第二話 あの日、あの時、あの場所で……
今回から1974年に移ります。
1974年は1960年より始まったベトナム戦争からアメリカ軍が全面撤退し、終戦の兆しが見えてきた翌年のだった。
そして、同年の8月に就任したジェラルド・R・フォード大統領が戦後、初めて現職の大統領としての来日が決まっていたのが同年の11月だった。
どんよりと雲が落ちた昼前、はるなは艦の三分の一を占める飛行甲板で時折、吹き抜ける風に若干の寒さを感じながら空を見上げていた。
当時のはるなの見た目は14歳くらいで、彼女自慢の二つに結った肩にかかる黒髪が風に流されていた。
「今日は、くもりか〜」
空を見上げ少し残念そうに、でもどこか嬉しそうにそんなこと言いながら、はるなは飛行甲板である人物を心待ちにしていた。
すると突然、はるなの前に光の粒子が収束してきて、その中から同い年くらいの少女が飛び出して来た。
「は~る、ちゃん!」
「あ、あきt……!!」
いきなりの強襲に、はるなは耐えきれず二人揃って甲板に、ものすごい音を立て倒れこんでしまった。
あ、いたた……、と後頭部を押さえながら、はるなは飛び掛かって来た少女を睨んだ。
「あきちゃん痛すぎるよ~!そして、おそ~い」
はるなが頬を膨らませ、怒りながら『あきちゃん』と呼んでいるのは現在、護衛艦隊旗艦の任についているあきづき型護衛艦一番艦の『あきづき』の艦魂である。
見た目の年齢は、はるなと同じ位か若干幼い位だがすでに就役して14年立っており妹である、てるづきと交代しながらとはいえ護衛艦隊の旗艦を歴任している兵である。
ちなみに二人が何故、ここまで砕けた呼び方をするほど仲がいいかと言うと、ただ単にお互いの名前に季節に関する文字が入っているから、である。
かなりふざけた理由であるが、それでも同じような理由を持つ艦魂達とは仲がいい。
はるなは一頻り文句を言うと顔をそむけてしまい、それを見たあきづきは顔の前で手を合わせ謝った。
「ごめん!なかなか仕事が片付かなくて遅くなちゃった!」
その様子にはるなは片目であきづきをいつめると、無言で近づき額をバチッ、とはじいた。
「痛っ!」
額に手を当て、痛がるあきづきにはるなは言いきった。
「あきちゃんは護衛艦隊の旗艦なんだから、ちゃんと決まった時間に来ないとダメッ!それ以前に今日は仕事、関係ないでしょ!」
大声で言いきるはるなに対しあきづきは涙目になりながら言った。
「うぅ〜……ばれたか」
「『ばれたか』じゃな~い!」
「お姉ちゃん!落ち着いて!」
指摘を受け舌を出して答えるあきづきに、はるなは襲いかかろうとしたが、割って入って来た声に止められた。
はるなはその声に肩を震わすと、ゆっくりと振り返ると、そこにははるなと同じ髪型の作業着姿の艦魂が息を荒げながら立っていた。
その姿を見て、はるなは目を大きく見開いた。
「お姉ちゃんって……あなたが…………ひえい?」
驚いた様子のまま聞いてきた、はるなの質問に彼女は少し恥ずかしそうに頷いて見せた。
「う……うん!初めましてお姉ちゃん!」
ひえいはそう言って手を差し出した。
その手に、はるなは最初戸惑ったが、しっかりと握った。
「初めまして、ひえい」
妹の手を握れた時、はるなは嬉しかった。
最大の護衛艦として、旧日本海軍の戦艦である『榛名』の名を受け継いだと知った時よりも、はるなにとっては妹である、ひえいと出会えた今の方がずっと嬉しかった。
心から喜んでいると突然、あきづきが、はるなとひえいの間に入って来た。
「はるちゃん!姉妹の初対面に特別に協力したんだから、感謝してね~」
「…………」
「あきづきさん……」
あまりにも空気の読めないあきづきの行動に、はるなの目は半眼になり、ひえいは姉の様子とあきづきを見比べ言葉を濁した。
しかし、はるなが次に口にしたのは、この状況では意外な言葉であった。
「……あきちゃん、ありがとう」
「お姉ちゃん!?」
驚くひえいに、はるな複雑そうに笑った。
と言うのも、ひえいは現在最終艤装中で今月中の就役が予定されているだけで、この様に出会えるタイミングはそれほどない。
しかし、今回は護衛艦隊の旗艦であるあきづきが手まわしをしてくれて今回の初対面がなったのだ。
その事を思い出したはるなは、怒りたいのをこらえあきづきに礼の言葉を述べたのだ。
「お姉ちゃん……」
ひえいはそんな、はるなを見て『いいお姉ちゃんでよかった』と心の中で思った。
一方あきづきは、はるなの意外な反応に驚いていたようすだった。
「あれ~?そこは怒るところでしょ~」
「今回はあきちゃんが、この場を作ってくれたんだから特別」
「……ひえいはどうなの?」
「えーっと……お姉ちゃんが許すなら私も……」
納得がいかないのか双方に意見を聞くあきづきだったが、二人の答えは一緒だった。
二人の答えに、う~ん、と唸るあきづき、そして思わず本音がポロリと漏れた。
「わざとやったんだけど、インパクトが足りなかったかな~?」
「あきちゃん、今何て言った?」
あきづきがそれを口にした瞬間、その場の空気が一変した。
なんと言えばいいのだろうか、まるで南国のハワイから極寒の南極へと一瞬で移動したような感じである。
そして、先ほどの声……
あきづきがゆっくりと首を動かすとそこには何やら黒いオーラを放ってつはるなと、隣にいたはるなの突然の変貌に驚いているひえいがいた。
「今、わざと、って言わなかった?」
「な、何の事かな~♪」
あきづきは、はるなの様子からしまったと思いごまかそうと口笛を吹き始める。
じっと、あきづきを睨んでいたはるなは突然、ひえいを睨むとものすご~く優しい口調で質問をした。
「ひ~え~い。今、あきちゃんが言ったこと覚えている~」
ものすごく優しい口調で問うてくる姉であるが、その目は……ものすごく怖い。
ひえいは、はるなの目に脅されるがごとくガクガクと首を縦に振った。
「う、うん。わ、わざとって……」
はるなのオーラに呑まれた、ひえいが答えながらチラリと、あきづきの方を見るとそーっとその場から離れようとしていた。
そして、ひえいが答え終わった瞬間はるなの目がギラリと光った。
「あ~き~ちゃ~ん!!」
「に、逃げるが勝ち~!!」
あきづきはそのまま格納庫の方へと走って逃げるが、激怒したはるなはそれを許さずあっという間に捕獲、あきづきに対する怒りをぶつけ始めた。
その様子にひえいは止めるべきかどうか迷い、ただオロオロしていると隣に光が生じた。
そちらを見ると、そこにはつなぎ姿に海上保安庁の帽子をかぶった17歳位の顔見知りの少女がいた。
その姿を見てひえいは目に涙を浮かべた。
「ひりゆうさん!」
ひえいが救世主が現れたかのような目を向けるのは海上保安庁の消防船『ひりゆう』(呼び方はひりゅう)の船魂で、よくひえいに会いに来ていた。
「ちょ~っと用があってさ、来て見たんだがお取り込み中だったが?」
ひりゆうは訛った声でしゃべりながら揉みくちゃになっているはるなとあきづきを見ると。
海自の皆さんは元気そうで何よりだな~、と面白そうに話す。
「元気と言うかなんというか……」
何とも言えない顔で、ひえいが答えるとひりゆうはひと笑いして声をひそめた。
「あんだけ元気さあれば問題ね~。ただ、まつさんたちに見つかんねぇうちさ、止めとけ」
ひりゆうがそう言ったのにはわけがあった。
海上保安庁の船に限らずたいていの船は護衛艦を避けているのだが、ひりゆうは積極的に交流を持とうとする例外的な存在であった。
そうこうしているうちに、二人は疲れてきたのか動きを止め甲板に大の字になった。
その様子にホッとしたひえいは、ひりゆうを顧みた。
「ところでひりゆうさん、用ってなんですか?」
「ああ、実は今日ここらへんで一番でかいタンカーさ帰ってくんだけど、その船魂と飲まないかって誘いさ来たんだ」
「へ~」
はるなとひえいは自衛隊最大の護衛艦なのできっと声がかかったのだろう。
ひえいはそう考えながらひりゆうの話に耳を傾ける。
「今月中にあんさんは就役すっこったし、思い出に一杯、な?」
手でコップを持つようにして聞いてくるひりゆうに、ひえいは少し悩んだ。
「嬉しいんですけど私なんかが言って言って大丈夫なんですか?」
ひえいも自分達があまりいい印象をもたれてないこと知っていた。
そんなところに行っていいのだろうかと思案していると、ひりゆうは首を振った。
「問題ねぇ~。あの人はいい人だから安心せい」
笑顔でそう言う、ひりゆうに安心したひえいは頷いた。
「では喜んで参加させていただきます」
ひえいの返事を待っていたかのように、ひりゆうはウンウンとうなずきさらには、『あんさんのお姉さんも誘ったらえぇ~』と言いだした。
ひえいはチラリと、はるなの方を見るが、今のあの様子と仕事があることを考えるときびいしいだろうな、と思いつつとりあえず後で聞いてみますと答えを後にして、今回の相手を聞くことにした。
「ところで今回の方って、どういう方なんですか?」
ひりゆうには悪いが、護衛艦である自分を誘うのだから余程の変わり者だろう。
そう思ってひえいは聞いた。
「ユウっていう奴だ」
「ユウさん……ですか?」
「ああ、今現役でいるタンカー中では世界最大クラスのタンカー、『第十雄洋丸』の船魂だ。タンカーの船魂だけあって筋金入りの酒豪だから気いつけろ」
ひえいと、ひりゆうがそんな話をしていた頃、一隻の大型タンカーが、東京湾中ノ瀬航路を航行していた。
中ノ瀬航路とは東京湾中ノ瀬の東側、幅約700メートル、長さ約10.5キロの航路海域のことでここを航行する船は「北向きに通行する」と規定されている。
そして航行しているタンカーのトップから盛大なくしゃみが聞こえた。
「ハックション!」
くしゃみの主は鼻を擦りながら首を傾げた。
「風邪でも引いたのかな~?それとも今日の飲み会について誰か話しているのかな~?」
うーん、と唸る主がいるのは『第十雄洋丸』。
そう、このくしゃみの主こそ当時の日本では最大のLPG・石油混載タンカーの船魂、ユウである。
その見た目の年は16歳ほどで、肩まで届く髪を一本の三つ編みにしていた。
ユウは大きく背伸びをすると嬉しそうにつぶやいた。
「もうちょっとで川崎……長かったな〜」
ユウが長かったというのはここまでの航海だ。
彼女はペルシャ湾からプロパンやナフサ、ブタンを総計約五万七千トンを積み込んできたのだ、そしてあと数時間で目的地の川崎港に入港できる。
その気持ちはユウだけではなく乗組員も待ちきれない様子で第十雄洋丸は速度を上げていた。
「今夜はパーっと飲むわよ!」
「少し落ち着いてくださいな」
待ちきれないユウが、天高く両手を突き上げていると冷静な声が掛けられた。
声のした方を見るとユウもよく知っている一人の船魂がいた。
「イオリちゃんも来るの?」
「一応……でも先導している私との距離が、近すぎています」
イオリと呼ばれた彼女は、現在第十雄洋丸を先導しているエスコート船『おりおん1号』の船魂で仲間内ではイオリと呼ばれていた。
彼女は昨年より施行された海上衝突予防法に則って第十雄洋丸を先導していた。
しかし、久々の日本との土とあってか第十雄洋丸は速度を上げ、おりおん1号との距離が徐々に縮まっていた。
「大丈夫だって!私はまだ航路の中を航行しているんだから」
「そう言うことでは……」
今夜の飲み会のことを考えているユウにとっては、イオリが懸念していることは分かっていないらしい。
どうしたものかとイオリが悩んでいると一隻の貨物船が目に入って来た。
「えっと……」
イオリは海図を取り出すと自分とユウの位置、そして相手の位置を確認した。
『ユウさん航路から出ようとしていますが、まだ航路内なので大丈夫ですね』
そう思いイオリは海図をしまい、再びユウに視線を向けた。
そこではユウが今晩どれだけ飲もうかなどと、考えておりイオリは思わずため息をついた。
同じころイオリが確認したロサンゼルスへと向かうリベリア船籍の貨物船『パシフィック・アレス』の船魂であるアレスも第十雄洋丸に気づいていた。
アレスは気がつくとすぐさま船長のところへと足を運んだ。
「船長!」
「アレスか?」
船長は他の乗組員に気づかれない様、声を押さえて話しかけてきた。
パシフィック・アレスに乗っていた船長は船魂の見えるまれな人間であり、アレスにとっては自分のことを認識してくれる数少ない存在であった。
「はい、右舷からタンカーが……」
「そうあわてるな相手はわしらの船を右舷にみているはずだから当然、相手方が回避する。だから安心しなさい」
衝突予防法では右舷側の艦船に回避義務があったからだ。
船長の話を聞いていたパシフィック・アレスの船魂アレスもまた納得していた。
つまりこのとき双方はともに『相手側が回避するだろう』と判断し舵をそのままに前進し続けた。
しかし、しばらくして第十雄洋丸は危険を察知し機関を半速前進と警笛を鳴らし回避を訴えたがパシフィック・アレスは反応しなかった。
衝突が現実のものとなってきたとき、第十雄洋丸は機関を全速後進にし何度も警笛を鳴らす。
また、おりおん一号もパシフィック・アレスの航路に割り込み警告する。
「お願い!早く舵をきって!」
イオリの叫びが届いたのか、パシフィック・アレスは全速後進と取舵を取る。
―――が、すべては遅かった。
「だめえぇぇぇ!!」
「きゃああああああああああ!」
「ユウさん!!」
ユウとアレスの悲鳴とイオリの叫び声が響くと同時にパシフィック・アレスが第十雄洋丸の右舷艦首側に食い込むように衝突した。
「ぐあっ!!」
ユウは全身に激痛が走ると同時に首元から血を吐きだしたが、自分のことより真っ先に積み荷のことを考えた。
今、自分に積まれているものは……
その瞬間、大音響とともに大爆発が起きた。
パシフィック・アレスが衝突した場所は、ナフサが満タンで入っていた右舷艦首側のリーザブタンクで衝突の際に大破口が生じ、そこから可燃性の強い液体であるナフサが噴出、パシフィック・アレスにかかると同時に衝撃で起きた火花が引火したのだ。
さらに周囲には流出したナフサが広がり、第十雄洋丸とパシフィック・アレスの周囲はまさに火の海と化した。
午前11時38分
これが二十日間にもわたる出来事の全ての始まりだった。
11時38分……その時間に更新できたでしょうか?
ひりゆうの訛りは、完全に適当ですので突っ込まないで下さい。
また、衝突予防法などに関しては一応、調べましたが間違っている部分があれば、メッセージでもいいのでご指摘願います。
尚、次の更新は10日の18時〜21時を予定しております。