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Color of your life -イノチノイロ-  作者: せっきー
6/12

Ep.6 透明な糸

およそ40日に及ぶ夏休みも終わり、これからその3倍の期間に及ぶ2学期が始まった。始業式を終えて知波たちが教室に戻ると、担任の米倉がある男子を連れて教室にやって来た。

「えぇー、2学期が始まったわけだが、早速みんなに紹介したい人がいる。3週間このクラスで交換留学生として一緒に授業を受けてもらう、中国出身の(ジョウ)沐辰(ムーチェン)くんだ。日本語の語学留学ということなのだが、母国語と少々の英語が話せるらしい。Muchen, please introduce yourself to them in English.(沐辰、英語でみんなに自己紹介してあげて。)」

「My name is Muchen Zhou. I'll be indebted to you in this class for 3 weeks from today. Nice to meet you.(周沐辰です。今日から3週間この学級でお世話になります。よろしくお願いします)」

「念のために訊くが、中国語を話せる生徒っているかい?」


すると知波が手を挙げた。


「私、少しだけなら話せます。」

「おぉ、本当に?じゃあ、守澤から一言。」

「え、私からですか?えぇっと…」


少し考え込んでから、ゆっくり話し出した。


「沐辰君,你可能会紧张,但我很期待在这堂课上和沐辰君交谈,所以我会在短时间内说很多话。(沐辰くん、緊張してるかもしれないけれど、この学級は沐辰くんと話せることを楽しみにしているから、短い期間だけどたくさん話そうね。)」


その美しい中国語の発音に驚き喜んだ沐辰は、


「謝謝。(ありがとう。)」


と深くお辞儀をした。



「ちーちゃんすごいね、なんでそんなに中国語話せるの?」


ホームルームが終わると、涼々夏が不思議そうに訊いた。


「私の従姉妹(いとこ)が中国に住んでるの。叔母さんが中国の人と結婚して、私も毎年お母さんと一緒に会いに行ってたんだ。だからある程度の会話はできるよ。我教你中文好吗?(中国語教えてあげようか?)」

「…え?あぁー、うん…う、あぁ…」



その日の授業が終わり、知波が涼々夏と一緒に帰ろうとしていると、沐辰が片言な日本語で話しかけてきた。


「あの…知波さん、わたしはどうやって帰ればいいですか?」

「あー、えぇっと…誰の家にホームステイしてるんだっけ?」

「えっと…ジィェンタイさん…」

「ジィェンタイさん!?」

「中国語読みなのかな…?えっと…Please write in Chinese character?(漢字で書いてみてくれる?)」


すると沐辰は、黒板に白い文字で「健太」と書いた。


「あー、3組の蓬田健太(よもぎだけんた)くんかな。うち去年同じクラスだったから知ってるよ。」

「えっと、じゃあ3組行けばいいのかな?」

「いや、蓬田くんって確か吹奏楽部だから、今部活行ってるんじゃないかな?うち音楽室行って訊いてくるね。」


教室に残された知波は、苦笑いしながら沐辰に話しかけた。


「How was your first day in this class?(このクラスでの初日はどうだった?)」

「Uh…It was more fun than I expected.(うーん、僕が思っていた以上に楽しかったよ。)」

「Really? That's was good. Can you enjoy in here for 3 weeks?(本当?それなら良かった。3週間楽しめそう?)」

「Certainly! I can't wait for tomorrow!(もちろん!明日が待ちきれないよ!)」


するとちょうど涼々夏が戻ってきた。


「いま蓬田くんに訊いてきたんだけど、『部活が終わってから一緒に帰るからそれまで待ってて』だって!」

「ん?つまり終わるまでここで待ってろってこと?」

「…だね。まあ今日は1時間くらいで終わるって言ってたし、うちはそれくらいならいられるよ。」

「うーん、私も大丈夫だけど…」


そして、3人は教室に残って拙い英語で会話し始めた。


「Muchen, Why do you want to study Japanese?(沐辰、どうして日本語を勉強しようって思ったの?) 」

「I've favored games since I was little, and the games were born in Japan. So I want to study Japanese hard and work for the game production company.(僕は小さい頃からゲームが好きだったんだけど、そのゲームが日本生まれだったんだ。だから日本語を頑張って勉強して、そのゲームの製作会社で働きたいんだ。)」

「Wow, that's so cool! Have you ever been to Japan?(おー、かっこいいね!以前にも日本に来たことあるの?)」

「I've only been there about 5 years ago. At that time, I wasn't thinking about working in Japan yet, but I've loved Japan since I bought the game two years later.(5年くらい前に一度だけ来たことがあるよ。当時はまだ日本で働こうとか思ってなかったけど、その2年後にゲームを買ってもらってからは日本が大好きなんだ。)」


そんな話をしてると、廊下を走る足音が近づいてきた。部活が早く終わった健太が沐辰を迎えに来たのだ。


「ごめん、お待たせ!塚本たちサンキューな!」

「あ、うん、気を付けてね。」


沐辰は知波たちに深くお辞儀をしながら、


「明天见。(また明日会いましょう。)」


と言って帰っていった。



「うちらもそろそろ帰ろっか。」

「そうだね、でも沐辰くんといろいろ話せて楽しかった。」


帰りの電車に揺られながら、2人は夏休みのことを回顧していた。


「そういえば、あれから要さんと話した?」

「あ、したよー。うちね、休みの間はほぼ毎日連絡とってた!」

「えー、いいなー。私はあの日の夜に連絡して、そこから1週間くらいやり取りしてたけど、その後は『また行きますね!』で終わっちゃった。すずちゃんはどんな話してるの?」

「うーんとね、なんでユニドルやってるのかとか、付き合ってる人とかいるのかとか、そういうのばっかり。」

「凄い、めっちゃ聞き出してるじゃん!やっぱりすずちゃんのコミュ力の高さは半端じゃないね!」

「あはは、それほどでもないよ!」



──しかしその言葉の裏で、知波の心は大きく揺れ動いていた。いや正確には、疑問が解消されたことによって同時に嫉妬心が芽生えたのだ。毎日のようにLINEでやり取りをしていた知波と涼々夏であったが、その日を境に涼々夏からの返信が区々(まちまち)になったのだ。とはいえ丸一日に渡って放置されたというわけではないのでさほど気にはしていなかったが、その真相を聞いて確実に動揺していた。決して恋愛対象として涼々夏を見ていたわけではない。それでも知波にとって一番の親友である涼々夏が、自分以外の人と仲良くなることが少し切なくなっていた。それとも、これこそが「恋」なのか。これまで恋愛の経験など無く、修学旅行では真っ先に寝てしまうようなタイプだった知波には、恋ほど無縁なものはない。ましてや女の子が女の子に恋をするなんて、もしかしたらちょっとだけ風変わりかもしれない。でもそれで良かった。性別に関係なく、誰かを好きになることの嬉しさで溢れていた──



何かが吹っ切れたかのように、知波は笑顔で涼々夏に話しかける。


「そういえばすずちゃん、夏休みの作文課題やった?」

「あ、やったよ、上手く書けなかったけど…」

「提出明日じゃん、私も上手く書けなかった…」

「きっと長谷川さんが最優秀なんだろうなぁ。」


しかし知波の笑顔には、切なさからか陰りが見えた。



それから3日経ち、知波がいつもと同じように涼々夏と話していると、沐辰が2人に近づき、


「知波さん、ちょっと良いですか?」


と、相変わらず片言の日本語で話しかけてきた。沐辰は涼々夏を取り残し、知波を教室から連れ出すと、この空間では最も有効な隠語で話し始めた。


「我要你交换LINE。(LINE交換してほしいんです。)」

「是的?不过很好。但为什么?(え?まあ良いけど、どうして?)」

「我想让知波随时教日语(いつどんなときも、知波さんに日本語を教えてほしいんです。)」

「但即使不是我…(でもそれって私じゃなくても…)」

「不,我想向知波先生学习。(いいえ、知波さんから教わりたいんです。)」


LINEを交換すると、沐辰はトイレかどこかに行ってしまった。教室に戻ると、涼々夏から何があったのか訊かれた。


「LINEを交換してほしいって言われて交換したんだけど、わざわざ廊下に呼び出さなくても良いのにね。」

「ねえ。うちさ、前から思ってたんだけど、沐辰くんってちーちゃんのこと気に入ってる気がする。」

「まあ私なら中国語を少し話せるし、そういう意味では話しやすいのかもね。」

「ううん、そうじゃなくて。これは私の勘だけど、ちーちゃんのこと好きなんじゃないかな?」

「えー?そうかなぁ。でもそんなことある?」

「意外とあるんじゃない?一目惚れってやつだよ。ちーちゃん可愛いしあり得ると思う。」


涼々夏のその言葉の真意はともかくとして、沐辰がやたらと話しかけてくる違和感には知波も気付いていた。誰かに好かれるという今までにない経験には喜びを感じている反面、実質あと2週間という期間のなかで沐辰とどのように接すれば良いのかが分からなくなってきていた。確かに悪い子ではないし、お互いいろんな事を教え合えて楽しいことは事実であるが、自分ばかりが沐辰と話すことに違和感というか、他のクラスメートへの申し訳なさを感じていた。それこそ現代文が得意な長谷川凛緒と話すのだって有効だし、日本の事を知りたいのなら日本史担当教員の滝宮(たきみや)でも良いわけで、中国語を話せることを考慮しても知波にばかり話しかける姿は異様であった。



それからの2週間も、沐辰は相変わらず知波と話す頻度が断トツで多く、LINEでも話し続けていた。しかしその楽しい時間も終わりを迎えていた。最終的にはクラスの全員が沐辰と話したわけだが、やはり全体的には知波と仲が良かった印象が強いらしい。学級委員の百加(ももか)すら、


「明日で沐辰くん最後だから送別会みたいなのやろうと思うんだけど、何かやりたいこととかある?」


と知波に直接訊く始末である。しかしそれも言い換えれば、知波が沐辰の心を開いたということでもある。


翌日、教室で小ぢんまりと行われた送別会は、各々で用意した缶ジュースを飲みながら、事前にみんなで書いた色紙(しきし)を渡す程度のものになった。その色紙を書くときですら、クラスメートによって知波が書くスペースが衝撃的な範囲で確保されるという珍事も起こるほど、もはや知波は沐辰専属の教師のような存在になりつつあった。


沐辰は全員の前に立ち、多少上達した日本語で最後の挨拶をする。


「今日はこんな素敵な送別会を開いてくれてありがとうございます。すごく緊張していた昔の自分にネタバレをしたいくらいです。3週間という短い期間でしたが、楽しい時間をありがとうございました。」


教室に拍手が鳴り響く。続いてそれに答えるように、学級委員の明石も餞別を送る。


「こちらこそありがとうございました。私たちにとっても滅多に無い経験をできて、とても充実した時間を過ごすことができました。また沐辰くんとどこかで会えることを願ってます。それと、知波ちゃんからも何か一言を!」


盛大すぎる振りではあったが、知波にとっては想定内であった。事前にある程度の言葉を用意していた。


「沐辰くんと過ごした時間は、私にとってすごく有意義なものでした。たぶんこのクラスの中で一番話したのは私だと思うけど、みんなと話すことも楽しんでくれたみたいで私も嬉しいです。連絡先も交換してくれたし、またいつでも話そうね。」


それを聞いた沐辰は、中国語で話し始めた。


「知波先生,我有件事很想直接告诉你。(知波さんにどうしても直接伝えたいことがあります。)」


そして知波も、脳を切り替えて対応する。


「是的,它是什么。(うん、なに?)」

「我很高兴能上这个班,知道知波会说中文。(知波さんが中国語を話せることを知って、僕はこのクラスに来られたことをとても嬉しく思っています。)」

「我很高兴我也会说中文。(私も中国語を話せて良かったと思ってるよ。)」

「知波,请跟我出去。(知波さん、僕と付き合ってください。)」


知波は思いがけない言葉に黙り込んでしまい、この一連のやり取りについて何一つ理解できていないクラスメート達は、その様子を眺めることしかできなかった。


「沐辰君,对不起。我不能辜负这个期望。其实,我已经有喜欢的人了。我想要跟你做朋友。(沐辰くん、ごめん。その期待には応えられない。私にはもう好きな人がいるの。私は君とは友達でいたい。)」


自分の本心を伝え、申し訳なさを感じていた知波に、沐辰は思いの外、優しい笑顔で答えた。


「我明白了…但如果你们能成为朋友,我会很高兴的。谢谢。(そっか…でも友達でいてくれるなら嬉しいです。ありがとう。)」



その帰り道、涼々夏はその一幕について知波に訊いた。


「ねね、あのとき沐辰くんは何て言ってたの?」

「短い時間だったけど、一緒にいられて楽しかった、また会いたいですって言ってくれた。」

「へぇー、付き合ってくださいとかは言われなかった?」

「それは無かったよ。でもずっと友達でいてほしいって言われて、もちろん良いよって言った。」


知波は何だか恥ずかしくなって、咄嗟(とっさ)に小さな嘘をついた。


「ふーん、そっか。てっきりちーちゃんに恋愛感情あると思ったんだけどなぁ。」

「まあそんなもんだよ。でもそれで良いんだ。」

「え、もしかしてちーちゃんの方が沐辰くんのこと好きだった?」

「え?あぁ!いや、そうじゃないの!そうじゃなくて──」

「今からでも蓬田くん経由で伝えてもらおうか~?」

「余計なことしなくていいって!」


むしろ知波は、涼々夏に自分の気持ちに気付いてほしいと思っていた。叶うか叶わないかは誰にも分からないが、少なくとも涼々夏と話していること自体に緊張していた。それはこれまでに無かった感情であり、知波自身も何だかよく分からなくなっていた。


「そういえば、要さんとは進展あった?」


話題を変えようとしたが、その言葉のチョイスもかなりバグってしまった。


「進展?何それ~。あ、でも、留学生が来たって話はした!」

「そうなんだ。恋バナとか続けてないの?」

「あー、してないかなぁ。」

「してないのかー。」

「なんで?気になるの?」

「うーん、逆にすずちゃんが気になってるんじゃないかなーって思って。」

「えー、なんでよー!それ気になってどうするのー。それ知ったところで私が要さんと付き合ったりなんて出来るわけじゃないし。夜空の星は手に届かないから美しいんだもん。」

「私は良いと思うけどなぁ。女の子同士が付き合っても。」

「ちーちゃんが良くても、普通の人はそうじゃないでしょ。やっぱり私みたいな人は除け者にされるんだよ…」

「それは違うんじゃないかな?私はもちろんだけど、要さんもすずちゃんのことを除け者になんてしてないと思うよ?」

「そりゃ今は話してくれてるけど、本当のことを言ったらどうなるか…」

「心配しなくて大丈夫だよ。私は何があってもすずちゃんの味方でいるから。」

「うん…ありがとう。」

「でも、今はとにかく、10月の演劇コンクールに集中しよ!」



この日は文化祭までちょうど1ヶ月の日だった。この翌日には、知波たちのクラスメートで演劇部の部長でもある金澤乃々香(かなさわののか)が書いた脚本が配られる予定なのだ。演技経験など当然無いが、新たな挑戦に胸を弾ませていた──

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