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第五話 災害派遣

自衛隊の災害派遣の命が下ったその日の夜、はるなは緊張した面持ちであきづきの前に立っていた。

チラリと横目を向けると、隣ではゆきかぜが直立不動の構えであきづきを見ていた。

はるながここに呼ばれたのはつい先ほど、ちょうど妹のひえいのもとを訪れ27日に行われる引渡式について話していたときあった。

自分の時の引渡式の話を聞かせていると、いきなりゆきかぜが現れ有無を言わさず、はるなの首根っこを掴んで重苦しい空気の中、険しい表情をしたあきづきの元へと連れてこられた。

「はるty……いえ、はるな。あなたは今日、第十雄洋丸の撃沈命令が出されたのは知っているわね」

「は、はいっ!確か、潜水艦の皆さんが参加するとか……」

いつもと違う、あきづきの様子に戸惑いながらも、はるなは答えた。

今日、防衛庁長官から撃沈処分命令が出たのはすで聞いており、処分には最も有効な潜水艦からの魚雷を使うだろうと言われていたため、はるな等水上艦艇の艦魂たちは、ただ事の成り行きを見守っているだけであった。

はるなの言葉を聞いて、あきづきは小さくため息をついた。

「確かに先ほどまではその予定だったわ」

あきづきのその言葉に、はるなは目を大きく見開いたが隣にいた、ゆきかぜは予想していたらしくただ淡々と聞いていた。

「先ほどまで…って……」

「つまり我々、いや……はるな達、護衛艦隊も出撃する。そういうことだな、あきづき司令?」

先ほどのあきづきの態度から、ゆきかぜは上官と接する態度をとりながら冷静に質問する。

あきづきは目を見開いたまま立ち尽くす、はるなを見ながら静かにうなずいた。

「あくまで予定の話だけど……」

「そうか……」

あきづきの答えに、ゆきかぜは納得したようだった。

この約2週間燃え続けたといっても、第十雄洋丸の中には大量のプロパンなどが残っており、それは可燃物であると同時に巨大なうきでもある。

いくら船が構造上、魚雷に弱いといっても(うき)を抱える第十雄洋丸はそう簡単には沈まないだろうと、ゆきかぜはすでに考えていた。

チラリと隣に目を向けると、はるなは先ほどの様子と変わらずに立っていた。

『やはり察したか……』

ゆきかぜはそっと心の中で呟いた。

『はるな』は建造当初から護衛艦隊の旗艦として運用できるように設計されており、その艦魂たる、はるなもまた歴代の旗艦の艦魂たちから、様々なことを学んできている。

この状況下で気付かないわけがなかった。

そして、ゆきかぜは再びあきづきに目を向けた。

「ところで、あきづき司令。何故その話を我々に?」

ゆきかぜの問いに、あきづきは目を伏せ、はるなはビクリと肩をすくめた。

「私はすでに前線から引いた身だ、その私に今ここでその話をするということは……」

「ゆきかぜさん!」

核心を突こうと話かける、ゆきかぜを、はるなが止めた。

「もう…それ以上は……」

はるなはここで話されている内容が分かっていた。

だからこそ、そのことがここで出るのが怖かった。

しかし、ゆきかぜは、はるなの肩を叩いて首を横に振りあきづきを見据えゆっくりと聞いた。

「我々が出る。そういうことですね」

その問いにあきづきは、つらそうな顔ではるなを見るとゆっくりとうなずいたその瞬間、はるなは肩を落とした。

「…………出港の予定は約1週間後、そのほかの詳しいことは明日話します」

あきづきの言葉でその場は解散となり、はるなはすぐに部屋を出て行った。

その様子を見ていたゆきかぜに、あきづきは後悔するかのようにポツリと話した。

「はるちゃんには、少し無理を強いりすぎたのかしら?」

あきづきやゆきかぜは、はるなと出会ってからすぐに出来る限りの事を教えた。

それは彼女が今後の護衛艦隊の旗艦を務めることもあるが、一番の理由はその名前『はるな』の意味するところだった。

その名は旧日本海軍で終戦直前まで生き抜いた数少ない戦艦『榛名』と同じ、その意味は人間だけではなく艦魂である彼女たちにとっても大きなものであり、この場にいる二人も同じであった。

あきづきの名は日本が初めて防空駆逐艦として建造し、その身を盾にして散ったといわれる駆逐艦『秋月』を、ゆきかぜの名は幸運艦とも死神とも呼ばれた駆逐艦『雪風』から受け継いでいる。

「……かもしれないな。先代の名に恥じない様にと急ぎすぎていたのかもしれん」

先ほどから黙っていた、ゆきかぜも思わずつぶやいた。

彼女たちからすれば同じ名を継ぐというのは、先代の戦歴をその力を継ぐのと同じであり、先代が偉大であればあるほど彼女たちのプレッシャーは強くなる。

そのため彼女たちは、その名に泥を塗らないように努力するのである。

そしてそれを一番知っているのは、ゆきかぜ本人だった。

「人は願いを名に託す。か……あの方が行っていた事だが、本当にそう思える」

口元をゆるめながら話すゆきかぜはどこか嬉しそうだった。

そしてゆきかぜはそのままドアへと向かいながら、肩越しにあきづきに訪ねた。

「はるなはどこにいると思う?」

「多分、ひえいちゃんの所……」

あきづきはそう言いながらコツコツと指で机をたたいた。

「……あんな事を言っていてもきっと話すと思う」

「分かった」

そのまま礼を言いゆきかぜは、あきづきの部屋を出ていった。


ゆきかぜがあきづきの部屋を後にしたころ、はるなはひえいの部屋を訪れていた。

まだ就役していないが、ひえいの部屋の本棚にはすでにたくさんの書物が収められていた。

それらのほとんどは、はるながかつてゆきかぜやあきづきなどの旗艦をつとめた艦魂たち利用し書き写したもので、ひえいもまた時間を見つけてはその内容を書き写している。

そんな書物に囲まれた状態でひえいは、ゆきかぜに呼ばれ出て行った時と様子の違う姉に驚いた。

「どうしたのお姉ちゃん?」

ひえいはとりあえず部屋の椅子に、はるなを座らせ様子を見た。

そして、はるなは何度かためらうとひえいに向かって今回の件を話をする事にした。

「実は……」

「失礼するぞ」

はるなが意を決して話そうとした時、ゆきかぜの声と共にドアが開かれた。

突然現れたゆきかぜに、はるなとひえいは驚いた。

「ゆきかぜさん!?」

「な、何でこちらに?」

「ちょっとな……はるなの様子を見に来ただけだ」

二人の質問に答えながら、ゆきかぜは目線をはるなに移すとそれにつられ、ひえいもまた目線を向けた。

「お姉ちゃん?」

二人の視線を受け、はるなは再び口を開いた。

「ひえい、実はね……第十雄洋丸の撃沈命令が私に下るらしいの」

「……え?」

はるなの突然の言葉が呑み込めず、ひえいの目が点になった。

しかし、ひえいもはるな同様旗艦としての人に着くためにそれなりの事を学んでおり、見る見るうちに顔の色が変わっていった。

「お姉ちゃんが……ユウさんを……」

ひえいの口から漏れた言葉に、はるなは肩をびくりとすくませるが、ゆきかぜがその肩をそっと叩いた。

はるながゆきか見上げると、常に威厳のあるその目に不安が映っている事に気づいた。

「今回の任務は私どころか、誰も体験のした事のない初めての事だ。だからそう不安になるな」

「ゆきかぜさん……」

ゆきかぜの言葉に安堵したのか、はるなは顔をくしゃくしゃにして涙を流し始めた。

その様子を「仕方ないな」と言った様子で見ていたゆきかぜは隣で茫然としている、ひえいにも声をかけた。

「ひえいも落ち着け、これが……私達の力で彼女ユウに出来る有一の事だ」

「私達の力?」

「そうだ」

ひえいは未だに茫然としていたが、ゆきかぜとの受け答えには、はっきりしていた。

そしてゆきかぜの後をつなぐように、はるなが言った。

「私達の力……つまり日本を護る力ですね」

はるなの言葉にゆきかぜは頷いた。

護衛艦である彼女たちには日本を護るための力、他の船を沈めるという力があるのだ。

もちろんその力を使わない事に越したことはないが今その力が必要されている。

「だがそれは危険で、間違えれば護るべきものを傷つけてしまう力でもあり、時にはおのれの無力と言う結末を示すがな……」

ゆきかぜのまるで経験したことがあるような話を二人は驚きを見せた。

二人の様子にゆきかぜは口元を緩めた。

「そう驚くな、この話はあくまで受け売り……」

そう言ってゆきかぜは脇差しに手を当てた。

「この脇差しの元の持ち主である、あの人……先代の言葉だ」

あくまで手紙で聞いただけだがな、と続けるゆきかぜの言葉は驚いて目を合わせていた、はるなとひえいには届いていなかった。

確かに、ゆきかぜの脇差しが特別なものだとは知っていたが、まさか先代の『雪風』の物だとは思ってもみなかった二人の反応は正しいといえた。

そして驚いている二人の様子に気づいたゆきかぜはうっすらと笑みを浮かべ内心呟いた。

『これで多少は落ち着いてくれるといいんだが……』

内心でそう呟きながら、ゆきかぜは再び脇差しに手を当てクスリと笑みを浮かべた。

先ほどの言葉は、はるなやひえいだけではなく、実は自分自身へ言い聞かせるためでもあったのは心の中にしまっておこうと、ゆきかぜはそう決めた。

「ゆきかぜさん!」

はるなからのいきなりの呼びかけに、ゆきかぜは現実へと引き戻された。

そしてはるなの方を見るとそこには目をキラキラを光らせる、はるなとひえいがいた。

その目に若干の危険を感じながらもゆきかぜは冷静に問いかけた。

「なんだ?」

「「先代の雪風さんの話を聞かせてください!」」

「却下」

見事なまでに息がぴったりの、はるな姉妹からの要請をゆきかぜは即答した。

「「えぇ~」」と不満を漏らす二人を無視してゆきかぜはその場を去ることにした。

その際、さりげないながらもきつく睨みつけて追跡を断念させるのが、ゆきかぜならではの逃走術であった。


その翌日から第十雄洋丸に対する動きは早くなったように感じた。

正式に第十雄洋丸処分の命令を水上艦艇で受けたのは、あきづきが言った通り『はるな』と『ゆきかぜ』でさらに佐世保に配備されている『たかつき』型護衛艦の『たかつき』と同型艦で呉にいた『もちづき』が、最も有効とされる魚雷攻撃は呉の『うずしお』型潜水艦の『なるしお』が第十雄洋丸処分艦隊として選ばれ、さらに航空支援として連日、第十雄洋丸を監視している対潜哨戒機P-2J『おおわし』加わる事となり処分開始の日は奇しくも『ひえい』の引渡式が行われる27日であった。

命令を受けたこれらの艦艇はすぐに弾薬などの補給を開始し24日に『たかつき』と『もちづき』がそれぞれ佐世保と呉を出港し『はるな』たちのいる横須賀を目指した。

そして処分が開始される前日の26日の夕方に『はるな』たち第十雄洋丸処分艦隊は横須賀基地を出港する運びとなっており、出港直前に今回の作戦に参加する艦魂、たかつき、もちづき、ゆきかぜの三人が『はるな』の中にある会議室に集まっていた。

その場にいる誰もが緊張する中、他の艦魂よりもあからさまに緊張しながら、はるなは解散の指示を出していた。

「で、では、これで直前の打ち合わせは終わりです。皆さん自艦にも、戻ってください!」

はるなの指示を受け、たかつきともちづきが部屋を出て行った。

二人が出て行ったのを確認して、はるなはぐったりと肩を落とした。

「明後日には、なるしおが来るのに大丈夫か?」

その緊張した様子は、隣で見ていたゆきかぜが心配するほどひどかった。

「な、何とか……」

そうは言ったものの出港直前でありながらヘトヘトの様子であるはるなの胸元には真新しい階級章が光っていた。

今回の事案にあたり、護衛艦隊司令部は旗艦を『あきづき』から『はるな』に変更したためその艦魂であるはるなもまた護衛艦隊の艦魂における新米の司令長官となっていたのだ。

そんな新米の司令長官を今回支えるのが、ゆきかぜであった。

護衛艦隊に属してはいないものの、現在横須賀での最古参である、ゆきかぜの存在は大きいらしく、先ほどもちづきから何かを話していた。

そしてその事は、はるなにとってプレッシャーになったが、同時に心の拠り所ともなっていた。

そして、ゆきかぜの言う通り今回の本命で『もちづき』が呉を出た翌日に出港した『なるしお』は速度の関係から直接、現場へと向かっており合流は27日を予定していた。

あからさまに疲れた様子の、はるなを見てゆきかぜは盛大にため息をついて釘を刺した。

「ハァ……無茶だけはするなよ」

「は、はいっ!」

はるなの様子に正直不安を拭ぬぐうことのできないゆきかぜであったが、なってしまったものは仕方が無いか、と割り切った。

そして自分も戻ろうと部屋を出ようとした時、ドアが少し開けら元気な声が掛けられた。

「はるちゃん、頑張ってる~?」

目線を向けるとそこには、あきづきがドアの陰からヒョコリと首をのぞかせていた。

「あきちゃん……」

友人としてのあきづきに久しぶりに会えた気がして、はるなは肩の力を抜いた。

一方、あきづきはゆきかぜに目線で合図を送り、ゆきかぜを部屋の外へと出すと大声と共に、バンッとドアを大きく開けた。

「はるちゃんに特別ゲストだよ~!!」

「だれなn……」

あきづきの言う特別ゲストの姿を見て、はるなは目と口を大きく開いた。

開け放たれたドアの先には、なんと新品の制服を着たひえいが頬を赤らめ、照れくさそうに立っていた。

『な、何でひえいがここに!?しかも制服!?ひえいが制服を着るのって明日だよね!?』

あまりにも突然の事に、はるなは頭の中で自問自答に耽ってしまい何もしゃべる事が出来なかった。

一方、ひえいは自分の姿を見て固まってしまったはるなに恐る恐る訪ねた。

「……似合ってるかな、お姉ちゃん?」

ひえいの質問にしばらくの間が空いたが、はるなは大きく首を縦に振った。

「………………う、うん!とっても似合っているよ!でも……何でひえいがここに?」

「実は……あきづきさんが『せっかくの引渡式に会えないんだから、少しだけ早めに制服姿を見せてあげて』、って……」

「あきちゃん……」

はるなは咄嗟にあきづきを探すが、ゆきかぜと共にその姿はなかった。

ひえいはおずおずとはるなの前まで行くと、封筒の束を取り出した。

「ひりゆうさん達、消防船や民間船の船魂からの手紙……みんなから渡してくれって」

「えっ!?」

はるなは驚きながらも大きく“はるなさんへ”と書かれた一枚の封筒を手に取り中身を読み始めた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

はるなさん覚えていますか?消防船の船魂のひりゆうです。

今回、あんさんに頼みがあります。

ユウさんを少しでも早く苦しみから楽してやってくれ。

あんさんには辛いかも知れんが、オラには何も出来ないからな……

あと最後に、もしユウさんに会ったら次のオラの言葉伝えてけろ。


“ユウさん!いつになるが分からんが、そっちに行ったら今回出来なかった飲み会すんぞ!だからな……それまで待っててけろ”

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「…………」

はるなは読み終えると綺麗に封筒に戻し、封筒の束に目を移した。

おそらく他の封筒にも同じ事が書かれているのだろう、はるなは一度礼をしてしっかりと封筒を受け取った。

「ひりゆうさん達が頑張ったんだから、私も頑張らないとね」

「うん……お姉ちゃん」

船魂だけだとは言え、これだけの思いを背負っているのだと初めて知った、はるなは改めて今回の事を成功させようと誓ったその時、高々と汽笛が鳴った。

ひえいは姿勢を直すと、はるなに敬礼した。

「成功を祈っています、はるな司令…………お姉ちゃん、行ってらっしゃい」

それに対し、はるなは無言であったがしっかりと応礼した。

「行ってきます」


11月26日 1600

報道陣を乗せた旗艦『はるな』を先頭に『たかつき』『もちづき』『ゆきかぜ』が関係者に見送られながら横須賀基地を出港。

また、海上保安庁からも報道陣を乗せた巡視船『いず』が出港した。

この時、人には見えない何人もの船魂たちが彼らを見送ったのは当時の艦魂と船魂だけが知る事であった。




第十雄洋丸に対する第一次攻撃まで後………21時間45分

前回のあとがきで明日、明後日と2日続けての更新を予定していると書きましたが、自分の力不足故、間に合いそうにありません。

現在、残りの3話(予定)を執筆しており、その後の更新については今後の活動報告にてお知らせします。


楽しみにしていた読者の皆様、申し訳ありませんでした。

出来るだけ早い更新を目指します。



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