表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

とある男爵家が辿った運命

「職業差別をすると国が滅ぶこともあるようです」とほんの少しだけリンクしていますが、読まなくても支障はありません。

家のためならなんでもしろ。

貴族にとって、子供は存続のための駒。

そうやって、貴族は発展してきた。


けれど、その駒がどう動くかは盤上に出してみないとわからなかったりする。

その駒の特性や、盤上のルールがわからない者が動かすのなら尚更だ。

それがどういう結末を迎えたとしても、破滅に向かう道なのだとしても、力や能力が無い者はその道を歩むしかないのだ。




フォーブスという男爵家に双子が生まれた。

フォーブス家は二代前より爵位を得た新興貴族だ。


運送業を営んでいた平民だったが、先の戦争で激戦地に武器や食料を運搬し、国に多大な貢献をしたということで、爵位を与えられた。

それが祖父の代の話。その息子である父親はそこまで度量があるわけではなく、商才もなかった。さらに、物心ついたときに貴族となっていたため、金を稼ぐ力もなかった。

だが、その地位を手放す気はなかった。あの戦争の時が特例だっただけで、本来は貴族籍は簡単に得られるものではない。

事業がうまくいっていないのであれば、ほかで補填しなければならない。

貴族の地位として与えられたわずかな領土ももしかしたら売り渡すという話も出ていた。


フォーブス家の当主は考えた末に、貴族の家が取るもう一つの選択肢を選ばざるをえなかった。

結婚による縁のつながりだ。


特に、家格の差がある家との婚姻が望ましかった。

この国では、娘が嫁ぐ時には持参金が必要となる。だが、家格の差がある場合はそれが免除されるからだ。

家格が上で、独身で、新興貴族のフォーブス家を受け入れてくれる貴族の人間。

そんなものあるのかと思うが、世間には奇特な人間もいる。


それはこの国の辺境伯だった。

結婚していたが妻を病で亡くし、一人息子も成人している年齢の男だった。

公に結婚相手を探しているわけではなかったが、どんな家柄であっても、縁談を持ち込めば検討をするとのことで、爵位が下の貴族から申し入れがよくあるらしい。


フォーブス当主はダメもとで申し入れた。



申し入れから十日後、予想外に縁談はまとまることになる。


人々はそれに驚き、そしてフォーブス家の当主を疑った。

フォーブス家の娘は五歳。そして、辺境伯は四十歳だったからだ。



さらに、辺境伯はこの国で王族に次ぐ権力を持っていたが、醜悪な男としても有名だった。

若い頃は普通の身なりだったらしいが、結婚して十年もたった頃からどんどんと太り、外見に気を使わなくなったらしい。

貴族として上等な服を着ているが、中身が伴っていない。

地位と辺境伯として領土の運営には優れていたので敬われているが、結婚相手には考えられない男だった。


だが、フォーブス家当主は意に介さなかった。

他国との境界線に接する広大な領土を持つ辺境伯(以下同)と縁続きになれば、家業である流通業を軌道に乗せることが出来るかもしれない。

そんな思惑があったからだ。


それに、生まれた子供は男女の双子。

兄が男爵家を継ぐので家の後継問題は問題ない。残った妹を利用して、嫁ぎ先の人脈を確保出来れば安定だ・・・・・・くらいにしか考えていなかった。


そんな当主も一応配慮をした部分がある。

さすがに妹の年齢ではと、十年たったらという約束になっていた。


それまで妹は辺境泊と月一の会合を重ねるという取り決めがされた。

名目上は辺境泊に嫁ぐ上での知性や教養を身につけるということだったが、世間ではすでに手を出されているのではという噂だった。


なんせ、辺境泊は趣味が悪いという噂だったから。




毎月毎月、妹は辺境泊の元へ通った。


はじめは緊張していた妹も、回を重ねるごとに顔合わせには楽しみに行っているようだった。


一年が経ち、双子は六歳になる。

そのころには社交界デビューをして、二人はより広い世界に触れるようになった。世界に出ると言うことは、より多くの価値観に触れるということだ。


男爵家の中でしか過ごしていなかった二人は自分たちがどのような存在なのかを認識した。


貴族ではあるが、爵位は高くないこと。

自分たちはある意味話題の人だということ。

時々話しかけてくる大人が、哀れみつつ蔑んでいることに気がつくのにそう時間はかからなかった。


「辺境伯様と縁談を結んだんですって?高貴な方とご縁が出来てうらやましい」

「私の娘と夫ほどの年齢!どのようなお話をするのです?」


当の妹より、兄のほうが傷ついていた。というより、プライドが刺激された。

男爵家の中で兄は後継者。双子だが、自然と兄のほうが優遇されていたからだ。

小さな王様にとって、外の世界では異なる扱いをされて耐えられなかった。


自然と兄は妹と一緒には外に出なくなった。

そして、自分が蔑まれないように立ち回ることにした。

兄は社交界でよく妹のことを聞かれたが、自分は同じ存在だとして扱われたくないと、

自分も周りと同じになって妹を嫌悪したのだ。



初めは子供ゆえの幼い処世術だったがその心境も徐々に変化していく。

はじめは自分が同じ立場になりたくないと周りに合わせたものだったが、物心ついた時には、兄にとって妹への嫌悪は本物になっていた。

兄からみた妹の様子も、それを拍車にかけたのかもしれない。


親よりも年が離れた醜悪な男に嫁ぐというのに、悲壮感がないのだ。

価値観が違う妹を気味悪く思った。自分だったら待ち受ける未来に悲観し、死を選ぶかもしれないというのに、彼女は日々を淡々と過ごしている。



歳を重ねて、さらに妹を嫌う要因が出来た。

双子ということで、はじめは同じ家庭教師についていたが、妹の出来がよかったのだ。

学んだら次にとどんどん進む妹と、学習内容はどんどんと開いていった。

自分が男爵家の後継者なのに、ただ辺境泊の慰み者になるだけの妹のほうが才能があることが兄には認められなかった。

兄のおごりは周りの環境も助長した。

家庭教師も、兄の苛立ちがわかったのだろう。次期後継者に媚びを売る方がいいと、妹をないがしろにし始めた。


妹ははじめは抗議した。自分は授業を受ける正当な権利があること、今の状況がおかしいと、兄にも、家庭教師にも、そして両親にも言った。


だが、誰も相手にしなかった。


両親などは、お前はどうせ嫁ぐ身なのだから、そんなに学ばなくてもいいんだ。花嫁修業の方に力を入れようと言い出す始末だった。


結局、妹は辺境泊に頼った。

彼と月一の会合の時に、新たな家庭教師をつけてほしいとお願いをしたらしい。

辺境泊は二つ返事で受け入れて、男爵家に家庭教師を派遣した。

複数人送り込まれ、国内でも随一の功績を残した者達ばかりだった。男爵家ではとてもではないけれど教えることを頼めないような人達。

辺境泊のしたことなので受け入れるしかなく、兄とは別の部屋で妹は学習をした。

辺境泊としては同じ家庭教師で学んでもいいということだったが、兄がその授業についていけなかったのだ。


妹は、その年代の子供が習うことに加えて、経営学も学んでいた。

学ぶだけではなく、自分の意見も言えるようになっている妹にショックを受けて、兄は二度と一緒に学ぼうなどと考えなかった。

辺境伯の領地は広大なので、家の者のほとんどが領地運営を担うらしい。

慰み者でも、多少は何かの仕事をやらせられるのだろうと無理矢理納得させたが、心の底では劣等感が拭えなかった。


双子が共に行動することは少なくなったが、年に数回は同じ社交の場に出ることがある。

縁続きの家の者が成人したときの催しや婚約披露式などだ。


妹は辺境泊伯に嫁ぐことは知れ渡っていた。

勉強で差を付けられた鬱屈をはらす場として、兄は積極的にその機会を利用した。

「あの趣味の悪いと噂の辺境伯の元に、妹は楽しんで行っている。・・・・・・つまり、妹にも悪い趣味があるんじゃ?」

そう言って、周りの貴族の友人とクスクス笑う。

人間は、自分より下の人間がいると安心する生き物だ。

それに加えて、実の兄弟が「こいつは軽んじてもいい存在だ」と態度で示せば、皆安心して妹のことをさげすんだ。


妹はここでも自分はそのような扱いをするいわれはないと凛とした態度で示したが、逆に子供相手だと理屈では通用しなかった。

ここでも結局妹はあきらめて、辺境泊が主催する社交の場に赴くようになった。


男爵家が参加出来ない、国の中でも高い地位にいる貴族達と交流をしているのだと、兄は妹本人からではなく噂で聞いた。

その人脈を利用しようと、父親が今更ゴマをすってきたが、妹は「これは自分の力ではなく、辺境伯様のお力だから」と男爵家とつなごうとはしなかった。

醜悪な辺境伯が、手に入れたおもちゃを自慢する場で、妹は人形のように陳列されているだけなのだろうと男爵はあきらめた。



そんな日々が続き、年齢を重ねるごとに、兄と妹が顔を合わせる機会はさらに減っていった。

お茶会の日の前後には辺境伯の家に泊まりにいくようになり、それが歳を追うごとに一日一日と増えていった。

ついには、男爵家に帰るのは七日に一日のみとなったが、その時も顔を合わせる機会があるのは食事の時のみ。

だがそれさえも数多くはなかった。兄は妹と顔を合わせるのは煩わしいと、食事の時間をずらすことが多かったから、二人が言葉を交わすことはない。


そうしてしばらく経って久しぶりに見た妹は、美しく成長していた。それに、ただ美しいだけではない。

父親に話しかけられて、それに答える姿は威厳があった。


食事の顔も会わせないようになったのは、妹の言葉を聞きたくなかったからだ。

最後に一緒に食事をしたときの彼女は、自分とは違う次元にいた。

男爵家の領地の状況について父と意見を交わし、改善点やさらに発展させなければならない点を話し、結果父も圧倒されていた。

事なかれ主義の父は、改善や発展などはいいのではと言っていたが、妹からすればそれはあり得ない意見だったようだ。

現状のままだと衰退して、領土の住民たちに苦労をかけることになる。早めに手を出さないと、と有無を言わせぬ言葉だった。


それを聞いて、どうしようもなく悔しかった。


自分も父と同じでなんの危機感も抱いていなかった。むしろ、後継者という認識はあったが、領地運営については現実味を持っていなかった。

なのに、後継者でもない妹は現実として見て、おまけに改善しなければという焦りまで持っている。

兄の矜持を傷つけられた気がした。

食事を止めて、立ち上がって叫んだ。


「お前が家の為に出来ることは、あの男に嫁ぐことくらいだろう!無駄な意見で食事をまずくするな!!」


兄の言葉に、その場が静まりかえった。


それに妹が返す。

「無駄な意見かどうかは、現当主のお父様が判断することです」

その言葉に、『後継者でしかないお前はすっこんでろ』という裏の意味で受け取り、兄はますます激高した。

「辺境伯に気に入られるしか役目のないくせに!いいか!私たちは男爵家の地位を維持しなければならない!そのためだったらなんでもするが、自分の役目を越えることは望んでないんだよ!」

その言葉を言った瞬間の妹の顔は、能面のようだった。

すべての感情が抜け落ちて、目の奥は空虚が広がっているよう。

それがあまりに恐ろしく、兄は次の言葉が続けられなかった。


「そうですか。たしかにそうですね。私たちの役目は、男爵家を存続させること。・・・・・・つい、忘れそうになりますね」


その声色には、何の感情も乗っていなかった。今まで聞いてきた妹の声なのに、はじめて聞いたような感覚になる。

先ほどまでとなにが違うのか、兄がそれを考えている間に、妹は使用人を呼び寄せて何かを持ってこさせた。


「思い上がっていたんですね、私は。貴族の子は家の為に育てられているのに・・・・・・ここに私たちの決意を書きましょう。自分たちがこの家の為にどんなことでもすると」


使用人が持ってきたのは紙とペンだった。

「自分たちがこの家を継ぐもの、辺境伯に嫁ぐものとしての役割を果たし、我が家を存続させるためにその役目をかならず果たすと誓いましょう」


そう言って、サラサラと今言ったことを書いて、自分の名前を下に書いた。

そして、すぐそばにあったナイフを手に取ると、自分の親指を傷つけた。


「ひッ」

見ていた母親から小さく悲鳴が上がるが、妹はそれを気にとめず親指を自分の署名の隣に落ち着けた。


血判だ。


この国で最も強い誓約を持たせることが出来るもの。

同姓兄弟や、庶子がいる場合など相続が揉めた際、結論が出た時にそれを決定案とし、なにがあっても崩さないために用いられることが多い。

この家で流される血は、これが最後だという決意表明でもある。


兄としては、それをするまでもないと思っていた。

もう自分がこの家を継ぐことは決定しているのに、わざわざ自分の指を傷つけることは無駄に思えた。

それを見透かしたのか、妹が小さく笑った。

「困難な道を行く妹の決意表明につきあう度胸はありませんか」

あざ笑うように吐き出された言葉にカッとなり、兄はペンをひったくると署名をして血判した。


「保証人は辺境伯様にお願いいたします」

この誓約書は通常、自分の家より家格が上の者にお願いする。

責任もって、誓約内容が行使されたかを見届けるのだ。家格が上のものに逆らうことは出来ない。


妹は部屋を出るときに振り返って言った。

「私たちは家のために何でもする、そのお言葉忘れないでくださいね」


妹はその言葉を最後に、男爵の家から出て辺境伯の家へと行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ