逃走劇
どのくらい、歩いただろうか。周囲の景色は既に私の知らないものになっている。家を出たのは昼前だったが空は既に紅く染まっている。特別激しい運動をしたわけではないが普段あまり動かない私には歩き続けることで、足にはかなりの疲労が溜まっている。電車などを使う手もあったが所持金が心もとない今、無駄遣いは極力避けたい。その後も歩き続けて時間を告げるチャイムがながれた時だった。私はその音に我を取り戻し辺りを見回した。私が視線を送った先には、影になって真っ黒い路地があった。そこにいたのは5人の、小学生くらいの子供たち。しゃがみこむ1人を残りの4人が、まるでサイコロの五の目を作るように囲んでいる。いじめだ。まさに私の目の前で、いじめが行われている。そんな光景を見て、私は自然に、無意識に鞄の中の、包丁に手を伸ばしていた。そして、そして、そして、私は包丁を取り出そうとして・・・
「なぁ それやめねぇか?」
私と、5人の子供たちが振り向いた。そこにいたのは1人の、色の濃い灰色のパーカーを羽織フードを被った男性。長めの白銀色の髪に青みがかった瞳を持つ、美男子という言葉の似合う人間だった。
「なんだよ、あんちゃん!うるせぇな!」
いじめっ子の1人が男性に食って掛かった。
「まぁまぁ落ち着けって。俺だって手荒な真似をしたい訳じゃないんだ。だから手を引いてくれないか?」
その男性は、妙に落ち着いていた。いじめっ子はもう一度「うるせぇ」と叫ぶと男性に殴り掛かった。その一瞬のあと・・・
「いででででで。いてぇ離せって!」
男性はその子の腕を捻り上げていた。
「最後の忠告だ、手を引け」
男性がそう威圧するといじめっ子達は我先にと逃げていった。
「君ってさ、人殺したことあったりする?」
くるりと振り替えって言う男性。まるで世間話をするかのように、ごく自然に。ただし、その問いに私は固まってしまう。
「いやさ、だからどうって訳じゃないんだけど。さっき鞄の中にある包丁かな?が見えちゃって。大丈夫、通報しようとかは思ってないから。一応俺にも事情ってものがあるからね。それに君、今逃走中でしょ?折角だったらうちに来る?ご飯くらいなら提供させて上げられるけど。」
その誘いを私は断ることができなかった。所持金が少ない今、節約はできるだけしたい。
「ぜひ、お願いします」