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Color of your life -イノチノイロ-  作者: せっきー
9/12

Ep.9 ソウルメイト

帰宅ラッシュ真っ只中の列車は、つり革にすら掴まれないくらい混雑していた。いわゆる「乗車率100%」を越えた状態である。ちょっとしたブレーキでも、慣性の法則で乗客全員が大きく動いてしまう。何にも掴まることができていない知波たちは尚更である。

「さすがにこの時間になると混んでるね。」

「うん、特に杵前(きねさき)から潮見町(しおみちょう)までの間は混んでる。潮見町からは乗り換え多いし、歟宮(かみや)線との連絡で桐家(きりがや)線を使う人も多いんだと思う。」


そうこう話をしていると、知波が住む臣里(おみさと)に到着した。人の間をくぐり抜けてホームに降りると、慣れた足取りで階段を下りていく。ちょうど反対方面行きの電車も到着していたこともあり、島式のホームにはかなりの人で溢れていた。人混みに揉まれて(はぐ)れないように、知波は涼々夏の手を引いて改札機まで歩いていく。


「すっごい!めっちゃ混んでる!」

「朝の杵前もこんな感じだよね。」


改札を抜け外に出ると、空はすっかり暗くなり、駅前のコンビニやカラオケのネオンが()えていた。中途半端に栄えた駅前には何台かの路線バスが停留しており、人たちは瞬く間に吸い込まれていく。そんな彼らを横目に、知波たちは歩みを進めていった。


「うちさ、臣里で降りたこと無かったんだよね。」

「あ、そうなの?意外と栄えてるでしょ?」

「うん、硴江(かきえ)遜色(そんしょく)ないくらい。」

「でも私が住んでるのはね、割と奥の方なんだ。この辺はまだ繁華街って感じだけど、国道から1本入れば閑静な住宅地なの。」

「最高じゃん。ずっと臣里なんだっけ?」

「うん。だからいろいろ案内できるよ。あ、この角曲がってすぐのところだよ。」


そこには、築年数30年ほどの6階建てマンションが建っていた。


「ここ?」

「うん。その3階の角部屋だよ。」



オートロックの無い入り口からエレベーターに乗って3階に着くと、「守澤/鶴田」と書かれた簡易的な表札が目に飛び込んできた。知波はドアノブを回しても開かないことを確かめると、持っていた鍵で解錠し扉を開けた。


「ただいまー。」

「おかえりー。あぁ、涼々夏ちゃんだね。」

「初めまして、塚本涼々夏です。いつも学校では知波さんと仲良くさせていただいてます!」

「こちらこそ、いつも知波がお世話になってます。どうぞ、上がって。あまり立派な家ではないけどね。」


玄関を上がると、ダイニングキッチンに繋がる廊下が伸びていた。廊下の右側には2つの扉があり、それぞれ知波の部屋と母親の部屋に繋がっていた。


「ここって賃貸じゃないよね?」

「うん、分譲だよー。25年くらいかな…?私が生まれる前からお母さんたちはここに住んでたんだって。」


涼々夏を連れて自分の部屋に招いた知波は、ベッドの上を簡単に片付けて座った。


「どうしよっか。ここが私の部屋なんだけど、シングルだからすずちゃんがベッドで寝てね。」

「え、ちーちゃんはどうするの?」

「私は…まあ適当に床で寝るよ。たまにベッドから落ちることもあるし大丈夫。」

「いやいや、そんな…あのさ、うち今日寝られる気がしないんだよね。」

「…そっか。じゃあ…オールしちゃう?」

「…しちゃおっか!」


ちょうど母親からもうすぐ夕食の準備ができるという知らせも飛び、ダイニングへ向かった。


「あら、制服着たまま?」

「あ、そういえばすずちゃんの服どうしよう。持ってきてないもんね?」

「うん、さすがに…」

「私ので良ければ着る?体格あまり変わらないと思うから、ちょっと我慢すれば着られると思うけど…」

「あー、じゃあ借りて良い?」

「うん!」

「先に着替えてくる?2人とも制服のままだと落ち着かないだろうし。」

「そうしよっか。」


知波の部屋に戻った2人は、箪笥(たんす)から涼々夏にも合いそうな部屋着を探した。


「この箪笥、めっちゃ高級そうだね?」

「あ、分かる?これ櫛笥(くしげ)屋総本舗さんの箪笥なの。」

「え、めっちゃ老舗じゃん!なんでそんな凄いの持ってるの?」

「お母さんがね、櫛笥屋さんの今の社長さんと高校の同級生なの。その縁で作ってもらったんだって。それでも訳あり品って言うか、この角なんか分かると思うけど、継ぎ目に僅かなズレがあるんだよね。だから元の7割引くらいの値段だったらしいよ。そんなことより、これとかどう?私にはちょっと(たけ)が長いやつなんだけど、すずちゃんならちょうど良いんじゃないかな?」

「わぁ!ありがとう!うん、めっちゃ良い!」


知波も着替えてダイニングに戻ると、テーブルには鮮やかな緑黄色野菜のサラダと、スーパーの夕市で3割引となっていた惣菜が並んでいた。


「うち、人の家で夕飯をご馳走になるの初めてかも。」

「お、ほんと?口に合うと良いな。」


後にメインであるカレーライスが運ばれると、その美味のあまり涼々夏の目が輝いた。


「え、なにこれ、めっちゃ美味しい!」

「ほんとー?良かったあ!市販のルーは使わないんだけど、すずちゃん辛いの好きだから物足りないかもって思ったよ。」

「ううん、そんなことないよ!まろやかで深みもあってすごく美味しい!」



食べ終わると、知波の母が食後に何か飲むか訊いた。


「コーヒーとかありますか?」

「あるよ~。ホットで良い?」

「はい、ありがとうございます。」

「すずちゃんコーヒー好きだよね。さっきも喫茶店で飲んでた。」

「うん、めっちゃ好きだよー。休みの日は1日に5杯くらい飲んでる。」

「すご!まるでデイトレーダーじゃん(笑)」

「ねえ、例え方!センスありすぎでしょ!」



コーヒーを(すす)りながら、涼々夏は部屋の壁に貼ってある写真に気づいた。


「あれ、なんの車?」

「あー、マツダの787Bだよ。見ての通りレースカー。」

「そっか、ちーちゃん車好きだもんね。」

「親の影響でよくレースとか観に行ってたからね。あれは確か7歳くらいの時かな、走行会でデモンストレーション走行してたんだよね。」

「それにしても、どっちがちーちゃん?」

「ああー、どっちだと思う?」

「えっと…左!」

「おお!正解!右にいるのがお姉ちゃんなんだけど、やっぱり似てるよね。」

「本当に瓜二つ!美波さんにも会ってみたいなぁ。」

「私も会いたいなぁ。」


その会話を、知波の母が切ない目で見守っていた。



すっかり夜も遅くなり、まもなく日付が変わろうとしていた。母は翌日も仕事があるため、食器洗いなどを知波に任せ先に寝てしまった。一通り片付けると、日本史の課題を終わらせた涼々夏の隣に座った。


「すずちゃん、公園での話の続きだけどさ。」

「うん。」

「何から訊けば良いのか分からないけど、その(あざ)は本当にただの怪我?」

「たぶん、言わなくても推測ついてるんだろうけど…お父さんだよ。」

「そっか。そういうことなんだろうなって思ってた。」

「やっぱり、ちーちゃんの目は誤魔化せないね。なんか隠してるみたいになってごめんね。」

「ううん。隠したい気持ちは解るよ。いつ頃から?」

「最初は些細なことだったの。小学3年生のときにお母さんの財布から勝手にお金を抜き取って、それで友達と遊びにいったりしてたのがバレちゃったんだ。それに怒ったお父さんが反省させようと家の外に出したり、重いものを持たせてきたりって感じだったの。」

「それでも十分だと思うけどなぁ。」

「いや、これに関しては私が100%いけなかったから納得してるんだけどさ、それが2ヶ月間毎日続いて、お母さんがとうとう怒ったの。いくらなんでもやりすぎだって。でもお父さんはそれにすら反応しちゃって、怒りの矛先はうちだけじゃなくお母さんにも向けられた。それから8年経って、今でもお父さんの言うことが絶対、お母さんすら言い返せないまま時間だけが過ぎていったんだ。」

「暴力が始まったのは?」

「5年くらい前かな。職場でのストレスもうちらにぶつけてくるようになって。」

「そうだったんだ…」



──その沈黙は、初めて話したときの、あの雰囲気に似ていた。本当なら踏み込んではいけないような、プライバシーの深層部分を議題にしている。それでも半年間で(はぐく)んだ2人の時間で、一見重たすぎる内容にすら何の抵抗もなく話せるようになった。それはもはや、友達や親友という概念を越えた関係とも言えそうなものである。例を挙げるならば、「姉妹」か「カップル」あるいは「運命共同体(ソウルメイト)」とでも表現しようか。知波にとっての涼々夏は、もう会うことのできない姉のような存在であった──



「うちもさ、ちーちゃんに訊きたいことがあるんだけど。」

「うん?」

「ちーちゃんのお父さんってどんな人だったの?」

「うーん…自分勝手で、わがまますぎて、付き合いきれない人だった。」

「…めっちゃ悪口だ…」

「うん。ていうか、すずちゃんも気づいてるでしょ?」

「え?」

「え、気づいてなかった?」

「何が?」

「あー、やっぱり良いや。聞かなかったことにして。」

「え、なに、逆に気になる。」

「ううん、たぶん、今のすずちゃんに言うべきことじゃないと思うから。」


2人の間に生まれた絶妙な距離感は、決して仲違いからではない。むしろ、涼々夏の現状を(おもんぱか)り、知波が一方的に気を遣って言わなかっただけなのだ。そしてそれを涼々夏も十分理解しているため、深く問い(ただ)したりはしない。それこそがこの2人の信頼関係を表す一番良い例なのかもしれない。


「あのさ、もしすずちゃんの気が乗ればなんだけど、明日メンタルクリニック行ってみない?」

「メンタルクリニック?」

「うん。私が前からよく(かよ)ってたところなんだけどね。」

「うーん…ちょっと考えさせて?そういうの初めてだから…」

「大丈夫だよ。ゆっくり考えて。」


そう言うと知波は立ち上がり、自分の部屋に戻った。そうかと思えば、少し厚めの本2冊を片手に戻ってきた。


「これ、私の中学時代の卒アル。見てみる?」

「え、良いの?」

「うん。」


涼々夏がアルバムを開くと、そこには今と変わらぬ可愛らしい笑顔の知波がいた。


「え、可愛い!」

「この頃は髪を結んでたんだよね。それで、こっちが小学生のときの。」

「あー、こっちは幼い!ちーちゃんにもこんな頃があったんだね!」

「ねー、それどういう意味よ~。私だってこんな時期もありました!」


ページをパラパラと(めく)ると、見開きで大きく「Dear.美波ちゃん」と書かれたページが現れた。


「あ、これ…」

「うん。読んで良いよ。」


そこには、真ん中に知波とそっくりな女の子の写真と、それを囲むように当時の同級生一人一人からのメッセージが書かれていた。涼々夏が想像していた以上に重く哀しい事実が書かれ、読んでいる間の心の乱れは史上最大級であった。


本から目を逸らして待っていた知波が、重い口を開いた。


「すずちゃん、これが私とお姉ちゃんに起こったことの全てだよ。離婚しただなんて嘘ついてごめん。」

「ううん、こんなこと、言えるわけないよね。」

「なかなか言い出せなかった…」

「でも、ちーちゃんにどんな過去があったってうちには関係ないよ。これまで一緒に過ごした時間や想い出は絶対に消えないし、これからもずっと変わらず友達でいる!」

「ありがとう。すずちゃんならきっとそう言ってくれるって思ってた。だから勇気を出して話したんだ。」

「うちを信じてくれてるんだね。こちらこそ本当にありがとうだよ!」



時刻は1時近くになり、修学旅行のようなテンションだった知波も流石に眠くなってきた。その知波と一緒にいられることで安心した涼々夏にも睡魔は襲いかかる。結局2人でベッドで寝ることにしたようだ。


「なんか、ありがとね。ベッド狭くしちゃう…」

「いいの!私、1年のときのスキー教室も中学3年の修学旅行も行けてないからさ、こういう経験するの楽しみだったんだよね。」

「そっか…でもあのときはベッドじゃなくて布団だったよ?」

「え、そうなの?」

「そりゃそうでしょ、仮にベッドだったとしても、1つのベッドに2人で寝るなんてあるわけ無いじゃん!」

「え、そうじゃん。そしたら修学旅行よりすごい経験じゃん。」

「待って、ちーちゃん変な想像してる?(笑)」


寝る準備を済ませ、万が一落ちても怪我をしないように、小さめのテーブルをベッドに寄せた。涼々夏を壁側にして横になると、知波は至近距離の涼々夏に顔を赤らめた。


「ちーちゃん、顔赤いよ?大丈夫?」

「うん、ちょっと緊張してるだけだよ。」

「緊張してるの?」

「だって…こんな近くにすずちゃんが…」

「またまた~。そんなこと言っても何も出ないよ?」

「いや、ほんとだって!すずちゃん可愛いんだもん…」

「そんなこと言ったら、ちーちゃんだって可愛いよ。こんなに近いと寝てるときに抱きしめちゃいそう。」

「え、良いよ。抱きしめ合って寝る?」

「えー!でもそれはそれで少し恥ずかしいな!」


そんなことを言いながらも、めったに無い機会に甘えて手を繋いで寝ることにした。


「ちーちゃんの手、ちっちゃくて可愛い…」

「すずちゃんの手こそ、大きくて安心する…」



時刻は3時を回った頃、ふと知波は目を覚ました。涼々夏がいる右側がとても暖かい。いつものふんわりとしたシャンプーだかリンスだかの香りが、いつも以上に明瞭としている。それと同時に、初めて涼々夏と出掛けた日のことを思い出していた。半年前のことなのに、昨日のことのように思い出せるその1日が、知波にとって初めての経験だったことは言うまでもない。そしてその日をきっかけに仲良くなった尾野楓(おのかえで)や、財布の件で協力した小松優花(こまつゆうか)、更には配信アプリを介して話すようになった海野有香(うんのゆうか)や、依田帆乃香(よりたほのか)(はまぐり)美里(みさと)も、涼々夏との出逢いが無ければ交わることのなかった者たちである。涼々夏には感謝してもしきれない。


ふと、涼々夏がいる右側が異常に暑くなったことに気付いた。手だけ繋いで寝ていたはずなのに、肩まで暑くなってきた。ゆっくり首を動かしてみると、そこにはまるでホラー映画に出てくるような風貌の涼々夏が、顔面を知波に押し付けるように寝ていた。いや、寝ていたのではなく、幼い子どもが母親に抱きつくかのように静かに泣いていた。


そんな涼々夏に声をかけようとするが、あえて何も言わず、少し体を動かし左手で涼々夏の頭を包み込んだ。



静かに流れ続ける、涼々夏の涙と時間。どちらも止まることを知らず、いつもと同じ朝を迎えるのであった──

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