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選んで(選ばされた)道の先

それから半年経ち、辺境伯とのあの約束の日の十日前になった。

兄が男爵家の襲名であわただしい中、妹が帰ってきた。

男爵家の準備は襲名の方を優先していて、妹の結婚については辺境伯にまかせきりだっったので、この場に妹がいること皆が驚いた。


「どうしてここに!?」

「婚約式は辺境伯のところで行われるのでしょう!ここにいる場合ではない!」


両親は妹に詰め寄ったが、その後ろから出てきた人に驚いて声を失う。


妹と共にやってきたのは、その辺境伯だった。


変わらず太ってはいたが、依然見た時の脂ぎった肌は整えられて多少は清潔感がある姿にはなっていた。

突然の登場に驚く両親に、辺境伯は口を開く。

「継承式の前に、みなさんとお話したいことがあるのですがお時間いただけますかな?」



客間には男爵家の両親と兄弟、そして辺境伯が集まった。


「その・・・・・・お話というのは?」

両親が恐る恐る聞いた時、辺境伯が言いよどんで口をつぐんだ。

なかなか話し出さない辺境伯に男爵家はいぶかしんだが、それを見越していたのか妹が口を開いた。

「代わりに言いますね」

「・・・・・・すまない」

家格差や歳の差があるはずなのに、まるで友人のようなやりとりをしている。

おまけに、妹のほうがしっかりしているような雰囲気だ。

困惑している兄に、妹が目線をよこす。



妹はにっこりと笑って言った。

「辺境伯様は、お兄さまと結婚したいんですって」






無言の時間が流れた。

妹の言っていることが理解出来ず、誰一人喋ることが出来なかった。

ようやく兄が一言発した。

「はぁ?」

家格が家の者がいる場での発言にしてはお粗末だったが、それが精一杯だった。

唯一思考がまともであろう妹が話を進めた。


「お兄さま。辺境伯様のタイプがお兄さまってことです」


「なにを、なにを言ってるんだ」


妹の隣の辺境伯を見れば、もじもじと恥ずかしそうに兄を見ていた。

それはまるで恋する乙女のようで・・・・・・。


「お兄さまに一目惚れしたのは、11年前の国王主催の行事でだったそうよ。男爵家の後継者として、お父様とお兄さまが出席した建国祭を覚えている?」

「あぁ・・・・・・」


幼い頃の遠い記憶。それは朧げなものだったし、その時に辺境伯と会っていた記憶などあるはずもない。


困惑する兄に、落ち着きを取り戻した辺境伯は自分の視点で語り出した。

二人の始まりの物語を。





貴族の家のものなら誰でも呼ばれる国内最大規模の催しに、男爵家も呼ばれた。

爵位の序列順に並ぶため、フォーブス家は入り口近くの端の方に並んでいた。そのそばを、国王に続いて辺境伯が通り過ぎる。

その辺境伯の横目に一人の男の子が映った。


利発そうな目や、ブロンドの髪。平凡よりも整った顔がこちらをじっと見ている。

爵位が下でありながら、恐れずこちらをじっと見てくる目に興味をわいた。


ふと、いつもしている妄想の世界が幕を開ける。

自分が辺境伯などではなく、一貴族の令嬢に生まれたら・・・・・・。

それは幼い頃からの現実逃避の一つだった。


大貴族としての地位を継ぐべく厳しく育てられた。

自分の一挙手一投足が国に影響し、自分の能力次第では広大な領地に住む多くの領民を飢えさせてしまうかもしれない。



そんなときにするのは、自分とは真逆な存在になることを想像することだった。



大柄な自分とは真逆の、幼く可憐な少女。

実際、たばこや酒などより甘いものを好んだし、狩りよりも美しいものや可愛いものを収集する方が好きだった。


だが、立場や性別を考えるとそれは公に許されるものではない。

偽りの自分を演じることが次第に苦痛となり、どんどんと太って醜い外見になっていった。

だが、それに安心している自分もいた。

本来の自分を隠すために、醜い外見になれば、内なる自分もあきらめるだろうと思ったからだ。


そんな思いを飼い殺しにしていたときに見たのが兄の姿だった。


好きな甘いものやかわいいものを楽しみ、そしてあのような少年と甘酸っぱい恋をする。

兄の姿を見てからはより現実的になってしまったのだ。ぼんやりとしていた妄想の中で恋する相手に、兄の外見はぴったりだった。


そこから、当時の妻が死に、子供が独り立ちをしてからは妄想に浸る時間は長くなった。


そうした状況もあり、後妻を迎えるという話が持ち上がった時、まったく乗り気ではなかった。


だが、名乗りを上げた家の中に、あの少年の家もあった。


当然、相手は少年ではなくその妹とのことだったが、顔はよく似ているらしい。


結局、辺境伯は貴族ならではの傲慢な決断をした。

少年の妹を代わりにして、自分の妄想を満たそうとしたのだ。

妻として嫁ぐという話にはなっていたが、妹自身に手を出そうとは思わなかった。

結婚しても肉体関係は持たない『白い結婚』でもすればいいと思っていた。

彼女がもしほかに恋をしたなら、そのときはこちらの瑕疵として手放せばいい。

ほんの少し、ただ見るだけだ。妹を通して、少年への淡い恋を満たすだけ。


「そんな自分のゆがんだ思いに、彼女は答えてくれたのです」


辺境伯は妹に微笑んだ。

それは貴族の男が女子供に向ける視線ではなく、対等な者への信頼の視線だった。


二人はほほえみあった後、改めて男爵家の親と兄に向き合った。


「以前書いた誓約書を覚えていますが?血判をつけたものです」

妹は誓約書の原本を持ってきて、テーブルの上に差し出した。

そこにはこう書かれていた。


『我々は男爵家存続のためになんでもする。辺境伯に選ばれたものは、辺境伯との縁をとりもつ。男爵家を継ぐ者は男爵家の存続に力を尽くす』


「『辺境伯に選ばれたもの』は、お兄さまなのですよ」


よかったですね?そう言って妹は静かに笑った。


動揺した兄は、立ち上がって叫んだ。

「な、なにを言っている!?嫁ぐのはお前だろう!」

「ですから、ここに記載通りです。選ばれたのはお兄さま、なので嫁ぐのはお兄さまです」


「お、男が男のもとに嫁ぐことは出来ないだろう!」

兄はもう格上の辺境伯の前でとりつくろうことが出来ていなかった。

妹はそれに目を顰めて、いったん兄との会話を止める。

「辺境伯様、幻滅していないですか?こんな感じですが・・・・・・」

辺境伯は顔を赤らめて答えた。

「このくらいの年代ならこんなものだろう。必死になってかわいい」

「物好きですねぇ・・・・・・」

妹は改めて兄に向き合う。

「少なくとも、お兄さまが辺境伯様の元に嫁ぐのは出来ますね。我が国の婚姻は性別の制限がないのです」

「・・・・・・なんだと?」

「法律上、どこにもね。まぁ、あえて記載する必要もないくらい当たり前のことだったのかもしれませんが」


つまり、お兄さまが辺境伯様と結婚する事は可能なのです。


「だ、だが、それでは男爵家を継ぐ者がいなくなる!女は家を継ぐことは出来ない!」

「それも問題ございません。女も家を継ぐことは出来るのですよ。家格が上の者が保証する場合はそれが出来るのです」

辺境伯が補足する。

「男系の後継者がいない場合、家計の断絶を防ぐために縁のある家に保証してもらうという例があるんだ。一般的ではないがね」


それでも何か言おうとする兄が口を開く前に、妹が声をあげた。

「『私たちは男爵家の地位を維持しなければならない!そのためだったらなんでもするが、自分の役目を越えることは望んでないんだよ!』」

突然の大声に兄は驚いた。そして、妹が言った内容にも。

「お兄さまが以前言ったことです。忘れていませんよね?」

妹は立ち上がり、兄はよろめいて座り込んだ。男爵家の三人を見下ろしながら言った。


「私たちの役割は今までの私たちの今までの行動で決まっているのですよ。事なかれ主義で何も言えないお父様とお母様はこのまま黙っているしかない。後継者であることにあぐらをかいていたお兄さまには辺境伯様に嫁ぐしか能がない。与えられた役割を受け入れましょう?私たちは貴族。家のためならなんでもするのですから」



誓約書と血判がある以上、三人はそれを受け入れるしかなかった。




成り行きを見守っていた辺境伯が口を開く。

「それにしても、見ない間に男らしくなったね」

「あら、もしかして辺境伯様のご趣味とはずれてしまいました?」

「そうだなぁ。これから大人になるにつれてもっと男臭くなってしまうのだろうね」

少し残念そうな響きに、兄は希望を見いだした。

だが、それもすぐに打ち砕かれる。

「では、手術をされたらいかがです?」

「手術?」

「昔読んだ東洋の書物によれば、男性化を止める手術があるのだとか。簡単に言ってしまえば身体改造ですね」

「君は本当に博識だね」

「まぁ、まだ出来るかどうかわかりませんが・・・・・・以前取り引きした家が医術に詳しいとのことなので、実現可能か確認してみましょう」

「頼もしいね、お願いするよ」


自分の目の前でどんどんと不穏な話が進んでいくことにおそれをなした兄が何かを口走ろうとしたそのとき、妹が微笑んだ。


「家のためなら何でもするんですよね?お兄さま」


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