第八話 運命の四発
4機の『おおわし』の攻撃によって炎上した第十雄洋丸を確認しながら、『なるしお』は今回の処分における切り札であるMk.37長魚雷を当てるため潜望鏡深度のまま風上から接近していた。
今回、第十雄洋丸に対して雷撃を行う距離は1500メートル、雷撃を行うのに際してこの距離は至近距離といえた。
何故この様な至近距離からの雷撃を行うことになったかと言えば、やはり今回使用するMk.37が、正しくは自衛隊の保有するMk.37の種類が大きくかかわっていた。
本来、対潜用の魚雷であるMk.37は自ら敵を探知・追跡するアクティブ誘導方式、相手の音響を元に進むパッシブ方式、有線で誘導する有線誘導方式を採用しており、日本ではアクティブ誘導とパッシブ誘導の自己追跡型が使用されていた。
しかし、アクティブ誘導は潜水艦用のため使えず、さらには今回の目標である第十雄洋丸は当然ながら機関は停止しているため、誘導の際に頼りにする『音』が出ていないため『なるしお』は魚雷を直進させ命中させるしかなかった。
そのため『なるしお』は、風上から風と海流で流される第十雄洋丸の至近距離での雷撃を行わざるを得なかった。
「目標を再確認、距離2000」
潜望鏡を覗く艦長からの報告に指揮所の空気は緊張していた。
そしてそれは艦魂である、なるしおも同じであった。
就役して約1年。わずか1年でこの様な大仕事を手掛けるとは思っていなかった。
しかも自分の肩にかかる期待は並大抵のものではなく、自分の攻撃の成否が今後の作戦に大きく関わるものであった。
なるしおは手鏡を取り出し、そこに映る自分自身に言い聞かせた。
「ぼ、ボクが頑張らないと……いけないんだよ!」
これはいざ潜行してしまえば一人で全てを背負うことになる、潜水艦の艦魂に伝わる一種の儀式であった。
「距離1500魚雷発射管、1番注水」
艦長の命令と共に魚雷発射管へ注水が始まり、なるしおは手鏡をしまうと頬を両手で軽くはたいた。
「頑張るよ、なるしお!」
そう言うとなるしおは小さな笛を取り出した。
潜水艦にとっては『音』は諸刃の剣、己の目になるか相手の目になるか……
そのどちらともなりうるものが、なるしおの最大の武器であった。
笛をそっと口にくわえるとなるしおは目を閉じ、耳を澄ます。
「1番、注水完了。雷撃用意よし!」
「1番……発射」
すでに絶好の雷撃ポイントに付いていた艦長は水雷長からの報告に間髪いれず発射命令を下した。
操作員が魚雷の発射ボタンを押すよりわずかに早く、なるしおは笛に息を送り込み笛がなるが、それは魚雷の発射音にかき消された。
しかし、なるしおにとってそれは構わない事であった。
この笛の音は攻撃を受ける相手への弔いの音であるのだから……
「?」
発射音が徐々に薄れる中、なるしおは異変を感じた。
何かかが足りないのである。
それは陽の光があれば必ず影が出来るような、あって当然の何か……
「まさか……」
その正体に気づいたなるしおは、咥えていた笛を落とした。
同じころ、洋上にいる護衛艦の艦橋内は喧騒に包まれていた。
そして、はるな達は喧騒を避けるため『はるな』の艦橋トップに集まっていた。
「……だめです、聞こえません」
残念そうに首を振るはるなを見て、その場にいた全員が肩を落とした。
はるなが聞こえないと言ったのは魚雷の推進音であった。
「まさかの第1射失敗……か」
現状を述べたゆきかぜの言葉に誰もが顔を暗くした。
ただでさえ今回の任務では不安要素が多いMk.37だというのに、貴重な一本が無駄になってしまったのだから当然といえた。
「呉だから大丈夫だと思っていたのに……」
皆が暗い顔をする中、そう言ったのはもちづきであった。
魚雷の最終微調整は潜水艦内で行われるが、基本調整は各基地で行われ戦前より海軍と深くかかわっていた呉での調整は当時の日本では随一であった。
『Mk.37には不安はあるが、呉での調整ならきっと……』
そう考えていたはるな達にとって、この不発は辛いものであった。
はるなが残り3本で大丈夫なのかと考え始めた時、わずかであるが笛の音が聞こえた。
「これは……」
「モールス……ですよね」
はるなと同様に聞き取ったのか、たかつきもその音に耳を傾けた。
二人のやり取りで気づいた、ゆきかぜともちづきもその音を聞こうと耳をすませた。
「えっと……ダ…イ……ジョウ……ブ……」
「ダイジョウブ、ツギハカナラズアテル」
もちづきが聞こえたモールスを訳そうとしたが、ゆきかぜがさらりと訳した。
同じように聞き取っていた、はるなは『なるしお』がいるであろう第十雄洋丸付近に目をやった。
「まだ、なるしおさんはまだあきらめてはいないみたいですね」
「ああ、だとしたら私達もここでこんな暗い顔をしている場合ではないな……」
ゆきかぜの言葉に誰もが頷いた。
おそらく魚雷をはずして一番のショックを受けたのは、なるしお本人のはずであろう。
しかし、彼女はあきらめずむしろ不安になっていた自分達を励ましてくれたのである。
これは常に孤独で戦い続ける潜水艦の艦魂だからこその考えなのかわからないが、はるなは就役時期がほぼ同じでありながら自分よりも芯をしっかり持ったなるしおが少しうらやましかった。
魚雷の第1射目の失敗は大きなタイムロスとなった。
理由は『魚雷の確認』であった。
発射後の推進機音が聞こえなかったという事は、魚雷がそのまま沈没した事を現していたが安全確認のためしばらくの時間がとられることになった。
そして安全が確認されたのち『なるしお』は再び第十雄洋丸に接近した。
艦内は先ほど以上に緊迫した空気に包まれており、誰もがその目を鋭くしていた。
「2番、注水完了。発射準備用意よし……艦長」
潜望鏡を覗き続ける艦長に発射の準備が整った事が伝わる。
その様子をなるしおは少し離れた場所からみていたが、艦長はジッと潜望鏡を覗き続けていた。
それからしばらくの間、沈黙が続き誰もが艦長の指示を待っていた。
そして……
「……発射!」
艦長の命令とほぼ同時に、人には聞こえない笛の音からわずかに遅れ圧縮空気によって魚雷が発射された。
そして誰もが息をのむ中、聴音士からの報告が届く。
「高速スクリュー音確認、発射成功!」
なるしおはその報告にホッと胸をなでおろしたが、すぐに顔を引き締める。
いくら発射に成功したとはいえまだ命中はしていないのである。安心はできない。
しかし、なるしおや乗組員が気にするその結果は次の瞬間、艦内全体に響いた。
「8、9…!!」
なるしお同様スクリュー音を確認した、はるなは魚雷の発射音を確認してからの時刻を数えていた。
そして、はるなが『10』を数えようとした瞬間、第十雄湯丸の右舷の水面が若干盛り上がったかと思うと約30メートルの水柱と共に約200メートルの火柱が昇るとわずかに遅れて爆音が轟き、爆風が安全距離にいる『はるな』等の船体を叩いた。
その破壊力は今まで行った『はるな』等、護衛艦の砲撃や『おおわし』による爆撃の比ではなかった。
魚雷の弾頭に詰め込まれた約150キロの高性能火薬による爆発は第十雄洋丸の右舷中央に大穴を開け、そこのナフサタンクと残っていたナフサを吹き飛ばしていた。
しかも、Mk.37の破壊力は側舷のナフサタンクだけではなく、『はるな』等の護衛艦による砲撃では届かなかった船体中央にあるプロパンタンクまで到達していた。
最初の大爆発が過ぎ去ると約30メートルの水柱が一気に崩れ、第十雄洋丸の甲板を洗い流すがそれでも炎の勢いは衰える事は無く、大量に流れ出たナフサやプロパンによって第十雄洋丸は昨日以上の業火に包まれた。
『はるな』の艦上では報道員が盛んにカメラのシャッターを切り、今までのとは違うその光景を収めていたが、はるな達はただ動ずることなくジッと見ていた。
そして、その瞳に映る光景に己への悔しさが湧いてきた。
彼女たちにはあれほどの破壊力を持つ装備はないのである。
まして、威力不足などの不安要素が大きかったMk.37ですらあの威力なのだから、更に破壊力のある対艦用魚雷の破壊力は想像を絶するだろう。
皆が同じような事を考える中、はるなもまた同じように考えていた。
『私にもあれだけの力があれば……』
そう考えた瞬間、はるなは慌てて口を押さえた。
周りの様子から今思った事が口には出ていなかったのだろうが、それでもそう思った自分が許せなかった。
自ら更に力を欲するという事は、今の自分自身を否定するのと同じ事であり、国を問わずほぼすべての艦魂がそう考える事を否定している。
しかし、心のどこかでは力を欲していた。
かつて己と同じ名をもった戦艦『榛名』には主砲として36センチ連装砲が4基、更に副砲として15.2センチ単装砲が装備されていた。
皆が燃え上がる第十雄洋丸に目線を向ける中、はるなは昨日使用した自分の主砲に目をやるとそこには、艦の正面を向いた5インチ単装砲が2基だけ。
砲の大きさも違ければ、数も違う。
同じ名をもちながらその持ちうる火力は、先代の榛名の副砲よりも貧弱であった。
もちろん、時代の流れを考えればそれは仕方のないことではあるが、それでも今の時代にあったそれ相応の力が欲しかった。
はるなはそのようなことを無意識に考えながら、先の攻撃により今までにない炎と黒煙を上げる第十雄洋丸を眺めていた。
その後、射線を若干ずらしたのち時間を置いて行われた第3射目は発射から約10秒後、再び第十雄洋丸の右舷を直撃し、第2射目が命中した時と同じ様に第十雄洋丸は大きな火柱を上げた。
この頃から『はるな』など水上艦艇から第十雄洋丸の喫水が上がり始めたのが確認された。
これは傍から見れば船そのものが浮き始めたように見えるが、実際は度重なる攻撃により船内で浮きの役割をしていたプロパンやナフサが漏れ船体の中が空になり始めた証拠でもあった。
そして最後となる第4射目を行うため『なるしお』は最後の位置取りを開始した頃にはもう1つの変化が表れ始めた。
この時、『なるしお』の聴音士は「第十雄洋丸の船体がゆがみ始めていると思われる音を探知」と艦長に伝えた。
『はるな』など護衛艦4隻からの砲撃、『おおわし』4機の対潜ロケット・対潜爆弾による空爆と二度の魚雷の直撃を受け第十雄洋丸の船体がついに悲鳴を上げ始めたのである。
この音は当然、艦魂であるなるしおにも聞こえており次の攻撃で止めを刺すべく神経を尖らせていた。
「(ユウさん……これで終わらせます)」
船体が悲鳴を上げるという事は艦魂や船魂にとっては、その身がねじ切られることに等しい状態であるということだ。
艦長は最後の目標として第十雄洋丸の船尾方向にある機関室に狙いを定めていた。
これまで第十雄洋丸が受けた被害から、艦尾にある機関室の破壊で沈むと判断したためであった。
『なるしお』は潜望鏡を上げゆっくりと位置取りを開始する。
「取舵5……ちょい戻せ」
『なるしお』は艦長の操艦によって最後の雷撃位置に着いた。
「4番注水!」
艦長の命令と共に最後のMk.37が装填された4番発射管に注水が開始された。
これが『なるしお』の今回の処分で許された魚雷の最後の注水作業であった。
「4番注水完了!」
「発射」
注水完了の報告を受け艦長は反射的に発射の命令を出した。
なるしおの笛の音に誘われるかのようにMK.37は魚雷管から発射され、水中での走行を開始し第十雄洋丸を目指し直進した。
そして……
「8、9、着弾……今!」
計測員からの着弾報告と共に振動と爆音が……聞こえなかった。
着弾時間予想時間になりながら爆音が聞こえないのに『なるしお』の艦内はあわただしくなり始めた。
そして、聴音士からの報告に誰もが息をのんだ。
「高速スクリュー音探知!距離2500…2600……離れて行きます!」
『なるしお』が離れて行く魚雷のスクリュー音を探知した頃、『はるな』にも着弾観測をしていたHSS-2『シーキング』より遠ざかる魚雷のスクリュー音を確認、報告されていた。
シーキングからの報告に艦魂であるはるなはもちろん、司令部にいる全員の顔に暗い影を落とした。
最後のMK.37が外れた理由としては「魚雷の深度設定が深すぎた」、「先の攻撃によって命中予測部分がすでに欠落していた」などが考えられたが結果は結果である。
今回の処分作戦において締めを務めるはずだった『なるしお』の雷撃の結果は、4発中2発命中させるも、第十雄洋丸の撃沈処分に失敗したのであった。
更新時間が右往左往してしまい申し訳ございません(大汗)
次回で人間側の第十雄洋丸事件は終結を迎えます。
その次回更新は長くなろうと短くなろうと16時16分!これ絶対!
たまに書く活動報告も要チェック!!