第九話 不沈船、第十雄洋丸
シーキングと『なるしお』からの報告を受けた処分部隊司令は、周囲の安全確認のためシーキングに魚雷の追跡を指示し『なるしお』にも下がるよう命じた。
実はこの段階で処分部隊には以下の選択肢、3つがあった。
1. 当初、雷撃前に予定されていた護衛艦4隻による艦砲射撃
2. 『なるしお』による再度の雷撃
3. 呉で待機中の『はるしお』(72式長魚雷装備)を応援として呼ぶ
選択肢1については万が一に備え当初から予想しており、この時点ですでに『はるな』以下4隻の水上部隊は行動を開始していた。
しかし、選択肢2については『なるしお』を下がらせた時点で、すでに協議の対象から外されていた。
この時『なるしお』には先に使用した4発のMk.37とは別のMk.37が残されていたが、その魚雷は調整が出来ていなかった。
そのため調整が終わるまで時間を割くことになる上に水上艦隊が砲撃のため動き出した今、再び『なるしお』が雷撃を行うためには水上艦隊を退避させないといけず更に時間を割くことになり日没を迎える事が予想されていた。
司令部は日没前に第十雄洋丸を撃沈、それを確認する必要があった。
また、たとえ日が暮れ攻撃が翌日へ持ち越しになった場合、調整が完了した72式を持った『はるしお』の現場到着が可能のため『なるしお』は雷撃をする必要がなくなる。
そう言った理由から『なるしお』の再雷撃は取りやめとなり、潜行したまま周囲警戒を行うことになった。
そうした命令が淡々と出されると『はるな』の艦橋内はあわただしく動き出した。
そして、はるなたち艦魂も同様に動きだした。
ただし時間が無いため『はるな』の会議室に集まっての確認は行わず、艦魂用の無線を用いての簡単な確認をする事になった。
『今回の砲撃は左舷側と右舷側の部隊に分かれる』
これまでの様にゆきかぜが進行役となり、昨日のも含め3度目となる今回の砲撃についての確認が行われていた。
今回の砲撃は今までのとは違い、右舷側と左舷側の二手に分かれる事になっていた。
『位置取りは……』
「私とたかつきさん、もちづきさんが左舷側、ゆきかぜさんが右舷側です」
ゆきかぜが位置取りについて話そうとした時、急にはるなが割って入って来た。
いきなりの割り込みに驚いたのか、ゆきかぜの話が止まる。
しかし、はるなはそのまま話を続けた。
「今日中に終わらせるには私達が頑張るしかありません。なんとしても今日中に終わらせましょう」
『ちょっと待て、はるな……』
「これで最終確認を終えます。私も今回の処分部隊司令として頑張るので、皆さんそれぞれ頑張ってください……質問はありませんね」
途中、ゆきかぜが止めに入ろうとするが、はるなはそのまま最終確認に入った。
いきなりの展開に、たかつき達が動揺しているのが、はるなには無線越しでも伝わっていた。
『はるな司令……あの……』
『……問題ありません』
たかつきが動揺しながらも意見しようとするが、ゆきかぜが割り込みそのまま話を進めた。
『ゆきかぜさん!?』
先ほどは、はるなを止めに入ったはずのゆきかぜがそのまま話を進めたのにもちづきが反応した。
しかし、ゆきかぜはその疑問を吹き飛ばすかのように話し続けた。
『確認した事は問題ない。ただ…はるな司令、後でお話がありますよろしいでしょうか?』
「分かっています」
『……………』
通信越しとはいえ、はるなとゆきかぜの気迫に呑まれたたかつき達はただ黙っているしかなかった。
しばしの沈黙ののち、はるなは静かに最終確認の終了を告げた。
「では、解散」
はるな達が確認を終えた頃にはすでに水上部隊は二手に分かれていた。
先の程はるな達が確認していたように左舷側には『はるな』『たかつき』『もちづき』の三隻が、右舷側には『ゆきかぜ』が配置される。
何故、二手に分けたかというとこれまで第十雄洋丸が受けた被害は『おおわし』の空爆を除けば、全て右舷側に集中していた。
これは艦船を沈める場合、方側へ集中攻撃する事がベストとされているためであり、第二次大戦中においてアメリカ軍は日本の戦艦『大和』を沈める際に同様の攻撃をしていた。
しかし、第十雄洋丸の左舷には未だ無傷のナフサタンクや一部のプロパンタンクがあり、それが浮きの役目をしていた。
この事から司令部はほぼ無傷である左舷側への攻撃をすることを決めたのであった。
ただし、何も考えず左舷側へ攻撃をした場合、左右のバランスをとる事になってしまうので右舷への攻撃も必要となる。
そこで今回参加している水上艦の中で有一、5インチ砲を3門持ち火力が高い『ゆきかぜ』が右舷側を担当することになっていた。
そして、その『ゆきかぜ』の第一主砲上部に艦魂のゆきかぜの姿があった。
彼女は腰に差した脇差しに手を当て、海面と共に燃える第十雄洋丸を見ていた……いや、正しくは隔てた反対側で戦列の先頭を行く『はるな』を見ていた。
「確かにあれを見ていたら焦りたくもなるな」
先ほどの通信における確認でのはるなの言動……あれは焦りから来ていたものだった。
おそらく司令部がおかれているため人の焦りも余計に感じてしまっているのだろう。
『艦魂は乗組員の士気を高めることもあるが、逆に人の意識に呑まれる事もある……』
ゆきかぜはかつてとある艦魂から聞いたその言葉を思い返していると駆動音と共に目の前の一番主砲が左舷へ旋回するのが目に入った。
「だけど今は、はるなの言う通り今はこちらに集中すべきだな」
そう言うとゆきかぜは艦魂の力を使い日本刀と腰にあるのとは別の脇差しを取り出す。
日本刀と脇差し、二刀流の基本であるこの組み合わせが、彼女の戦闘スタイルであった。
ちなみに腰にある脇差しは先代の『ゆきかぜ』からの大切な一振りのため、ゆきかぜは余程の事が無い限りその刃を抜かないと決めていた。
ゆきかぜが構えに入ると第十雄洋丸に照準を合わせるべく砲身が鎌首をもたげる。
「51番発射用意よし!」
砲雷長からの報告は射撃式装置からの情報が伝わり満身創痍とも言うべき第十雄洋丸に砲身が照準を定めた事を現していた。
「撃てぇーーー!」
艦長の号令がかかり、ゆきかぜのMk.30 5インチ砲が火を噴いた。
それは処分部隊最後の攻撃開始の合図でもあった。
15時12分『ゆきかぜ』射撃開始。
『ゆきかぜ』が放った第1射は昨日同様、見事に第十雄洋丸の右舷に命中したが、反応は昨日とは違かった。
5インチ砲弾が命中した瞬間、昨日とはあからさまに違う音が聞こえたのである。
そして砲撃による炎上の仕方も雷撃に比べるとずっと弱いものであるが、昨日の砲撃時よりも激しく船体中央にあるプロパンタンクを貫いていた。
「これは……」
昨日とは様子が違うのをゆきかぜもまた手に伝わる感覚で感じていた。
例えるなら昨日の攻撃がのこぎりで木材を切る感覚とするならば、今の攻撃はハサミで厚紙を切るような感覚であった。
それは度重なる攻撃によって第十雄洋丸の鋼板が限界を迎えている証しでもあった。
そして『ゆきかぜ』の砲撃に続くように左舷側の3隻からも砲撃が開始された。
『はるな』等が担当する左舷側は今まで攻撃していた右舷と比べると損害は少なかったが、『はるな』『たかつき』『もちづき』の3隻、5インチ砲合計6門からのつるべ撃ちによって徐々に炎に包まれていった。
「もう少し……もう少しですからね……ユウさん」
はるなは昨日よりも確実な手ごたえを感じつつ刀を振った。
次の瞬間、今までよりもひときわ大きな爆発が起こった。
その光景に乗組員が何人か騒ぎだすが爆発はそれだけで収まり、さらなる爆発は起きなかった。
「くっ……」
その光景にはるなの顔はゆがんだ。
あと少しだというのに第十雄洋丸は沈む気配すらなく、周囲の海面を炎の海としながら浮かび続けていた。
そして『ゆきかぜ』が射撃開始をしてから約一時間後の16時16分、射撃終了
この射撃で『はるな』以下4隻の護衛艦は合計158発の5インチ砲弾を使用、その大多数を命中させたが第十雄洋丸の姿は未だに海面にあった。
「……結局、私達の砲撃も彼女をただ傷つけるだけだった……」
はるなが当時の話を初めてからだいぶ時間が経ち、すでに日付も変わっていた。
しかし、淡々と語られる当時の状況をみょうこうはその事を全く気にし手いなかった。
「……その後、司令部は呉で待機中だった『はるしお』に出撃命令を出したわ……けど『はるしお』がその魚雷を放つ事はなかったわ」
そう、『はるしお』はその魚雷を放つ事はなかった。
正しくは魚雷を放つ必要ことがなくなっていたのであった。
「……18時過ぎ…ちょうど、『はるしお』に出撃命令が出た直後に第十雄洋丸は沈み始めてユウさんはこの世から去ったわはるなはそう告げると冷たくなった茶碗を口にするが、すぐに離した。
「……不満みたいね」
「まだ、第十雄洋丸…ユウさんと何があったか話していませんから……」
みょうこうは真剣なまなざしで、はるなを見つめた。
これまではるなが話した事はあくまで事件の流れであって、はるな自身をここまで変えるような内容は一切なかった。
彼女を傷つけてしまっただけだったという点も言えるが、みょうこうには別な事があるように思えた。
それは人間には知られることのない艦魂だけの出来事なのではないかと……
「……あなたの思っている通りよ、みょうこう」
はるなはみょうこうの考えている事が分かっているかのように言った。
それは、みょうこうの勘の鋭さや考え方が自分とそっくりだとはるなが認識していたからであった。
「……これから話す事を知っているのは多分、私以外では2人だけよ」
「2人だけ?」
みょうこうの問いにはるなは静かにうなずいた。
この話を知っているのは、はるな以外の2人が話していない限り知っているのはその2人しかいない。
「……ただ、これから話す話の一部はゆきかぜさんから後で聞いた話よ」
「え?」
みょうこうは首をかしげた。
当事者であるはずのはるなが何故後で聞いた話をするのだろうか?
そのようなことを考えていると、はるなは悲しそうな笑みを浮かべた。
「……あの時のことは覚えてないの」
「覚えていない?」
はるなは「そう」と言って自分自身の手を見つめて言った。
「……この手がユウさんの血で染められた時のことを……」
人間側からの第十雄洋丸事件は終わりましたが、はるなが語る艦魂側からの第十雄洋丸事件の真実とは……
まだ半分も書いていない次回の話ですが、正直この形にしてよかったのかと若干後悔しています。
とりあえず、次回で第十雄洋丸事件は終結します。
次回の更新は18時47分、第十雄洋丸が最期を迎えた時間です。