。」
突然割り込んできた雷稀に俺と双月は生返事で答えた。
などと話しているうちに目的地に到着をした。
平日というのもあるかもしれないが、ガラガラだ。止まっている車は両手でも数えれそうだ。
「素晴らしく人気のある観光スポットですね」
いきなり毒を吐き俺の方を横目で見た。
「なんだその目は、もう年末でみんな観光どころじゃないんだよ、それに高智県の人はもう何十回も入って見飽きているんだ。」
「自分は二回目だが。」
雷稀、そこは突っ込む所じゃなくフォローだろ。
「いや昔は大繁盛で、洞窟に入るのにも行列ができていたのは間違いない。」
「それっていつの話です。」
「親父が子供の頃。」
まずいと思ったがもう遅い、二人は俺を見て古すぎるだろという顔をしている。というか雷稀フォローしろ。
「と、とにかく、中に入れば素晴らしさが分かるから。」
「その前にこれを渡しておきます。」
そう言って双月が手渡してくれたのは一枚のコインだった。
「例の物です。ここに連れて来てくれたお礼です。」
嫌味が半分入っている気もするが、ここはスルーしよう。
もらったコインは五百円ほどの大きさで、片面は天、その裏は地と掘り込まれている。材質はチタンだろうか。
俺はどちらか迷った時、コインで決めることがある。
硬貨でいつもやっていたが、それを見て双月が、専用のコインを作ってくれると言ってくれた。
双月は飲食でバイトをしながら、3Dプリンター関係のバイトも掛け持ちしている。
俺はいいと言ったが、もう作ってしまったのなら仕方ない、ありがたくもらっておこう。
「いいのか、サンキュー。」
そんな俺を見つめている奴がいた。雷稀だ。
何を言いたいかは分かる。それは双月も一緒だったようで話しかけていた。
「今度、雷稀の分も作ってあげます。何がいいですか。」
「純金のコイン、でかいやつ。」
「……行きましょう、勇然。」
「うそ、冗談、ちょっと待ってくれ、おーい。」
双月はあきれた表情で歩きはじめる。
俺もこの場の空気を逃れるため、洞窟に向かい歩き始めた。
鍾乳洞に入るまでの道中に売店が並んでいるが、閉まっている所もいくつかある。
せっかく三大と呼ばれる鍾乳洞があるのだから、何とかならないものかと思う。
そこを抜けると割と長い階段が現れるが、すぐ横にエスカレーターがあるのでそれに乗り上がって行った。
上に着くとすぐ目の前が鍾乳洞の入口である。勿論ただでは入れないので、チケットを買って入った。
洞窟あるあるで、入ると外よりだいぶ暖かい。夏は逆に涼しい。通路は細く人が一人通るのもやっとという所も何ヵ所かある。
しかし全長は奥深くその途中には、いろいろな鍾乳石も数多くあるため飽きることはない。事実、雷稀はともかく双月はじっくりと眺めていた。
ただ洞窟自体が山を登っていく構造になっているため、長い分疲れるのである。
そして例によって双月が毒を吐く。
「これは何処まで続くのですか、もう引き返しますよ。」
この鍾乳洞は一方通行なので引き返すことなど出来ない。
そこへ雷稀がまた追い打ちをかける。
「確かに、こんなにきつかったっけ、エスカレーターほしい。」
お前体育会系だろ。
「もう後半だから、文句を言うな、最後に天の壺がある。」
「それはさぞかし素晴らしいのでしょうね。」
どんな物か説明しようとしたら横やりが入った。
「ただの壺。」
後で県民会議だ。
二人の愚痴にめげることなく天の壺に着いた。
そこには学術的に貴重な旧石器時代の壺があるのだが、ただの壺はない。
それが証拠に双月は、しげしげと眺めている。
空いているのが幸いして前後に人はいない。そのためゆっくりと見られる。
雷稀はあさっての方をむいて疲れたと言っている。こいつはもう高智県人ではない。
とその時だった。洞窟内の照明がぼやけて来ているように思えた。
いや照明じゃない周り全てが歪んでいる。
「何ですこれは。」
「分からん。」
どうやら二人にも起きているようだ。
次第に波に飲まれるような感覚に包まれ、目の前の二人も霞んできた。
これはやばい。
「双月、雷稀逃げろ!」
沈みゆく意識の中、最後に振り絞って出した声は彼らに届いただろうか。