ピアニスト
俺は少女を拾った。人を殺した少女を拾ってしまった。それが正しい判断なのか間違った判断なのか、俺には分からない。だが匿うと決めた以上、俺はあの子を警察の手から隠し通してやる。
ずるずると音を立てて麺を吸い込んでいく。麺をひとしきり食べ終えてスープを一口すすった彼女は、フッと一息ついて俺に言葉を飛ばす。
「ごちそうさまでした!」
目の前にいる少女の表情は笑みで満たされていた。
「お粗末様。でさ、君はこれからどうするの?行く宛とかは、あるのかい?」
「いいえ、正直なにも決めていなくて。行き当たりばったり逃げ回るつもりでした」
「まぁ、普通そうだよな。でなきゃそんなお粗末な装備で家を転がり出てきたりしない。で、君が良ければなんだけど、ここに住んでもらっても構わない。お金も、別に取ったりしない」
その問いに彼女は即答しなかった。だが、しばらく考えて、
「ありがとうございます。正直今お金なくて、すごくありがたいんです。本当にいいんですか?」
「うん、君さえ良ければね」
そうして俺たちの共同生活が決まった。
夕食を食べ終えた。俺はソファに座り込んで自由時間を満喫する。彼女が口を開いたのは、そのときだった。
「あれは、なんですか?」
彼女の指差す先にはグランドピアノ。
「あれ?うん、ピアノだね。少し弾いてみるかい?」
その言葉に対する彼女の表情は曇っていた。
「実は俺、ずいぶん前から君のことを知っていたんだ。5年前のピアノコンサート。君はそこで優勝していただろ?俺は弾けないんだけどね。こいつは、そのときの君の演奏に感化されて買ったんだ。だから折角だし、少し弾いてみてくれよ。」
それでも、彼女は動かなかった。動けなかった。そんな彼女の背中を俺はもう一度押してやる。
「人を殺した自分にピアノを弾く資格はない。血に染まってしまった自分の手で鍵盤を触っちゃいけない。そんな顔をしてるね、今の君。」
図星だ、彼女は先程以上に動きを止めた。
「いいんじゃないか?君は人を殺してしまったことを後悔している。だったらこれから償える。だってそうじゃないか、反省できるなら十分だよ。君がしなきゃいけない償いは、その手で鍵盤を叩き続けること。ピアノの音色で人々を幸せにすることなんじゃないかな?」
その言葉に、納得してくれたのかは分からない。だが彼女は動いてくれた。椅子を引き腰を下ろす。そっと鍵盤におかれた手は、なぜだかいつも通りを感じさせてくれた。そして鍵盤が押され、俺の部屋にピアノの音が響き渡った。