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第七話 舞うは猛禽、忍ぶは鉄の鯨

何とか1月中に更新出来た……

砲撃を終えた翌日、はるなは水平線から昇る朝日を見ていた。

僅かにある雲を朝日で染め、海を照らし始める朝日。それからわずかに視線をそらすと右舷に僅かに傾いた第十雄洋丸の姿があった。

砲撃終了時、第十雄洋丸を覆っていた海面の火災はすでに沈静化していたが、第十雄洋丸の船体は未だに燃え続けていた。

黒煙を上げ続ける第十雄洋丸の両舷には昨日の砲撃によって出来た破口があり、時折その破口から炎が噴き出していた。

炎が吹き出る破口をはるなが見つめていると背後に誰かが転移してきたのを感じると声がした。

「少しは眠れたか?」

その声に慌てて、振り返るとそこには、上着を羽織ったゆきかぜが立っていた。

「は、はい……少しだけ」

はるなは申し訳なさそうに答えるが、それは嘘で実際は全く眠る事が出来なかった。

昨日の砲撃時に初めて体感した相手を『撃つ』という感覚……その感覚が忘れられなかったからだ。

護衛艦『はるな』の艦魂としてはるながこの世に生を受けてから、はるなは己の存在がどういうものかを知っていたつもりだった。

『護衛艦』と銘を打っているがその存在は『軍艦』でしかなく、日本の国民を護るのがその存在意義であり、決して揺るぐ事のない事実である。

そして、それはいざとなれば相手の命を奪うという事でもある。

はるなはそれを分かっていたつもりであったが、実際では撃つという事に恐怖を覚えていた。

就役して一年たったが、実際に今までにやって来たのはあくまで乗員が艦に慣れるまでの慣熟航行と訓練であり、艦魂たるはるなもまた同じような事しかしていなかった。

すっかり肩を落としたはるなの様子を見て、ゆきかぜは小さくため息をついた。

先ほどたかつきともちづきから「はるなが落ち込んでいる」と聞いて来てみたのだが思ったよりも重症らしい。

どうしたものかと考えていると、二人の耳に聞きなれた音が響いてきた。

二人が顔を上げるとプロペラ機特有の風切り音を響かせ、一機の航空機が上空を通過して行き、二人はその機体を目線で追った。

二人の上空を通過した機体は対潜哨戒機のP-2J『おおわし』であった。

元はアメリカ海軍の対潜哨戒機、P2V-7『ネプチューン』であるが、居住性や索敵性能を強化し、補助エンジンであるターボジェットエンジンだけではあるが日本製へと換装したものである。

また、その索敵性能においては現在アメリカで使用されているP-3B『オライオン』にも引けを取らないというものでもあった。

『おおわし』は第十位雄洋丸が太平洋へ曳航されてから交代で監視を行っており、今上空を通過したのもちょうど交代で来た機体であった。

ゆきかぜは『おおわし』を目で追うのを止め、はるなへと目線を移し、声を掛けた。

「今日は『おおわし』4機と『なるしお』も加わる」

ゆきかぜはその言葉ではるなの肩をピクリと震えたのに気づいたが、そのまま話を続けた。

「今日の攻撃は昨日の攻撃以上のものになるはずだ……今日中に彼女ユウを逝かせてやるのが私達の彼女へ出来るせめてもの弔いであるはずだ」

それだけを言うとゆきかぜは視線を燃え続ける第十雄洋丸へと向けた。

しかし、後数時間もすれば再び第十雄洋丸は周囲の海面と共に炎で覆われるはずである。

そう、昨日よりもさらに激しい炎によって……

そろそろ時間へ戻ろうとした時、はるなが小さくつぶやいた。

「ユウさんはどう思っているのでしょうか……」

今ゆきかぜが語ったのはこちら側からの視点であり、ユウの視点ではない。

自衛隊の訓練射撃で最期を迎える船魂たちは、まだ心の整理をする時間はあるだろうが本来ならまだ働き続けているはずのユウ自身は、この様な最期を迎える事をどの様に考えているのだろうかと……。

ゆきかぜは肩越しに少し間をおいて答えた。

「……『構わない』だ、そうだ」

その言葉にはるなはゆきかぜの方を振り返るが、すでにゆきかぜは転移を終えようとしていた。

そしてその時、はるなはゆきかぜの髪が僅かばかり濡れているのに気がついた。


午前9時

安全のため第十雄洋丸から距離をとった処分部隊の上を4機の『おおわし』が編隊を組んで通り去り、第十雄洋丸の周囲を旋回し始めた。

処分部隊の艦上ではその様子を見ようと報道員や乗組員が甲板にあふれ、艦魂であるはるな達は、攻撃がうまくいく事を祈る中、『おおわし』の翼下には128ミリ対潜ロケットが装填され、今まさに眼下の第十雄洋丸へとその照準が向けられていた。

そして、そのうちの一機が機首を下げ、急降下で黒煙を上げる第十雄洋丸へと向かうと『おおわし』の左右の翼下が火を噴いた。

次の瞬間、『おおわし』は機首を上げ安全高度へと退避し、その間にポッドから一発ずつ発射された対潜ロケットが第十雄洋丸の甲板を貫く。

そして間をほとんどおかずに再び第十雄洋丸の船体が爆炎と黒煙に包まれた。

それは今まで、ほとんど無傷であった船体中央にあるプロパンタンクへの攻撃に成功した証しでもあった。

戦果確認と上空の安全確認をしたのち、2機目の『おおわし』が1機目と同じように急降下で第十雄洋丸に襲いかかるが、無情にも2機目の攻撃は第十雄洋丸を逸れ海面に着弾、爆発した。

その様子に『おおわし』による攻撃を見守っていた報道員だけではなく、はるな達も思わず肩を落としてしまった。

しかし、上空では3機目がすぐさま姿勢を整え次の攻撃に入ろうと機首を下げ始めていた。

ただ見ていることしかできない、はるなは歯がゆいものを感じながら、第十雄洋丸へ攻撃を繰り返す4機の『おおわし』を見ながら、ユウが早く楽になれる事を繰り返し祈った。

そして数回の対潜ロケットに攻撃ののち、『おおわし』は150キロ対潜爆弾による水平爆撃を行うため水平飛行に入った。

命中率を考えれば急降下爆撃が理想的であったが、『おおわしの』対潜爆弾は機体底部の爆弾倉に収納されているため、対潜ロケットの様な急降下による攻撃では出来ず、水平爆撃による攻撃しかできなかった。

最初の1機が機体底部にある爆弾倉のハッチを開け、水平飛行を保ったまま第十雄洋丸の上を通るコースをとる。

その様子を多くの人々が見守る中、機体から小さな固まり、150キロ対潜爆弾が投下された。

対艦用ではないとはいえ、上空からの落下速度を加えられた150キロ対潜爆弾は、目標である第十雄洋丸の甲板を突き破るには十分な運動エネルギーを得ていた。

しかし、いくら目標がほとんど動かないとはいえ、水平爆撃による攻撃はそう簡単にあたるものではなくは近くの海面へとその姿を消し、少しの間を開け数十メートルにも及ぶ水柱を上げた。

「ユウさん……」

爆発の際に生じた波で大きく揺れる第十雄洋丸を見ながら、はるなはそこで血まみれになっているであろう彼女の姿を思い浮かべた。

1機目の失敗を確認した2機目の『おおわし』はすぐさま攻撃態勢に入り、1機目の誤差を修正し投下した。

2機目から投下された対潜爆弾は、吸い込まれるように第十雄洋丸の甲板へと向かっていき上甲板を突き破った。

次の瞬間、対潜爆弾の炸薬とタンク内のプロパンが同時に第十雄洋丸の内部で大爆発を起こし、それと同時に巨大な火球が黒煙に煽られながら天高くへと昇って行った。

その後も4機の『おおわし』による攻撃は続き、最終的に1時間20分を掛けて対潜ロケット12発および対潜爆弾16発を放ち対潜ロケット9発、対潜爆弾9発を命中させたのであった。

攻撃を終えた4機の『おおわし』が引き返すのを見送りながら、はるなは近くの海面へと目を向けた。

そこには引き返す4機の『おおわし』をジッと見ている細長い一本の棒、潜望鏡があった。

そして艦橋内では次の攻撃手順が開始されていた。

「これより『なるしお』による雷撃を開始する」

飛び交う情報を確認しつつ、はるなは作戦前の最終確認。

ちょうど、はるなとゆきかぜが話し合いを終えてからしばらくしたころに、『はるな』の会議室での出来事を振り返った。


最終確認の中では特に急遽変更された攻撃の順番についての確認が大きく取り上げられていた。

「当初、『おおわし』4機による爆撃の後、我々水上部隊が砲撃を行うことになっていたが、最後に雷撃を行うはずだった『なるしお』の到着が当初の予定より早まったため、繰り上げての攻撃となる事になった」

ゆきかぜの言葉にその場にいた全員の視線が一点へと向けられた。

視線の先には昨日までいなかった一人の艦魂がおり、一同の視線におののきながらも静かに礼をした。

「ほ、本日の攻撃に参加させてもらう、なるしおです。ど、どうか…その……よろしくお願いします」

SS-569『なるしお』。海上自衛隊では初となる涙滴型の艦形をとった最新型の『うずしお』型潜水艦の4番艦ではるな同様、就役してから1年ほどたっており日本で作戦行動可能な潜水艦としては最も新しい潜水艦であった。

当然ながらその艦魂であるなるしお自身にとってこの作戦は始めての任務であった。

そのため緊張しているのか、なるしおの顔は少し長めの湿った黒の前髪で半分ほど隠れてしまい、はるなたち比べても小さい体をさらに小さくしていた。

その様子を見てゆきかぜは軽く頭を押さえた。

ここからの話は、なるしおが大きくかかわっているため参加してほしいのだが、この様子では到底無理そうだった。

どうしたものかと悩んでいると、はるながそっとなるしおの肩に手を当てた。

なるしおは肩をびくりと震わせ、恐る恐るはるなの方を見た。

「あ、あの……」

「大丈夫。私も初めてだから緊張しないで、それにみんなも優しいからね」

はるなは笑顔でそっとなるしおの頭をなでた。

すると緊張が解けたのか、なるしおは小さくうなずいた。

「さすが、はるな司令」

「というより心境が近いからじゃないの?」

その様子にもちづきとたかつきがヒソヒソと話すが、ゆきかぜは複雑な顔だった。

「じゃあ、ゆきかぜさんと一緒に説明をお願い」

落ち着きを取り戻したなるしおにそう言うと、はるなは席へと戻った。

その間になるしおはゆきかぜと一言二言、言葉をかわすと説明を始めた。

「まず最初に皆さんに謝らないといけない事があります」

その言葉でその場の雰囲気は変わった。

はるなとゆきかぜは肩を落とし、たかつきともちづきは何事かと目を丸くした。

「今回、ボクが作戦用に持ってきた魚雷なのですが……Mk.37魚雷です」

「それって……本当に沈める気があるの!?」

なるしおの言葉にいち早く反応し、声を荒げたのはたかつきであった。

「落ち着いて、お姉ちゃん!」

「でも、Mk.37なんて……」

声を荒げるたかつきを止めようと、隣にいたもちづきもは必死にたかつきの袖を押さえ、落ち着くよう訴えた。

そしてそのやり取りをはるなとゆきかぜはただ黙って見ていた。

たかつきを始め海上自衛隊の艦魂はその任務の関係上、潜水艦に関する知識はそれなりに豊富であり、当然ながら身内の戦闘能力は周知の上であった。

そしてたかつきが声を荒げる原因となったのがMk.37長魚雷の能力であった。

Mk.37長魚雷とはアメリカ海軍で長年利用されてきた魚雷であったが、その本来の目標は潜水艦……つまり対潜魚雷であった。

無論、やろうと思えば水上艦艇を攻撃できないわけではないが、対艦用の魚雷と比べればその攻撃力は頼りないものである。

また、たかつきが声を荒げた理由はもう一つあった。

それはつい最近、正式に採用された72式長魚雷の存在である。

72式長魚雷は対艦用の魚雷のため炸薬量も多く、更に磁気信管を持っていた。

磁気信管とはその名の通り、敵艦が発する磁気に反応して起爆する信管で、うまく船底で起爆すれば、そのまま真っ二つにすることも可能であるというまさに今回の様な場合には最適の魚雷であった。

しかし、今回はその72式長魚雷は使わない。

つまり、最も効果的と思われる72式魚雷ではなく、不安材料の多いMk.37を使用するという事が、たかつきの声を荒げさせた理由であった。

そしてその事をはるなとゆきかぜの二人は出撃直前に知っていた。

いや、正しくは、もちづきが持ってきたはるかぜからの手紙によって知らされていたが、その時は確実な情報ではなかったため、二人への心情を考えあえて知らせる事をしていなかったのであった。

「本気で彼女ユウさんを助けようとするなら、72式を使うべきです!」

たかつきはもちづきに抑えられながらも声を上げ続けたが、ゆきかぜは次の一言で切り捨てた。

「それは私達、艦魂の立場からであって、人間の知るところではない」

その言葉に、はるなを除く全員が顔を伏せた。

こうして話しあってはいるが、最終的に行動するのは人間であり彼女らではないのだ。

いくらここで彼女らが叫ぼうと作戦の内容はまず変わる事はない。

ゆきかぜの一言はまさにその点を正確についており、たかつき達は黙るしかなかった。

はるなは頭を伏せる事はしなかったが、改めて人間と艦魂である彼女たちの考えの違いを感じた気がした。

「あ、あの……」

重たい空気が包み込む中、なるしおが恐る恐る手を上げた。

なるしおは即座に向けられる視線に、怯えながらも話し始めた。

「た、確かに持ってきたのはMk.37ですが……呉の皆さんは頑張って調整してきてくれました。い、今はその思いに答えるのがいいと思います」

確かに物事を決めるのは人間であるが、行動する事に対しては艦魂である彼女たちも士気の高揚などという精神的な面では活躍できる場合もあるのだ。

そして、なるしおの言葉にはるなとゆきかぜは頷いた。

「なるしおさんの言う通りです。それにここでなるしおさんを責めたところで何も変わりません」

「今、出来る事をするのが我々の役目だ」

上官二人の説得に、たかつきも落ち着いたらしく姿勢をただすとなるしおに向き直った

「すみません、少し熱くなりすぎました」

たかつきはそう言うとそのまま、なるしおに頭を下げた。

なるしおはたかつきの詫びに戸惑ったが、もちづきの助けもあってなんとか丸く収まった。

収まった事を確認するとゆきかぜは再び、なるしおに声を掛けた。

「なるしおMk.37は何発ある?」

その言葉になるしおは少し緊張した面持ちで答えた。

「よ、4発です……ただ、万が一に備え呉では、はるしおさんが72式装備の上で準備に入っているそうです」

「4発……」

はるなを含めその場にいた全員はその4発のMk.37に全てを託す事にした。

それは、例えMk.37が72式より劣っているとはいえ『魚雷』という兵器が持つ力が強力であり、水上艦である彼女たちにそれだけ大きなダメージを与えるためであった。


それからすぐに解散となり、はるな達は各々の持ち場へと戻って行った。

その時は何も言わず皆が戻るのを見送ったはるなであったが、内心は攻撃の順番の変更を快くは思っていなかった。

本来ならばもう一度、艦砲射撃を行い第十雄洋丸の船内に残されたナフサやプロパンを燃やし、雷撃で止めを刺すのが一番の方法であるのに、予定を変更して『なるしお』による雷撃を持ってきた。

おそらくこれは昨日からの攻撃を報道するマスコミからの影響が大きかったのであろう。

護衛艦という名の『軍艦』をはじめ多くの『兵器』を保有しておきながら、1隻のしかも手負いのタンカー相手にてこずる自衛隊……

一部では昨日の攻撃について『ほとんどはずした』などという報道もされたらいい。

それは『はるな』には報道員が多数乗っているため、その様な報道の話が少なからず、はるなの耳にも入っていた。

でたらめともいえるこの様な報道を払拭すべく、司令部は雷撃の事実上の繰り上げを命じたのかもしれなかった。

理由はどうあれ、少しでも早くユウを苦しみから救いたいと考えていたはるな達からすれば、本来喜ぶべき事であった。

しかし、誰も喜ぶ事はなくむしろ、たかつきが声を荒げた時の様な思いの方が強かった。

成功すればそれで構わないが、もし成功しなかったらそれはただ、ユウにさらなる苦しみを与えるだけで終わってしまうのである。

「ユウさん……」

はるなが見上げるとそこには攻撃を終えた4機の『おおわし』が去っていく姿があった。

そして第十雄洋丸の付近には、はるな達の思いを一身に受けた『なるしお』が水中から第十雄洋丸を狙っていた。

もともとは次の話と合わせて今回の話にする予定だったのですが、長くなったので分割(1話あたり最大6000字前後)

長くしてもいいかなと思ったのですが気分的に嫌だったので……


自分の調べ方が悪いのでしょうが、この事件について調べるとなんか微妙な結果にに……(できれば当時の映像を見てみたい)


とりあえず次回の更新は1週間ほどで『なるしお』による雷撃がメインです。

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