婚約破棄シーンから物語が始まるが、作者が次の展開を思いつかないせいで凄まじい引き延ばしが行われる
ある日の夜会にて、高飛車な伯爵令息であるエリック・マクドネルはこう言い放った。
「カトリーナ・パークス! お前との婚約を……」
ここで言葉が止まってしまった。
金髪の男爵令嬢カトリーナは当然聞き返す。
「婚約を……なんですか?」
「婚約を……えぇっと、婚約を……」
なぜか言葉を続けられない。まるで「すぐに言うな! 次の展開が決まってないからもっと話を引き延ばせ!」と命じられているかのように。
エリックは渋い顔つきをしてから、無理に笑顔を作る。
「……そう焦ることもあるまい。今はこのひと時を優雅に楽しもうじゃないか」
「そうですね」
テーブルの上に置いてあるパンを食べてみたり、ワインを飲んでみたり、どうにか時間を稼ぐ二人。
やがて、パンを食べ終わり、ワインも飲み終えてしまった。
どうしていいのか分からなくなったエリックは笑い始めた。
「夜会は楽しいなぁ! ワハハハハハハ!」
「楽しいですわね! オホホホホホホ!」
「ワハハハハハハハハハハ!」
「オホホホホホホホホホホ!」
「ワハハハハハハハハハハ!」
「オホホホホホホホホホホ!」
しかし、いつまでも笑っているわけにもいかない。話を進めねばならない。いや、話を進めないようにしつつ場を持たせねばならない。
「……コホン。カトリーナ! カトリーナ・パークス!」
「はい、なんでしょう」
「お前との婚約を……」
カトリーナは黙って聞いている。
「は……は……」
カトリーナは黙って聞いている。
「ハーックション!」
まだ話を進めるわけにはいかないとばかりに、エリックはわざとらしくクシャミをした。
「ブェーックション!!!」
つられてカトリーナもクシャミをした。
「お前のクシャミ、でかいな!」
「あら、ごめんあそばせ」
エリックはさらなる手を考える。
「よし……あの手で行くか。あれならかなり引き延ばせる」
エリックは何かを思いつき、拳を握った。
「なにをなさいますの?」
「カトリーナ・パークス!」
「は、はいっ!」
「お前との婚約をはあああああああああああああああああ……!!!」
エリックは拳を握り締め、腰を落とし、力み始めた。
「はあああああああああああああああああああああああ……!!!」
エリックの全身からオーラが噴き出し、パワーが上がっていく。
「な、なんてパワーなの……!?」
カトリーナも戦慄する。
「はああああああああああああああああああああああああああああああ……!!!」
エリックの額には血管が浮き出ている。
ついに周囲の出席者まで反応する。
「凄まじいパワーだ!」
「エリック殿、ついにフルパワーを発揮しようというのか!」
「さすが伯爵家のご令息……!」
エリックはまだパワーを高める。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!!」
エリックがパワーを上げるたび、地面が揺れ、大気が弾け、雲が飛び、雷鳴が轟き、海では高波が起こる。
「あ、ああ……! ああああ……!」
カトリーナはエリックのパワーにただただ怯えるばかり。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!!」
エリックのオーラがスパークを帯び始める。声にも疲れが帯びてきたが、まだ頑張っている。
ここで夜会から場面は移り変わる。
……
エリックやカトリーナが暮らす王国の国王もまた、エリックのパワーを感知していた。
「こ、このパワーは……!? エリックか!?」
「間違いありません、エリック殿でしょう」
「あの若者め……ここまでのパワーを隠していたとは!」
国王も驚きを隠せない。しかし、その表情はどこか喜びを含んでいた。
……
エルフ族が暮らす集落でもエルフの長老が――
「なんというパワーじゃ……」
エルフの若者がうなずく。
「人間にここまでのパワーを出せる者がいるとは思いませんでしたね」
「うむ……いったい何が起こっておるのだ……」
長老は不吉さを覚え、思わず空を見上げるのだった。
……
エリックのパワーは魔界にも届いていた。
そのパワーに驚いた魔王が、握っていたグラスを割る。
「むう! このパワー!」
「いやはや、これほどのパワーを秘めた人間がいるとは思いませんでしたな」と側近の魔族。
「人間界侵攻……そうたやすくはいかんかもしれんな」
魔王はため息をついた。
……
海底で暮らす海神もまた、エリックのパワーを感じ取る。
「おおお……なんだこのパワーは……」
傍に控える魚のような部下が答える。
「発生源は地上ですな。それもたった一人の地上人が発しているようです」
「地上にこれほどのパワーを誇る者がおるとは……!」
これまで地上人を見下していた海神であったが、その認識を改めねばならぬと反省した。
……
夜会では、エリックがまだパワーを上げ続けていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ……!!!」
「あ、ああ……あ……!」
エリックの圧倒的パワーに圧倒されるカトリーナ。
しかし、エリックのパワーが急速に小さくなっていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、つ、疲れた……」
「そりゃあんな全力で何分も力んだら疲れるでしょうね」
水を一杯飲み、どうにか息を整えたエリック。
「カトリーナ・パークス!」
「なんでしょう?」
「お前との婚約を……」
「婚約を?」
この続きをまだ言うわけにはいかない。
「こんにゃく食べよう!」
「そうですね!」
急遽使用人にこんにゃくを用意させ、二人で食べる。
「味噌をつけると美味いんだ」
「あら、ホント!」
こんにゃくを食べて二人は笑顔になった。
しかし、エリックはまだ話を進めることを許されない。
これ以上どうしろっていうんだよ、心の中で悪態をつくエリック。
「エリック様、先ほどの話の続きをしましょうか」
カトリーナに促される。
「お前との婚約を……」
やむを得ない――エリックは最後の手段に出た。
「この続きは、CMの後!」
……
一人の剣士がドラゴンに苦戦している。
「くっ、なんて強さだ……!」
「ククク、トドメを刺してやる!」巨大な赤いドラゴンが迫る。
しかし、剣士は突如剣を持ち替えた。
「こんな時にはこれ! ドラゴンバスターソード!」
「な、なんだそれは!?」
「この剣にはドラゴンによく効く有効成分が四つも塗り込まれてて、ドラゴンを簡単に倒すことができるんだ!」
これにはドラゴンも目を見開いて驚く。
「こんな剣があるなんて! もう悪さはしないよ~!」
剣士とドラゴンが同時に叫ぶ。
「ドラゴンを倒すなら……スミス工房のドラゴンバスターソード!」
……
CMも終わってしまった。稼げた時間は15秒ほどであろうか。
万策尽きたエリック。汗だくでカトリーナと向き合う。
「エリック様?」
「もう……しょうがない。神からの命令無視になるが、話を進めるしかない! カトリーナ、お前との婚約を破――」
その時だった。
エリックの脳裏に“神”からの声が響いた。
「え、なになに? は? 小説が打ち切り? どういうこと?」
神からの連絡はまさに悲報だった。
「引き延ばししすぎて、酷いストーリーになったせいで、もうこの小説誰も読んでないから終わり? だから好きなように終わらせてくれ? ――ふざけんな! なんのために今まで頑張ってきたと……!」
エリックは抗議するが、“神”はもういない。逃げてしまった。
彼らの世界は彼らの手に委ねられた。
エリックは不貞腐れながら言う。
「カトリーナ、この小説もう終わらせていいってさ。だから俺らの好きなエンディングにしていいって」
「あら、そうなんですか」
「だから言うわ。俺と結婚してくれ!」
「はいっ!」
こうして打ち切りのおかげで愚かな神から解き放たれた二人は、婚約破棄などせずに済み、末長く幸せに暮らしたという。
完
ご愛読ありがとうございました!
エタメタノール先生の次回作にご期待下さい!