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第六話 願いを込めて

急ぎます!とか言っておきながらこの体たらく…………何も言えません。


「これより今回の『第十雄洋丸処分』における最終確認を行う」

『はるな』艦内にある艦魂達が利用する会議室に、今回の処分に参加する4隻の護衛艦の艦魂が集まっていた。

ここに皆が集まったのはつい先ほど……

そう、横須賀を出港してから約19時間たった11時ごろ、『はるな』を含めた艦隊全艦の艦橋内があわただしくなり始めてからである。

今ここで確認を行っている間もユウが苦しんでいるのだと、はるなは頭の隅で考えつつ、緊張した面持ちで席に着いていた。

その隣でゆきかぜが進行を行い、その向かい側の席には今回参加する、『たかつき』と『もちづき』の艦魂が座っている。

「第十雄洋丸の処分方法については出港前に話した通りだが、今日は今から我々が行う二回の艦砲射撃についての確認だが……たかつき」

そう言ってゆきかぜは目の前にいる二人を見比べ、栗色の髪を短いツインテールにしている、たかつきを差した。

一方、指されたたかつきは顔をこわばらせながら「はいっ!」と返事をして立ち上がった。

「何故、今から我々が行うこの射撃は二回する必要があるんだ?」

ゆきかぜの質問にその場にいた誰もが顔を曇らせ、たかつきは落ち込んだ声で答えた。

「そ、それは…私達の主砲では、中央のプロパンタンク……つまり船体を打ち抜けないから……です」

「そうだな……」

たかつきの答えに質問した本人であるゆきかぜも肩を落としていた。

今回の第十雄洋丸処分について、どのように攻撃すべきかと検討した際、自衛艦隊の幹部たちは今のはるな達同様、顔を曇らせ調べれば調べるほどその色は濃くなった。

単刀直入に言えば攻撃力不足である。

当時は対艦ミサイルが配備され始めたばかりで日本は保有しておらず、護衛艦が他の船を沈める方法は主砲による艦砲射撃しか手段はなく、第十雄洋丸の構造はその攻撃力を上回っていた。

『はるな』ら護衛艦の船体の外板は16ミリの高張力鋼であったが、第十雄洋丸の場合船体を囲むように強靭な特殊鋼で作られた15.5ミリ厚のナフサタンクと5メートルの間隔を開けた船体はタンク同様20ミリ厚の特殊鋼で作られている二重構造となっていた。

それは当時の護衛艦が多く装備していた3インチ(76ミリ)砲では歯が立たず、最も大きい5インチ(127ミリ)砲ですら浮力を維持しているプロパンタンクのある船体を打ち抜くのは困難であった。

ちなみに5インチ(127ミリ)砲は西側では標準サイズであり、現在予備役にある戦艦や南米などにいる前大戦時に建造された巡洋艦を除けば現役艦としては最大クラスの主砲で航空機が台頭している現代においては十分なものであった。

「だけど全く効かないわけではない、ですよねゆきかぜさん」

不安を打ち払うように今まで黙っていた、はるなはゆきかぜに話しかけた。

確かにプロパンタンクのある船体までは届かないが、外側のタンクを打ち抜く事は出来ないわけではない。

「本日の射撃はあくまで第十雄洋丸のナフサタンクの浮力の損失を狙うもの、ですよね」

「ああ、だけどそれは私にではなく、たかつき達に向かって話してくれ」

顔を若干緩ませたゆきかせの指摘に、はるなは顔を真っ赤にして「そ、そうでしたね…」と行って顔を伏せてしまった。

やれやれといった風情でゆきかぜが、たかつき達を見ると二人の顔から少し不安が抜けているのを見て取れた。

『さっきのやり取りで少し不安が和らいだか……将来は大物だな』

ゆきかぜは咳払いをして緩んだ気持ちを引き締め、それに他の三人も習った。

「司令の言う通り全く効かないわけではない。明日の午後には彼女、第十雄洋丸が安らかに眠れるよう各自奮闘するように」

ゆきかぜはそう締めると、はるなに目をやった。

「ゆきかぜさんの言う通り、私たちも頑張りましょう。私たちの思いが乗組員の士気を高める事を信じて」

はるなの言葉に他の三人は頷いた。

「では、解散」

その声と共にたかつきともちづきは転移していったが、ゆきかぜだけが残った。

そしてその顔には深刻な表情が宿っていた。

「……あの事、話さなくてよかったのか?」

ゆきかぜの問いに、はるなの表情が先ほどとは別の意味で曇った。

あの事……それは昨日ゆきかぜが、持ってきた封筒に書かれていた事である。

「姉さんがあんなのを送ってくるのだから、まず間違いないだろう」

「だとしたらユウさんは!」

「落ち着け!」

それに書かれていたことを思いだしたはるなが声を上げるが、ゆきかぜは静かにたしなめた。

「本当のことは明日、なるしお本人に聞くしかないだろう……姉さんの言うとおりだったら、明日たかつきたちに話せばいい」

「……そうですね」

はるなはそう言うと席を立ち、脇に置いてあった封筒の束を手に取った。

「そろそろ行くのか?」

「…………はい。今回の事と預かったいくつもの伝言も伝えないと行けないので…」

ゆきかぜの確認に、はるなはつらそうに答えた。

向かう先はユウの所であり、目的は今回の処分の件についてである。

何も知らない人間からみれば今回の出来事はただの炎上タンカーの処分であるが、艦魂であるはるな達からみれば今回の事は人が人を殺すのと同じ事であり、それを艦魂側で指揮するのが就役して間もないこのはるなである。

「無理する事はない。私が代わりに……」

はるなが持つ封筒にゆきかぜが手を伸ばすが、その手は空を切った。

「大丈夫です。これ位、出来ないと今後の時に差し支えます」

はるなの今まで見せた事のない真剣な目を見て、ゆきかぜは至純した。

今まで不安を語っていた傾向がなくなったが逆に少し不安を感じたためであったが、そのような時もあるものだ、と考え静かにうなずいた。

「……分かった」


12時30分ごろ処分部隊が数隻の巡視船が監視を続ける現場海域に到着すると『はるな』が搭載している対潜ヘリHSS-2『シーキング』が、現状確認のため護衛艦隊司令部の首席幕僚長を乗せ飛び立った。

これは護衛艦で有一、有人の大型ヘリを搭載できる『はるな』ならではのことであり、今まで対潜哨戒は『たかつき』型などに搭載されている小型無人ヘリQH-50 DASHダッシュでは出来ない事であった。

飛び立ったシーキングが状況を報告する中、はるなとゆきかぜは燃え続ける第十雄洋丸へと転移し、そして事故直後から変わらず体を壁に預けたままのユウに出会った。

ユウの周囲に広がる血だまりは一部が乾いて床にこびりついているが、現在も広がり続けているらしい。

また大量に出血し血を失った肌は白くなっているにもかかわらず傷口からは血が出ていた。

「……たぶんわかっていると思うけど、私は今回あなたの処分を任された護衛艦『はるな』の艦魂です」

「同じく私は護衛艦『ゆきかぜ』の艦魂だ」

二人は自己紹介を終えるとユウに今回の処分の内容を伝え始めた。

内容を伝えている間、ユウは目を閉じてただ聴いていた。

それは苦しみ続けたこの二週間の間に決めたユウに覚悟の表れでもあったのかもしれない。

「以上です……あなたには悪いが、すぐに楽にさせる事は出来ない。辛いと思うが明日の午後までの辛抱なので許してほしい」

ゆきかぜが最後にそう言うと一度はるなに目をやり、ユウに一礼をしてその場から去って行った。

はるなとユウだけになると急に静かになり、燃え盛る炎の音だけが不気味に広がった。

「ユウさん、貴方への伝言があるの……」

はるなの言葉にわずかではあるがユウの瞼が揺れた。

そしてはるなは時間の許す限りのペースで、ひりゆうらから預かった手紙を読み伝えた。

はるなが読み伝えるたび、ユウは瞼を震わせ声にならない言葉を幾度か発した。

そのたび、少しでも早く楽にしてあげたいという気持ちがはるなの中で膨らんだ。

「……では戻りますね」

はるながそう言ってその場から去ろうとすると足元に何かが落ちた。

それは小さな釘であったが先ほどまでこんな釘はなく、もちろん船橋内にこの釘が使われているものはなく、はるなはすぐに振り返った。

「この釘……ユウさんが?」

はるなの問いにユウは瞼を閉じて答え、はるなが先ほどまで呼んでいた手紙に目線を向けた。

「ユウさん……許して下さい」

はるなはそう言うと読み終えたすべての手紙を白くなったユウの手に握らせ、その場から去って行った。

はるなが自艦の艦橋に戻るとそこには多数の記者らがいたが、その中にゆきかぜらの姿もあった。

「伝えてきたか?」

「はい」

ゆきかぜの問いに頷きながら答えると、黒煙を上げ続ける第十雄洋丸へと目を向けた。

「後はユウさんを少しでも早く楽にしてあげる事です」

そう語る第十雄洋丸を見つめるはるなの後ろ姿にたかつきが声をかけた。

「先ほど……ひえいさんが就役したとのことです」

たかつきの報告を受けはるなは思わず俯いた。

その場に立ち会えない事が分かっていたとはいえ、妹の就役を一緒に祝う事が出来ないのは辛い事であった。

そんなはるなに今まで黙っていたもちづきが話しかけてきた。

「あ、あの……はるな司令……そんなに気を……その……落とさないでください」

「もちづきさん……」

顔を上げたはるなの肩をゆきかぜが叩いた。

「もちづきの言う通りだ。今回の任務はお前とひえい……二人で編成される第51護衛隊の初任務にもなるのだからしっかりするんだ」

ゆきかぜが言う通り『ひえい』が就役した事により、『はるな』は第一護衛隊群の直轄艦から外され、『ひえい』と共に第一護衛隊群第51護衛隊を新編したのである。

そして、それは海上自衛隊で有一艦載ヘリを運用出来る艦隊でもあった。

「ひえいはいないけどこれが私達、第51護衛隊の初任務……」

「そう言うことだ」

はるなの口からこぼれた言葉に相槌があったのでそちらを向くとゆきかぜがいた。

そしてそれにたかつきともちづきが続いた。

「そうですよ司令」

「だ、だから……頑張りましょう!」

たかつきの落ち着いた後押しともちづきはあたふたしながらの必死に励ましは、今までどこか不安があったはるなにとって嬉しい言葉であった。


「……時間だ」

ゆきかぜの指摘を受け時計をみるともう間もなく最初の砲撃を行う時間が迫っていた。

それに気づいたたかつきやもちづきも戻ろうと転移を始めた。

「皆さん!」

各々が転移しかけようとしている時、はるなは声をかけた。

「頑張りましょう」

はるなの声に全員が力強く頷き転移して行った。



先に飛ばしたヘリからの報告で衝突の際大破した右舷甲板の一部が脱落しているという報告を受け処分部隊は第十雄洋丸の右舷最初の砲撃を仕掛けることになった。

13時45分

『はるな』を先頭に『たかつき』『もちづき』『ゆきかぜ』の順で単従陣を組み第十雄洋丸に各々の主砲の照準を合わせ始めた。

特に処分部隊でその口火を切る『はるな』の艦橋とその後方に隣接したCIC(Combat Information Center:戦闘指揮所)はいつも以上に緊張に包まれていた。

「FCS-1目標補足、左舷、距離約5000」

「51番、52番主砲旋回、目標『第十雄洋丸』照準合わせ」

艦橋の上部とヘリ格納庫上部にあるにある5インチ砲用の射撃式装置であるFCS-1からの指示を受け艦首にある二基の5インチ砲が鎌首をもたげる。

そして同じころ第十雄洋丸に狙いを定めるFCS-1のそばで、はるなは自分の獲物である一振りの日本刀を正眼に構え祈った。

『……ユウさん我慢してください』

そう念じるとはるなはゆっくりと目を開け構えに入る。

今まで訓練ですら振った事はなかったがどうすればいいかは不思議と体が覚えていた。

それは護衛艦として生まれてきたためか……それともかつての戦艦の名を継いだせいか………

「51番発射用意………」

「51番発射用意………」

艦橋内の復唱が聞こえ、刀を持つ手に力が入る。

一瞬の間が生まれたその時。

「撃てぇー!」

「撃てぇー!」

砲雷長の号令と共に『はるな』の最も艦首側にある51番砲が爆音と白灰煙を上げた。

それはかつて海戦の主役であった戦艦の主砲と比べると弱々しいものであるが『兵器』という面では同じである。

発射された5インチ砲弾は秒速約800メートルという速度で、ほぼ真っ直ぐな弾道を描き突き進んでいき、命中すると一瞬の間を開け第十雄洋丸は爆炎と黒煙を上げた。

「着弾っ!」

見張り員から着弾の報告がなされるがそれは誰の目から見ても一目瞭然であった。

当初の予想通り船体中央のプロパンタンクを完全に撃ち抜く事は出来なかったが、右舷のナフサタンクを確実に撃ち抜いていた。

命中が確認されるとすぐさま次の号令がなされた。

「52番、撃てぇー!」

「52番、撃てぇー!」

復唱に間髪いれず52番砲が咆哮し先ほどと同じように第十雄洋丸の右舷を再び撃ち抜いた。

射程が20キロを誇る5インチ砲の能力を考えれば約5キロ砲撃距離はそれほど難しいものではなかった。

無論、前大戦からいくら進歩したとはいえ使用しているのが“砲”であるためその特性上いくら射撃式装置の指示があるとはいえ100発100中とは行かなかったものの、各砲が4回の砲撃を終えるまでにそのほとんどを命中させていた。

そして命中するたび刀を振うはるなは顔に苦痛の表情を浮かばせていた。

これがユウを救うこととはいえ己から放たれる砲弾が命中するたびに刀越しに伝わるその感覚に……

「ユウさん……」

その感覚に顔をゆがませたのは、はるなだけではなく後続のたかつきやもちづきも砲撃を行い、命中させるたびに同じく苦痛の表情を浮かべた。

そして最後尾にいる『ゆきかぜ』の番が来た。

早速『ゆきかぜ』の五インチ砲が火を噴いたが、その様子は先の三隻とは違く『ゆきかぜ』が砲撃をするさまはまさに火を噴くという言葉を具現化させたのと同じであった。

それは搭載している3基の5インチ砲が『はるな』等が搭載しているMk42 5インチ砲より旧式のMk30 5インチ砲だったためであったがそこにはまた別の力が作用していたからなのかもしれない……

着弾を確認しながら1発1発を着実に当ててゆき約20分かけ『はるな』『たかつき』『もちづき』各艦が8発、『ゆきかぜ』は12発の計36発を撃ちそのほとんどを命中させていた。

その後、部隊は一旦隊列を解くと『はるな』は再びヘリを飛ばし状況を確認、今度は無傷である左舷側の攻撃を行うために隊列を整え移動し、15時30分から先ほどと同じように37分かけ合計36発の砲撃を行い初日の予定をすべて終えた。

この日、処分部隊は第一波および第二波の砲撃で合計72発の砲弾を使用しそのほとんどを命中させることに成功した。

一方、第十雄洋丸は二度にわたる砲撃で今まで無事だったナフサタンクを撃ち抜かれた事によって、周囲の海面にナフサまき散らす事になり今まで以上に炎上した。

しかし、周囲の海を炎で染め、自身も100メートルにも及ぶ火炎を上げ船体をところどころゆがませ、右舷側に傾きながらも沈む気配を一切見せずに浮いている第十雄洋丸の姿に船魂であるユウがどのようになっているのか……

はるなたちはその状態を胸に秘めながら、明日で終わらせることを誓い明日に備え始めるのであった。

次回は年明けになりますが期末テストがすぐそこなので1月末なると思います。


注釈

本編中にある52番砲は『ごじゅうふたばんほう』と読むそうです。

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