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第一話 退役間近の告白

2009年3月 海上自衛隊舞鶴基地

徐々に春の足音が聞こえてくるこの時期、一隻の護衛艦が北吸桟橋に係留されていた。

その艦の甲板には艦首側から順に、背負い式に配された砲身のない単装砲の砲塔が二基と箱形のアスロック・ランチャーが一基、あり艦橋の後ろにはマック構造と呼ばれるマストと一体化した煙突があった。

そして何より目を引くのが船体中央から艦尾までを占める、広々とした飛行甲板と巨大な格納庫であった。


第三護衛艦隊群、第三護衛隊所属、ヘリコプター搭載護衛艦『はるな』


2007年に行われた海上自衛隊の再編まで第三護衛艦隊群の直轄艦、要は旗艦を勤め、再編後、第三護衛隊に移籍後も旗艦を勤める海上自衛隊、最古参の護衛艦である。

その露天艦橋に一人の女性が、柵によりかかるように立っていた。

歳は20歳前半位だろうか、整った顔立ちは白い菊が胸元についている自衛官の制服に合っていて美しく、黒い手袋をした手には一連の数珠が巻かれていた。

しかし、頭はきれいに丸められた頭と暗いその表情は、別の雰囲気を醸し出していた。

彼女は、柵に寄りかかりながら艦首、艦橋、そして艦尾へと目を移す。

「……昔に戻ったみたいね」

どこか懐かしい、そのような声音で呟くと再び艦首方向へと目を移した。

先ほどから艦を見渡している彼女は、この護衛艦『はるな』の艦魂である。艦魂とはその名の通り艦の魂ともいえ、艦が進水する時に生まれ、その艦が沈むもしくは解体されるとその一生を終える。

はるか昔より船乗りたちの間では、艦の守り神や女神として言い伝えられてきた存在である。

じっと、遠くを見つめるようにしている、はるなの脳裏に浮かんだのは燃え盛る海面と、その中に浮かぶ一隻の船。

「――さん……」

空気に溶けるように囁かれたそれは聞き取ることはできなかった。

しかし、あの事件から今年で35年、人々の中から忘れ去られても彼女はるなの中からは決して消える事のない出来事……

はるなが感傷に浸っていると背後に光の粒子が集まって来た。

その事に気がつき振り返るとそこに一人の艦魂が現れた。

年は10代後半だろうか、首にかかる髪は根元でまとめてあり、薄い黒ぶちの眼鏡が目を引く。

彼女はミサイル搭載型護衛艦の一隻で、通称イージス護衛艦と呼ばれる『みょうこう』の艦魂である。

みょうこうは、はるなの前で立ち止まり姿勢を整え敬礼をする。

「はるな司令、時間です」

「……そう、今までありがとう、みょうこう」

頭を下げるはるなに、みょうこうは慌て手を振った。

「い、いえ。そんなことは……」

しかし、それ以上は言葉が続かず、みょうこうは、そのまま口籠ってしまった。

口籠る様子を見てはるなは、みょうこうに近づくと肩をたたいた。

「……急ぐんでしょ」

「は、はい」

それだけを聞くとはるなは、光の粒子を纏わせながらゆっくりと転移を始めた。

呼びに来たはずなのに逆の立場になってしまった、と戸惑いながら、みょうこうははるなの後を追って転移をした。

「(結局、最後までお世話になりっぱなしだったな)」

転移する瞬間、心の中でみょうこうはそう思うとその姿は艦橋から消えていた。

みょうこうが、そう思った理由、それは……

明日、はるなは護衛艦として生きてきた36年の就役を解かれるのだから……


その後はるなは護衛艦としての最後の日を何事もなく夜を迎え、自室の仏壇の前にいた。

退役式も何事もなく終わり、最後にみょうこうたちが企画し、行われたお別れ会も何人かの艦魂が酒で危うくダウンしかけることもあったが、なんとか終った。

「……何もないことが一番いいわね。」

そう言ってはるなは、仏壇から一つの位牌を取り出した。

就役期間、約36年と言う護衛艦としては長寿を全うした彼女だが、そのほとんどをこの位牌と共に過ごして来た。

それは自分達が行った……いや、果たせなかった咎を負った結果でもあり、他者には言えない、自分自身への戒めでもあった。

「……あの時の…あなたとのことを話すべきね」

あの事を語れるのはもはや己しかいないのだから。

はるなが決心した時、部屋のドアがノックされた。

そっと位牌を仏壇に戻し、いつもと変わらぬ、落ち着きはらった低目のトーンでドアを開けるように促す。

「……どうぞ」

はるなの返答を聞き、一人の艦魂、みょうこうがドアをゆっくり開け入ってきた。

その顔に何やら決心した表情を感じながら、はるなはみょうこうに訪ねた。

「……こんな時間にどうしたの、みょうこう?」

「実は、はるな司令に聞きたいことがあって……」

「……聞きたい事?」

「はい」

みょうこうの返事の後、しばしの沈黙が流れた。

はるなはじっとみょうこうを見つめ、みょうこうもまたその視線をきちんと受け止めていた。

それからどれくらい経っただろうか、はるなは突然身をひるがえすと、みょうこうに対し肩越しで座るように促した。

みょうこうは指示されるがまま席に着くと、その向かいに、はるなは腰を下ろした。

「……もしかして彼女について?」

そう言って、はるなは手に持っていたある物をテーブルの上に置いた。

それは先ほどの位牌であった。

その位牌をみょうこうは、驚いた様子でそこに書かれた金色の文字を見た。


第十雄洋丸   1974年11月28日没


そう書かれた黒塗りの位牌は一般的なものであったが、綺麗に磨かれ書かれた文字も掠れることなく金色に輝いており、それだけ大切に扱われていることを物語っていた。

まじまじと位牌を見ていたみょうこうは、視線をはるなへと移した。

「どうして分かったんですか?」

「……ただ単に、わたくしが話したかったから…………話、長くなるわよ」

はるなは、みょうこうの質問にそれだけ答えると、何かを思い出すかのようにゆっくりと目を細め、目を閉じた。

「……あれは私が護衛艦として就役してまだ一年もたたない秋の話よ……」

はるなの瞼越しに映る風景、それは彼女がまだ頭を丸める前、見た目もまだ14歳ほどで髪を肩まで伸ばし、元気がいっぱいでコロコロと表情が変わり、自分自身の力を信じていた頃……1971年11月の風景だった。


次回の投稿は11月9日 

午前11時40分ごろを予定しています

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