第五話 兄も妹も俺は初めてだから対応の仕方知らないんだよ!
「あら、カイン。どうしたの?」
俺とヨシュアはもうすぐ三歳になる。そんなこんなでいつも通り過ごしてたらヨシュアがママン、クリスティーナおねいさんのお腹が妊婦の腹になってることに気づいた。
「新しい命?」と聞いたら「そうよ。カインもヨシュアもお兄さんになるのよ。」と言われた。言外に「だからそろそろお前らも落ち着いてね」と含まれてる気もしたがそんな圧力受け止めても仕方ない。俺にもできることとできないことがある。落ち着くことなんてわかってもできない。というかあんまり落ち着く気がない。
ただ妊婦さんのお腹に障るのはそれ以上に許せないことなので発覚後は大人しくしていた。読書と魔法の練習をうちのセリスさん監督の元、講義と実技をやるぐらいに控えた。そう!控えた!
ちなみにヨシュアは筋トレをあまり控えなかった。
控えてる間にバドリフさんが「カイン坊ちゃま、今度ミリーさんと食事に行くのですが、どんな服を着ればいいでしょうか?」とか聞かれたけど「なんで俺に聞くの?」って素で返してしまった。
「カイン坊ちゃまなら何かわかるかなと思いまして・・・。」
と言われて悪い気はしなかったので大人の細マッチョの身体に合いそうな色合いを考えはした。
・・・ファッション文化が進んでなかったから苦労はしたけど。
この世界の服のパターンオシャレ要素なさすぎてアドバイスがすごく疲れた。なんでストライプを縦縞模様って言ってもイメージが伝わらないんだよ。
なんかもう表現がめんどくさかったから「ツートンカラーぐらいでアウターとインナーでのモノクロが映えるよ、多分。後ワンポイントで差し色にベルトの金具の一部に銀色とかで良いんじゃね。」って雑にあしらっといた。ツートンとかモノクロとかその辺は一応説明したよ。最終的には伝わって「ありがとうございます!これはすごいです!」とか言って去っていったけど。
ぶっちゃけ言うけどああいうのは何着ても格好いいんだよ。その地のかっこよさに俺の知識で上乗せしただけ。
休み明けのミリーの顔はツヤツヤしてたなぁ・・・。良かったな。これで多分行き遅れはないだろ。うん。末永く幸せになれ。俺の平穏のためにも。
そんなごく平穏な毎日が続き、産まれた。
「おぎゃぁぁぁ」
全員が待望した女の子らしい。
まぁ、今の今まで上から下まで全員ムッスコで内訳二人は転生者でその内アイツは筋トレを自重しないからな。
・・・え?自重しないのはブーメラン?俺はしてるよ。それなりに。
え?名前?それがね・・・。
「女の子だ!名前はエールだ!」
「女の子が産まれたら付けたかった名前が私にもあるんです!」
「私のお腹から生まれたので私がつけたいのですが・・・。」
まあこんな感じで。名付け親争奪戦(私こそが名前を付ける選手権)でである。
てかパパ上、サラッと兄以来の爆弾投下してるんじゃねえ。
「ちなみにヨシュアは?」
「あー、弟だったらハルキだったな。」
「お前ハルキくんは前世のお前の弟だろ。」
「あぁ。あいつには世話になった。」
「そうだな。お前が寝坊して起こしに行く時に玄関を開けてくれたのはいつも弟のハルキくんだった。」
「ははは・・・。」
「お前よりもゲームの趣味が合ったから一回起こさずに二人でカードゲームしてた。」
「おまっ!それは初耳だぞ!?」
「そりゃ初出し情報だからな。」
「でもいつもそんなに遅れはなかったはず・・・」
「当たり前だろ。デフォルトで遅刻するから俺だってそれ前提で早めに出るようになるんだよ。」
「なるほどねぇ!」
「毎回お前を起こしていたのは誰だ。」
「貴方様でございます。」
「そゆこと。さて、この醜悪な争いは早く終わらせないとな。こんな喧騒の中だと産まれた子が可哀想だ。鳴くしかできないかもだけど心の中ではガチ泣きしてるかもしれんしな。」
「おまっ、それは考え過ぎ・・・。」
「父上、母上方!私めに提案があります。」
「む!?なんだ、カインか。一体何だ。」
「産まれてくれた喜びの中とは言え、この様に我々が言い争っていては悲しむのは今産まれた妹です。」
「・・・そうね。」
「なので、今から一刻の後に一人一案で名前を出し、多数決を取るのは如何でしょうか?」
「・・・うむ。それが良いかもしれぬな。」
「では、今から一刻の間、父上は執務に戻って、セリス母様は紅茶でも淹れてもらってそれを飲んで落ち着いてください。クリス母様は産んでばかりでとても疲れてると思います。まずは身体を横にしてゆっくり休んでください。」
親の願望で子どもを振り回すのを見過ごすのは俺には出来ない。だから流石に強気にもなる。
「あいつ、儂らよりよっぽど面倒見良くない?」
父上がぼそっと言ってた。しっかり聞こえてるぞ。
「はい。取り敢えずクリス母様は休んでください。温めのお湯を飲みましょう。ミリー、侍女の人たちに指示をお願い。」
「はっ、はいっ!!」
「あい?」
「大丈夫だよ〜。お父さんもお母さんたちも君が生まれてきてくれたことが嬉しくて興奮しすぎちゃっただけだからね。大丈夫。大丈夫。」
「あい〜。」
赤ん坊や子どもを宥める?すまんな。唯一の自信のある得意分野だ。
「お前さぁ、ほんとに子どもの面倒見の良さのレベルおかしいよな。ほんとに末っ子だったのかよ。」
「ほんとに末っ子だったよ。」
「じゃあ一体どこでそんなに子どもの面倒見るんだよ。」
「親戚の子とか後は高校時代からのボランティアの影響で色々な。」
「あー、あの時お前、全国飛び回ってたもんな。なんだっけ?キャンプの引率とかだっけ。」
「それも一個あったな〜。」
そんな感じで俺は産まれたばかりの妹をあの手この手で穏やかに宥めながらヨシュアといつも通りの会話を展開していた。
「カイン、ありがとう。」
「何がです?」
「いえ、本来はこの子の母である私が言わなければならなかったのに。」
「関係ないことはないですが、結果的にこの子が今落ち着いて寝られているんだからそれで良いじゃないですか。」
「それもそうね。改めてありがとう。」
「いえいえ、ところでクリス母様、この子の名前は決めているんですか?」
「・・・それがまだなのよね。」
おお・・・まじか。そんなんだったらあの二人に先を越されるぞ。
「でもクリス母様、付けたいんですよね。」
「ええ。」
「それでは今から考えてみます?」
「・・・ええ?」
大丈夫だ。良い名前だろ?まだ間に合う。いや、発想がたどり着くところまで間に合わせる。
「クリス母様、ヨシュアの名前の理由は?」
「ええ、それはこのルシェルフォン家から出た双子の英雄様の名前から頂いたのよ。」
なるほど、何人か功績を残した先祖がいたけど、その内の一人ってわけか。多分俺はその片割れだろうな。後で聞いておこう。
「うーん、その名付け方だと女の子ですし残ってる名前とか少なそうですよね。」
「そうなのよね。残ってても大体王家の方の名前で、下手に付けられないし。」
「そうですね。そしたら質問なんですけどクリス母様は、この子にどう育ってほしいですか?」
「一番は幸せに生きてほしいわ。」
「そうですか。」
なるほど。親心としてはすごく良い回答だ。可愛らしい名前だからこれにしようぜ!なんて親も世の中にはいたからな。その弊害で歪んだ姉の二次災害で俺はずっと…。いかんいかん。意味のないことを思い出していた。
「これは僕の思いつきなんですけど、レイというのはどうでしょうか?」
「レイ?どうして?」
「はい。僕としては輝く幸せに導かれてほしいな、と。言う願いが籠もってます。」
「・・・カイン、私、あなたを見誤っていたようだわ。すごく良いこと言うのね。」
「私の一意見でしかないので、クリス母様が決めた答えなら僕はどんな名前でも素敵と言うと思いますよ。」
「ありがとう。でも、レイ、良いわね。」
そう言いながらクリス母様は赤ん坊に穏やかな眼差しを向けていた。
「じゃあ僕らも一旦退出しますので、失礼します。バドリフさん、ミリー、他のみんなも、クリス母様と赤ちゃんから目を離さないでね。」
「かしこまりました。」
恭しく頭を下げられる。頭を下げられる事は慣れてないから驚くわ。なるべくやめてほしいなぁ、俺も慣れなきゃなぁ。
「ヨシュア行こうぜ。」
「あ、ああ。」
すまんな、空気みたいで。でも、名前に籠められた願いは、お前に教えられたんだぜ。義也。
「なぁ、カイン、なんでレイなんだ?」
・・・わかってたよ。
「さぁな。どっかのバンドがタイアップで出した有名アニメのエンディングでも聞いたらわかるんじゃねぇか?」
「なんのアニメだよ。」
「そこまでは言えん。強いて言うならあれだ。砂漠の王国とか上昇気流で空にある島に行ったりするやつ。」
ここまでヒントを出すと、ヨシュアの顔がみるみる笑顔に変わった。
「っかぁーっ!カインさん!それは最高ですよ!わかってますねぇ!」
「ああ、あの曲とあのバンドは、お前が教えてくれたんだよ。義也。」
「はっ、そうだな海崎。懐かしいな。また歌ってくれよ。お前の歌また聞きてえよ。」
「気が向いたらな。」
「毎日気が向くお祈りしとくから!」
「いらん!」
ちなみに一時間後、妹の名前は正式に『レイ』として決まりました。パパ上の『エール』とママンの『エリシア』はクリス母様の『レイ』と意志の強さに屈服したそうで。
まあ何はともあれ家族が一人増えました。そろそろお忍び視察行っても良いだろ許してパパ上。