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最終話 咎のケジメ

第十雄洋丸が沈み横須賀へ戻ってから数日後、はるなは目を覚ました。

まだはっきりしない頭で周囲を見渡すと、心配した表情の ひえいが目に入った。

「ひ……」

「お姉ちゃん!」

はるなが言葉を掛けるよりも早く ひえいは抱きついてきた。

自分の胸にすがりつく ひえいの頭をなでながら、はるなは頭の整理を始めた。

確か自分は甲板にいて、それから会議室に戻ろうとして……

「気がついたみたいだな」

「ゆきかぜさ……」

ゆきかぜの声に頭の整理を一端とりやめ はるなは声のした方へと視線を向けると息をとめた。

はるなが見つめる先には左腕の付け根に包帯を巻き固定した ゆきかぜの姿があったからだ。

自分の姿を見て固まってしまった はるなを見て訝しむ。

「はるな?」

声を掛けるが反応が無い。

その様子に今まで はるなに抱きついていた ひえいも気づき顔を見る。

はるなの表情はこわばり、まるで何かを恐れているようだった。

「お姉ちゃん……きゃっ!?」

ひえいが呼びかけた次の瞬間、はるなは ひえいを突き飛ばした。

「はるな!」

その様子に ゆきかぜが声を上げるが、はるなは刀を顕現させるとそのまま自分の首元に付きつける。

「お姉ちゃん!」

ひえいの悲鳴にも似た叫びが響くが、刃は首の皮を傷つけただけで動きを止め はるなの寝るベットに血が滴った。

はるなが自分の首をつく寸前に ゆきかぜが自分のてが傷つくのも構わず刀身をつかみ、止めたのだった。

「落ち着け はるな!」

ゆきかぜはそう言い はるなから刀を奪い取ろうとするが、はるなは離さず首元へとその刃を運ぼうとする。

はるなと ゆきかぜのやり取りを ひえいはどうすればいいかわからず見ていると部屋のドアが勢いよく開かれた。

そして あきづきを先頭に数人の艦魂がなだれ込み ゆきかぜに加勢する。

「……離して!私はっ!私は……」

はるなは激しく抵抗するがすぐに抑えつけられた。

しかし、それでもなおも抵抗する はるなを見た ゆきかぜは奪い取った刀を ひえいに預けると はるなの鳩尾に血まみれの拳を叩きこんだ。

はるなは少しばかり呻くとそのまま気を失い、その場の一同はほっと胸を撫で下ろした。

「しばらくは大丈夫だろうが、目を覚ましたらまた厄介になりそうだな」

ゆきかぜの呟きに ひえいはハッとしたが、その肩を あきづきが叩いた。

振り返った ひえいに あきづきは笑顔で安心するように言った。

「大丈夫、誰か見張りを付けるから……」

そう言うと あきづきは二人の艦魂に一言、二言、話すと ゆきかぜと共に部屋を出て行った。

あきづきから話を受けた艦魂は はるなの居住まいを直す。

その様子をただ茫然と見ていた ひえいであったが、見張りの艦魂の一人に促され先ほどと同じ椅子に腰を掛けた。

「私達はドアの外にいるので何かあったら読んでください」

そう言うと二人はそのまま部屋を出て行った。

ひえいは 二人きりになった部屋で はるなの顔をみる。

「お姉ちゃん……何があったの……?」

はるなの突然の行動への問は返ることなく、ただ無言の時が流れた。


一方、部屋を出た ゆきかぜと あきづきの姿は『あきづき』の会議室に向かっていた。

そこにはすでに今回の処分に参加した護衛艦の艦魂と現在、横須賀にいる幹部クラスの艦魂が集まっていた。

ピリピリとした緊張感に包まれる中、会議室のドアが開けられ あきづきと ゆきかぜが入って来た。

「遅れてごめんね~。早速始めましょう」

いつものように明るくふるまう あきづきであるが、会議室の空気は変わらない。

これから行われるのは『第十雄洋丸処分における事実確認』と『はるなの行った禁忌行為』であった。

実は第十雄洋丸が沈没した翌日の夕方、処分部隊は横須賀港に帰港しておりすぐにでも会議を執り行われる予定であった。

しかし、当事者で現司令である はるなが気を失った状態だった上、参加した処分部隊が使用した砲身の点検作業などがあったため行うのが難しかった。

ちなみに、あくまで人間側に限るが『はるな』設けられた司令部から防衛庁長官への第十雄洋丸の撃沈報告が、暗号作成などにより海上保安庁からの報告よりも遅れたというのがこの時、問題になっていた。

以上の様な事もあり、結局会議は今日に持ちこされていたのである。

「さっき はるちゃんの様子を見てきて来たけど、今回の会議は無理そうだったので当初の話し合いの通り私が代行するわね」

先ほどの事もあり あきづきが代理で議題に入ろうとするが一人の艦魂が手をあげた。

「何、ターちゃん?」

あきづきに ターちゃんと呼ばれたのは現在、日本で有一対空ミサイルを装備するミサイル搭載護衛艦『あまつかぜ』の艦魂だった。

ちなみに『ターちゃん』と呼ぶ由来は自衛隊員が『あまつかぜ』の事を『ター様』と呼んでいたためである。

しかし、その呼び方が気に入らないのか あまつかぜは不満そうな顔で あきづきを見つめるが、すぐに ゆきかぜに向き直った。

「ゆきかぜさん、その右手はどうしたのですか?」

その声に一同の視線が ゆきかぜの右手に集まる。

集まる視線に ゆきかぜは隠す事もなく傷つき血がにじむ右手を見せた。

「これがどうかしたか?」

冷めた ゆきかぜの返答に室内はざわつき、あまつかぜは ゆきかぜに食って掛かる。

「『どうした』ではありません!その傷は左腕同様 はるな司令にやられたものでは!?」

「…………」

突き詰める問いに ゆきかぜは無言で返す。

その態度に更に周囲はざわつき、たかつきをはじめと処分に参加した艦魂達は心配そうに ゆきかぜを見つめた。

「一刻も早く はるな司令に厳罰を科すべきです!」

そう叫ぶ あまつかぜに対し ゆきかぜは首を振り睨み返した。

「正直な話、この件は私達にはどうにもならん……はるな自身に決めさせる」

「そんな甘い事を言っていられません!いくら ゆきかぜさんでもこれ以上は……!!」

ゆきかぜの はるなを甘やかすような態度に あまつかぜが声を荒げるが、ゆきかぜの気迫の睨みに言葉が詰まった。

その気迫は あまつかぜに留まらず、あきづきを除く部屋中の艦魂を飲み込んだ。

「……自ら命を断とうとしてもか?」

ゆきかぜの重々しい言葉に全員の表情がこわばる。

そして ゆきかぜの言葉を補う様に あきづきが先ほどの一件を話した。

「……というわけで はるちゃんは今、眠っているわ」

あきづきから一通りの聞いた一同は皆、顔を落としており、特に先ほどから ゆきかぜに食いかかっていた あまつかぜは言いすぎたと感じていた。

国に関係なく艦魂達の間では攻撃や事故において弱った艦魂へ致命傷となる傷を負わせ、殺す(船を沈める)事は禁忌とされている。

かつて衝角しょうかくを用いて敵を沈めていたころは気にはされていなかったが、技術が進歩し長距離で沈める事が多くなったころから『弱った相手をなぶる事は戦った相手への敬意を汚す』として徐々に広がって行った。

無論、この意見に対し反対する者も多いが世界中、ほとんどの艦魂達はこの理念を新たな『ことわり』としていた。

「確かに はるちゃんのした事は私達、艦魂の世界においては禁忌とされるほどの重罪だけど死ねば許されるという事ではないわ」

艦魂はふねの魂である。

艦が沈むか解体されれば艦魂もまた死ぬのが当然で、艦魂が死ねば艦もまた沈む。

そのため自身の身勝手な行動によってそうなる事もまた禁忌とされている。

もっとも、艦魂は自身で命を絶つ事はまず不可能なのでそれほど気にはされてはないが……

「だけど、あそこまでの行動をする以上、この件については はるちゃんの判断に任せます」

「しかし……」

一人の艦魂が、はるなの覚悟を知りながらも少しばかり不満を漏らす。

あきづきは真剣な面持ちで、その艦魂の危惧する事を読み取り頷いた。

「もちろん、はるちゃんの判断が甘い場合は改めて会議を開きます。いいですね」

「はい」

その艦魂は あきづきの言葉に納得したのか素直にうなずいた。

周囲を見て全員が落ち着いてきたのを確認すると あきづきはいつもの口調で会議を再開した。

「じゃあ、はるちゃんについては以上で終わり。ユウさんについては たかちゃんお願いね」

「は、はい!」

指示された たかつきは慌てて今回の処分内容についての報告を始め、攻撃手段や攻撃開始時間、攻撃結果などが話される。

そして話が進むにつれその場にいた誰もが、はるなのことを忘れていき、いつのまにか夜を迎えた。




「……うっ!?」

はるなは窓から差してきた、徐々に欠けゆく月の光に目を覚ました。

しばらく、ぼーっとしていたがすぐさま自分の刀を探し、壁に立てかけられているのを発見し手を伸ばした。

「……お姉ちゃん……」

しかし、突然の ひえいの声に はるなはその手を止めた。

はるなが声のした方を見ると、ずっと傍にいて疲れたのか自分が寝ているベッドに寄り掛かって寝ている ひえいがいた。

「……お姉ちゃん……だめだよ……」

寝言を言う表情は気持ちよさそうな表情に見えたが、その目元には涙の筋が見え、はるなはうなだれた。

「……ごめんね、ひえい」

ポツリとつぶやいた はるな。

せっかく姉妹がそろったというのに自分にはひえいを抱く事は出来ない。

禁忌というべき事をしてしまった自分の手は血に染まってしまっている。

そんな手で妹を抱けるわけがなかった。

はるなは ひえいを起こさない様にベッドから出ると壁にかかった刀を手にした。

「……私は……」

はるなは再びその切っ先を自分に向ける。

一度では無理でも何度もすれば……はるなが刃を動かそうとした。


その時――――――――――――――――


「最近の艦魂はずいぶんと気が早いものだな」

いきなり発せられた声に はるなは刃を止め、声のした方を振り返った。

ひえいが寄り掛かって寝ているベッドの脇、この部屋にある有一の舷窓の前に声の主はいた。

まず最初に目についたのはその鮮やかな光を放つ金髪であった。

床につくかどうか微妙な長さのその髪は月明かりとは全く別の輝きを放っており、そこには美しさとも威厳とも取れる何かを感じた。

そして次に目がついたのは着ている衣服であった。

声の主が身に纏ってのは旧海軍時代の制服だった。

その姿を見て若干頭痛がした はるなが警戒する中、声の主は目を合わせると口元に笑みを浮かべた。

「とりあえず話をしたいな、すまないがその物騒なものをしまってくれないか?」

「……はい?」

いきなりの注文に はるなは思わず変な声をあげてしまった。

警戒感を出す相手に出会っていきなり注文してくるとは思ってもいなかった はるなは、相手の流されまいと切っ先を自分に向ける。

「やめろ」

声の主の一言で はるなは金縛りにあったかのように動けなくなった。

それはまるで ゆきかぜが周囲を気迫で抑えるのと同じような感覚であった。

驚く はるなは目だけ何とか動かし声の主を見た。

「……あなたは一体……」

問いかける はるなに声の主は先ほどと同じ様に口元に笑みを浮かべると一言。

「ただ単に話に来た変わり者の艦魂……とでも言っておこうか」

声の主、改め変わり者の艦魂は気迫に呑まれ動けない はるなに近寄ると手にしていた刀を取り上げた。

「これはしばらく預からせてもらうぞ」

そう言う変わり者の艦魂に はるなが食って掛かろうとするが、口元に人差し指を抑えつけられた。

そして ひえいを一瞥すると再び目を合わせた。

「起きるかもしれないから場所を変えるか」

「……え?」

驚く はるなの手をとり、変わり者の艦魂は はるなを連れ問答無用で転移した。


「ここは?」

転移が終わり はるなが周囲を見渡すとそこは西洋風の室内に多数の和が散りばめられた部屋であった。

自分がいるという事は一応どこかの船なのだろうと考える はるなに変わり者の艦魂が話しかける。

「とりあえず座ろうか」

そう言って手を取り はるなを席に案内するが、はるなはその手を振り払った。

「……いったいあなたは何者なの!?」

「言っただろ、ただの変わり者の……」

「……だったらほっといてください!私は………」

「死ぬのか?」

その一言に、先ほどまでそれが当然と考えていた はるなの心は動いた。

何故この艦魂は自ら命を断とうとする自分に淡々と接する事が出来るのだろうか……

そして次の言葉に はるなは驚いた。

「別に構わないさ、誰がどうしようと我は干渉しない」

干渉しない、つまり邪魔する気はないというわけである。

ならばと はるなは変わり者の艦魂が手にする刀に目をやった。

「……だったらそれを返してください」

「ああ、我との話が終わったらな」

その返答に はるなは目を座らせた。

干渉しないと言っておきながらそれは……

「……矛盾していませんか?」

自分でも驚くほどの冷静な突っ込みに、変わり者の艦魂の目が点になった。

そして口元を手で押さえて笑いだした。

「クックック、確かにな……これは一本取られた」

更に笑いながら「まさかこう来るとはな」と呟く変わり者の艦魂は、手にしていた刀を はるなに渡した。

「……失礼します」

さすがにここで自分を差すわけにはいかないので、刀を受け取った はるなは出口と思われるドアへ向かう。

その時、はるなの背にある疑問が投げ掛けられた。

「だが、死んでどうする?」

その問いに はるなは足を止めた。

変わり者の艦魂は立ち止まった はるなの背に更に言葉を投げ掛ける。

「お前が死んだからと言って何が変わる?死んだものが生き返るわけでもあるまいし……」

確かにその通りである、はるなが死のうとユウが戻ってくるわけがない。

しかし、死なない限りその気持ちが収まるわけがないと思っていた。

「……私は……」

「死んで詫びるというのはただの自己満足でしかないと思うが……違うか?」

まるで はるなの考えを読んでいたかのような言葉にそれ以上何も言えなくなる。

はるなの様子を見た変わり者の艦魂は、はるなの前に出ると何やら上着をいじり出した。

「我も似たような事を考えた時があってな、一度この身を沈めた」

「……!!」

その言葉に驚き はるなが視線を上げると上着をあげた変わり者の艦魂がいた。

上着がたくしあげられ、現れた腹部の素肌に何かによって裂いた様な大きな傷があった。

その傷に手を当て変わり者の艦魂は はるなに話しかける。

「だが、あの世へは行けなかった。人間がそれを許さなかったからな……」

彼女は確かに本体である艦もろとも海に沈んだ。

しかし、海戦史上類を見ない圧倒的大勝利を収めた当時の旗艦を務めていた彼女を人間が沈めておくわけがなかった。

結局、浮揚・修理により彼女はこの世に留まる事となったのだ。

「所詮、我々艦魂の生死は人によって決められる」

もし今『はるな』が沈んだとしてもおそらく人間は修理するだろう。

財政が厳しく『ひえい』が就役したとはいえ『はるな』型は日本で有一、ヘリコプターを搭載できる護衛艦なのだから直せるならば直してしまうだろう。

「人間は我々を『守り神』や『女神』と言うが、そう考えると私達からすれば人間が生みの親……いや、神に等しいな」

変わり者の艦魂は皮肉ぶって艦魂と人間のもう一つの関係を述べた。

それは人間側から見るか、艦魂側からみるかでその関係は全くの逆ともいえた。

はるなは、突きつけられた事実に膝をつき、泣き崩れた。

「……死ねないというならば、私はどうすれば!」

「それは自分で考えることだな」

ここまで言っておきながら はるなの懇願を簡単に流した変わり者の艦魂。

その反応は最初に宣言した通り「干渉しない」という内容である。

「……そんな……」

あまりにも無責任で自己勝手だと感じる はるなであった。

「だが、1つお前に言っておこう」

そう言うと変わり者の艦魂はおもむろに はるなと視線を合わせた。

はるなの目を見つめるその目には力強い力と懐かしい何かを感じる。

「その名に込められた思いと、己が何者かを考えろ」

それだけ言うと変わり者の艦魂は立ち上がりドアノブに手を掛け、振り返らず はるなに言った。

「我は隣の部屋にいる、答えが出たら声を掛けるがいい」

そのまま部屋を出て行く変わり者の艦魂の背を はるなは黙って見ているしか出来なかった。


一人だけになった部屋で はるなは茫然としていたが、しばらくして立ちあがった。

「……私の名前に込められた思い、自分は何者か……」

そう言って はるなは先ほどすすめられた椅子に腰を下ろす。

匠の技ともいうべき綺麗な装飾が施されたその椅子は、はるなの気持ちを少しだけ落ち着かせた。

そして、先ほどの艦魂が言い残した言葉をもう一度思い出す。

『その名に込められた思いと、己が何者かを考えろ』

「……その名に込められた思い」

声に出し、はるなは自分の名の由来を思い出す。

『はるな』という名は群馬県の榛名山からとったもので、その名は旧日本海軍の戦艦『榛名』に次2番目に与えられたということだ。

「……榛名」

そう言えば何故、その名を選んだのだろうか?

『はるな』できるまでの護衛艦は全て旧海軍の駆逐艦などの命名基準の天象気象を元に命名されていた。

それは護衛艦で初めて対空ミサイルを搭載し、現在も有一のミサイル搭載艦という事から「虎の子」とされるとされる『あまつかぜ』も例外ではなかったが、『はるな』は山岳名から命名された。

そう、『榛名』と同じ山から……

「……もしかして、本当は山ではなくて先代の名前が由来なの?」

よくよく考えれば二番艦の『ひえい』もまた『榛名』と同じ金剛型戦艦二番艦『比叡ひえい』と同じ名前である。

つまり護衛艦『はるな』は『榛名山』からではなく、戦艦『榛名』からとった事になる。

当時の日本の戦艦の中で古参でありながら活躍し、終戦間際まで生き残ったのち解体され戦後復興の糧となった武勲艦。

もしかしたらその思いを託して自分に『はるな』という名を付けたのかもしれない。

しかし、それはあくまで自分の妄想でしかない。

はるながそう思った時、部屋に置かれた一枚の写真が目に入った。

「……これは」

そこには先ほどの艦魂ともう一人の艦魂が笑顔で映っていた。

変わり者ではないもう一人の艦魂を見て はるなは驚愕した。

「……私?」

着ている制服は旧海軍のものであるが、その顔はまぎれもない自分の顔であった。

もちろん はるなはこの様な写真を撮った覚えはない。

「……どうして……っ!?」

急な頭痛に はるなはその場に倒れこむと、頭の中に第十雄洋丸での一幕がよみがえる。

『この脇差しを覚えていますか……はるな、いや……榛名殿』

あの時、ゆきかぜは自分の事を はるなではなく榛名として呼び、自分は反応した。

「……私は……榛……名?」

次々と思いだすかのようにあふれてくる記憶に はるなは愕然とした。

自分にはいないはずの二人の姉、同じ日に就役したという事で、よく競い合った妹……

全ていいものとは言えなかった思い出であったが、不思議と涙があふれた。

「思いだしたか?」

気がつけばいつの間にやら後ろに先ほどの変わり者の艦魂……いや、かつてお世話になった恩師がいた。

「はい、少しだけですが……三笠元帥」

やっと自分の名を呼んでもらえた事に安堵したのか、三笠はフッと笑みを浮かべた。

彼女は日露戦争時に起きた日本海海戦で連合艦隊旗艦を務めた戦艦『三笠』の艦魂、三笠。

日本海海戦後、長崎湾で沈没するが浮揚・修理をへたのち戦線に復帰した後、記念艦として横須賀で先の大戦を迎え現在に至っている。

三笠は浮かべた笑みを消すと はるなに向き直った。

「お前はこれからどうする?」

その問いに はるなは顔を伏せた。

第十雄洋丸……ユウに対して行った禁忌。

あれは榛名としての自分が感じていた無力感と はるなとして感じていた無力感、二つの気持ちが入り混じった上での行動であった。

榛名は姉妹を全員失い、燃料がなくなり動けずただの浮き砲台としてしか働けなかった自分を呪っていた。

それが はるなの同じ様な感情と結びつき、あのような凶行を行う事になったのだ。

「……私は……いえ、わたくしは榛名ではなく はるなとして彼女を一生弔います」

「つまり離別というわけだな、『榛名』としての自分と……」

「……はい」

覚悟を決めた顔をする はるなの目を三笠は見つめた。

その視線を正面から受け止め、はるなはある事ことを三笠に頼んだ。

「……けじめとしてお願いがあります……」


陽が昇り始めた頃になり、けじめを終えた はるなは『三笠』から去って行った。

けじめを見とどけた三笠が何か白いものを手に海に面した甲板に出ると、そこにはよく知る二人の艦魂の姿があった。

二人の艦魂は三笠を見ると姿勢を正した後、頭を下げた。

「ご協力ありがとうございます三笠元帥」

一方、三笠は頭を下げる二人を無視し手にした白いものを海へと放り投げた。

海に落ちた物はそのまま海に溶けるかのように消えてゆく……

「我は何もしていない……全てを決めたのは はるなだ」

消えてゆく物を見ながら三笠は礼をしている二人に声を掛ける。

「まったく、長生きはしてみるものだな。これで3……いや、4人目か……」

海に投げ入れた物が完全に消えたのを確認すると、三笠は未だに頭を下げている二人を見た。

その様子に三笠は呆れたが、気のすむままさせることにした。

一応、元帥の階級を得ているがそれは旧海軍の物であって今の自衛隊とは違うものである。

そのため三笠も護衛艦の艦魂とは極力、接さない様にしている。

同じ日本を守ったものではあるが、あくまで自分は旧海軍の艦魂であり、海上自衛隊の艦魂ではないのだから……

「これからも来るのかもしれないな、逝ってしまった者たちが……」

そう言い三笠は艦内へと戻ろうと背を向ける。

「お前たちもそう思うだろ、ゆきかぜ、あきづき」

三笠は頭を下げ続ける ゆきかぜと あきづきに対してそれだけ言うと艦内へとその姿を消した。

おそらく驚くであろう はるなの姿を見た二人の反応を考えながら……




はるなはそこまで みょうこうに話すと ゆきかぜ達が自分を見た時の反応を思い出した。

長かった髪は一本も残っておらず、喪に服した服装……あまりの変貌に あきづきはしばらくの間、「はるちゃん」と呼ばなかったほどだ。

一方、みょうこうはあまりの驚きに完全に固まってしまっていた。

はるなが禁忌と呼ばれている重罪を起こした上、先代の記憶を持っているとは……

「……そんなに固くならなくていいわ、私は榛名ではなく はるなよ」

「し、しかし……」

今までの話を聞いていてはとてもではないが、非常に接しづらい。

その様な事を考えているのを見逃すはずのない 榛名でああったが、あえて触れなかった。

むしろそれが当然の反応と言えよう。

はるながふと時計を見れば、すでに明け方になっていた。

「……話はこれで終わりよ」

「ま、待ってください!」

そう言って締めようとする はるなを少しばかり気持ちが回復した みょうこうが止めた。

「本当にこの事を私に話してよかったのですか?」

最後の方の話は確実に一部の者にしか知られていない話のはずである。

まして、禁忌の様な重要な事が漏れていなかったという事はそれだけ厳重に隠されたという事であった。

しかし、はるなは別にかまわないと言った様子で答えた。

「……あなただから話したのよ、みょうこう」

「え?」

「……あなたは自分がどれだけ無力か分かっていて、どうすればいいのか分かっている」

はるなは話しながら席を立ち みょうこうの肩を叩いた。

「……だからこそ覚えていてほしいの、無力感に襲われた艦魂がどうなるのかを……」

「はるなさん……」

みょうこうはあふれ出して来た涙をぬぐうと、姿勢を正し敬礼した。

「今回のお話、心の中で大切にしておきます」

はるなは頷くと同じ様に姿勢を直し、敬礼した。

「……ありがとう、みょうこう」

その後二人は何も言わずに別れた後、二度と会うこともなかったが、二人は満足だった。

言いたい事、話したい事を全て言えたのだから……

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