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Color of your life -イノチノイロ-  作者: せっきー
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Ep.4 陽の当たる場所

連日の冷たい雨が、知波の心をも冷やしているようだった。落ち込みがちな性格がぶり返し、時に激しく気持ちを沈ませていた。しかしそんなときには、いつもある人からLINEが届く。この日もそうだった。

「知波ちゃん、元気?ちゃんと学校行けてる?」

「わぁー、渚さん!ありがとう!元気だよ!」

「梅雨明けたらまた夏子と3人でご飯行こーね!」

「うん!行こ行こ!」


涼々夏と出逢ってから、毎月のように(かよ)っていた心療内科に行ってなかった。正確には「行く時間がなかった」と言うべきなのかもしれない。知波にはここ最近、暇があればと言わんばかりにあるブームが来ていた。



時は6月の頭のことである。朝の教室の窓側に、数人の生徒が(たむ)ろしていた。


有香(ゆうか)、先月の結果出た!?」

「出たよ!私は総合3位だった!」

「あー…やっぱり。1位はシルバちゃん?」

「うん。それと2位が水咲(みさき)ちゃん。でもこの2人はいつも確定だから、3位に入っただけでも頑張ったと思う!」

「他の枠は?」

「女優枠がシルバちゃんで、男優枠が健太(ケンタ)ウロスくん、スチューデント枠が水咲ちゃんが1位で私が2位だったよ。」

「なんかミュージック枠が激戦だったんでしょ?イベントあったもんね。」

「うん、1位がSolaちゃん、2位が欄度(ランド)ちゃん、3位が由佳(ゆか)ちゃんだって!この3人のポイント差が180だよ!」

「すごいね…壮絶。由佳ちゃんも頑張ったよね。」


ちょうどその教室に、涼々夏が入ってきた。席替えをしてより近くの席になった知波が話しかける。


「すずちゃんおはよ!ねえ、海野(うんの)さんたち何の話をしてるの?」

「うん?あー、もしかしたらSpotright(スポットライト)の話じゃない?」

「スポットライト?何それ、はじめて聞いた。」

「ここ最近で流行ってる配信アプリだよ。うちもやってるよ。」

「えー、何これ。すごい。配信ってことは、YouTubeの生放送みたいな?」

「そうそう、まさにそんな感じ!例えばこれでイベントとか出て、フォロワーさんからポイントアイテムを投げてもらうの。それで上位に入ると、テレビに出られたりオーディションを通過できたりするの。」

「え、それだけで?」

「でもこれがめっちゃ大変なの。このランキングが先月の総合獲得ポイントなんだけど、3位の「ゆうたん」ってのが海野さんで、月間1.1万ポイント達成。1位のテラ・ダ・シルバさんが9万ポイント達成。シルバさんはスポラでは不動の1位で、年間100万ポイント獲得すると大手芸能事務所に所属するチャンスが与えられるってイベントに参加してるんだよ。」

「ええ、すごい…フォロワーが2万人越えてる。」

「スポラで知らない人はいないからね…2位の水咲さんもいつもすごいんだけど、それに追随(ついずい)するなんて有香ちゃんすごい。あと、ミュージック枠3位の三浦(みうら)由佳さんも。そこで有香ちゃんと一緒に喋ってる。」

「このクラス、人気の配信者が2人もいるんだね。すずちゃんも配信してるの?」

「やってるよ!配信見るのもするのも無料だから、暇潰しでやってる!ちーちゃんもやろうよ!」

「うん、ちょっと興味ある。やってみようかな。」



…そして今に至る。この日もスマホを立て掛けながら配信をしていた。


「…えっと、すずちゃん。『めっちゃ分かる!あの授業っていつも延びるよね。』うん、ほんとそう!生物の後の体育とか着替える時間ないもんね!」


ここでも涼々夏がコメントする。逆に涼々夏の配信に知波が行くこともあり、お互いにその配信における「トップファン」になっていた。そんなある意味「いつもと何も変わらない配信」に、異変が起きたのはこの次の日のことだった。



その日の配信に涼々夏は来られず、コメントが無いまま1人で続けていた。何かを喋っては止め、を繰り返し、10分ほど経った。ようやくコメントが来ると、その差出人の名に知波は驚いた。


『テラ・ダ・シルバ:こんにちは、初見です!』

「えっと…本物ですか?確か月間ランキングで1位の…」

『あはは、そうです!ちょっとだけ有名なんですね、ワタシ(笑)』

「そんな、ちょっとだけだなんて!それと、ずっとお名前が気になってたんですけど、もしかしてF1好きなんですか?」

『え、知ってるんだね!正確にはお父さんがレース好きで、本名は寺田聖菜(てらだせな)っていいます!』

「なんほど!それで、アイルトン・セナ・ダ・シルバから取ってるんですね!」

『めっちゃ詳しいね(笑)レース好きなの?』

「私も家族の影響で少しだけ知ってます!ドライバーはナイジェル・マンセルとヤルノ・トゥルーリが好きなんですけど、シルバさんはやっぱり…?」

『すごい、トゥルーリとかよく知ってるね!ワタシはセナも好きだけど、リカルド・パトレーゼやミケーレ・アルボレートあたりも好き!』



──読者を置いていくスタイルの極みであるが、ここで注釈をいれる。5人とも元F1ドライバーで、中でもセナは4度の年間チャンピオンであり、その全てにおいてホンダエンジンでの制覇だったため、愛日家としても知られているが、1994年にレース中の事故で亡くなっている。またマンセルも1992年に年間チャンピオンを獲得したことがあり、トゥルーリも2004年に伝統のモナコグランプリを制した実力者である。パトレーゼも16年間にわたりF1ドライバーを務め、アルボレートも1985年に「フェラーリに乗るイタリア人ドライバー」としての最後の優勝という記録などの功績を残している。つまり知波たちは、F1ファンなら誰もが知る偉大なドライバーたちの話をしているのだった──



「あぁー、良いですね!さすがシルバさんもめっちゃ詳しい!将来F1の映画とか出てほしいです!」

『あはは、出ちゃうか(笑)誰役が合いそう?』

「うーん、後藤久美子(ごとうくみこ)さんとか!」

『ジャン・アレジの奥さんだ(笑)』

「もし映画出たら絶対に観ます!」


配信始めたての知波にとって、シルバこと聖菜は涼々夏以来のファンであった。聖菜の配信に行くことを約束した知波は、Spotrightの楽しさに気づいている気がした。しかしその配信の裏で、その楽しさを脅かす存在があったのも事実であった。



翌日、知波が学校に着くと、有香から声をかけられた。


「守澤さん、スポライバーやってるんだって?」

「スポライバー…?あっ、そういうことか。うん、やってる。何で知ってるの?」

「昨日ね、野良で新人ライバーの配信枠を回ってたの。そしたら見覚えのある名前と顔だったからさ。シルバちゃんと話してたよね。」

「そうだったんだ。うん、めっちゃ楽しかった。」

「私ね、ちょっと意外だった。守澤さんってクラスの中でも地味な方だし、ああいうのやらないって勝手に思ってた。でも楽しそうに話す守澤さん、めっちゃ可愛かったよ。」

「え、あぁ、ありがとう。そんなこと言われたの初めて。」

「今日も放課後に配信する予定だからさ、もし良かったら来てよ。帆乃佳(ほのか)ちゃんとか美里(みさと)ちゃんも来てくれてるから!」

「うん、行きたいな!」


しかし知波は消極的だった。そもそも有香と話すこと自体が今日始めてのようなものなのに、いくらクラスメートとはいえそんな人の配信に行ってコメントして、しかもこれまで話したことが一度もない依田(よりた)帆乃佳や(はまぐり)美里とコメントで話すなんて考えられなかった。それより意気投合した聖菜の配信の方が興味がある。帰宅した知波がスマホを開くと、聖菜の配信を知らせる通知が来ていた。急いで開くと、そこには(おびただ)しい数のコメントが流れていた。その圧巻の光景に(ひる)むことなく、知波は果敢にコメントをしていく。


『ちなみ:こんにちは!』

「あ、ちなみちゃん!来てくれたー!やっほー!」

『昨日はありがとうございました!話しててとても楽しかったです!』

「こちらこそだよー!あっ、みんなー、昨日私が見つけたちなみちゃん!私と同じくらいF1に詳しくて、すごく可愛くて本当に面白いの!みんな付いてこられそう~?」

『そんな可愛いだなんて…照れます笑』



その頃、有香の配信も行われていた。


「守澤さん来てくれるかな?」

『ほのか:どうだろうねぇ』

『ハマグリ:言うてクラスで話したことないし、来ないかもね』



その日の夜、時刻は23時を回った頃、今度は知波が配信をしていた。そしてそこには涼々夏と聖菜も来ており、再び配信が盛り上がった。


「すずちゃんってシルバさんの配信行ったことあるの?」

『すずか:うーん、無かったと思う。』

『テラ・ダ・シルバ:初めましてだよね(笑)よろしくね!』

『こちらこそよろしくお願いします!』

「ここってさ、学校以外の人とか話せるから良いよね。馬が合わない人たちと半ば強制的に同じ時間を過ごす必要もなく、変に気を使うことなくお互いを尊重し合えて、私にとってはすごく良い空間。」

『わかるなぁ、うちも何人か配信に来てくれた子と仲良くなったけど、みんな住んでるところはバラバラ。それが(むし)ろ、ちょうど良い関係を作り出せてるのかもね笑』

『ワタシは立場上、いろんな人たちが来るよ。たくさんコメントが来ると(さば)くのが大変だったりするけど、みんなが求めてくれてる限りは頑張るって決めてる。まあもうすぐ配信辞めちゃうかもしれないんだけどね(笑)』

「え、そうなんですか?」

『あ、もしかして年間100万ポイント達成ですか…?』

『うん、あと2万ポイントで達成するんだ~。もう既にいくつか芸能事務所から声を掛けて戴いてて、早ければ今週中にも面接があるの!』

「そうなんだ…え、じゃあもう話せなくなっちゃうんですか?」

『うん…そうなるかな…』

「でもそうしたら、今度はテレビとかで観られるんですよね!そこでもずっと応援します!」

『ふふ、ありがとう!そうだよね、私がF1の映画でゴクミを演じたら観てくれるんだもんね!(笑)』



それから(わず)か2日後、聖菜のポイントは100万ポイントを達成した。このイベントに参加してから6ヶ月という異次元の早さでの達成であった。それを見届けた知波は、少し時間をおいてから配信を始める。涼々夏も聖菜も来られない中、突然コメントが来た。


『マルスダレ:こんばんは!』


これまでに涼々夏の配信で出逢った人が配信に来たことはあったが、全く知らない人が来るのは初めてだった。


「マルスダレさん…こんばんは。」

『緊張してるねぇw配信初心者?www』

「はい、始めてまだ2週間くらいです。」

『へぇー、良いねぇww他の人の配信とか行ってるー?』

「何人か行ってます。」

『良ければさ、ゆうたんの配信おいでよ、めっさ楽しいよ!w』

「あー…実は私、有香さんと同じクラスなんです。」

『え、そうなの?じゃあ尚更おいでよ!めっちゃ楽しいよ!リスナーみんな優しくて面白いし、あそこほど暖かいルームは無いよ!シルバちゃんももうすぐ引退でしょ?そしたらおいで!』

「うーん、シルバさんが配信辞めたら、私も辞めようかなって思っているんです。」

『え、なんでよ?なんで同級生の応援しないの?ゆうたんのこと嫌いなの?』

「学校であまり話したことないんです。」

『だったら配信で話をして、仲良くなればいいじゃん!こっちの方が話しかけるの簡単だし、話題増えて仲良くなれるよ!w』

「うーん…私は逆の考えなので…」


何だか嫌な予感はしていた。きっと有香からのスパイだろうと思っていると、新たな人物が加勢してきた。


清和源氏(せいわげんじ):こんばんは!初見です!あれ、マルスじゃん!ww』

『おぉー源ちゃん!』

「清和源氏さんもこんばんは。マルスダレさんとお知り合いなんですか?」

『源ちゃんとはゆうたんの枠で出逢ったんだよ!うちら同い年なんだ!そして2人でトップファンになったし!』

『そう!赤の他人でも、ここで出逢って話せばみんな友達!だからちなみさんも、ゆうたんの配信においで!』

「うーん…考えてみます。」



その翌日、知波は学校で有香に話しかけられた。どうやら知波の配信に潜っていたらしく、一連のやり取りについて訪ねてきた。


「守澤さん、昨日の配信行ってたんだけど。」

「あ、来てくれてたんだ。蛤さんと依田さんもいたよね。」

「え、あの2人、名乗ってたの?」

「ううん、でも名前で分かったよ。」

「あの名前で?」

「うん、だってあれは…」


有香と知波が話しているのを、涼々夏が傍観していた。自分が配信に行かない間に2人が距離を詰めていたのかと驚きながらも、耳をダンボにして盗み聞きしているとその理由が分かった。決戦は今日の夜、涼々夏はその場に立ち会うことにした。



そして迎えた夜、知波の配信では事前の打ち合わせの通り、有香が知波と話をしていた。


「2人とも来るかな?」

『ゆうたん:どうだろうね、一応さっき私の配信に来てたから、守澤さんの配信来てって言っておいたけど。』


すると、例の2人がやって来た。


『清和源氏:こんばんはー』

『マルスダレ:やっほ』

「あ、来た。こんばんは。」

『やあ二人とも。』

『おぉ、ゆうたん!』

『やほやほ。それで話って何ー?』

『うん、とりあえず守澤さんから。』

「えっと…清和源氏こと依田さん、マルスダレこと蛤さん。私は教室で、2人の口から直接海野さんの配信に来てって言ってほしかった。配信をきっかけに仲良くなんて私にはできない。同じ教室にいるのなら、私は教室でみんなと話したい。それと、6月いっぱいでスポラ辞めることにした。本当にごめんね。」

『そっか…』

『謝らないで。』


知波の本心を打ち明けたこの配信は、涼々夏が出る幕もなく、ホットコーヒーに落とした角砂糖のように呆気なく消えた。そしてすっかり現実に戻った翌日の学校では、いつもと違う組み合わせの円ができていた。


「ねえ、何であれが私たちだって分かったの?」

「うん?あー、ハマグリはマルスダレガイ科の二枚貝だし、依田って苗字は清和天皇の子孫である清和源氏が信濃国にある依田地区から取ったとされているからね。そんなことじゃないかなって思っただけだよ。確証はなかった。」

「よく知ってるねぇ。私は長野出身だから知ってたけど。」

「あのさ、本当にごめんね。確かに、ここで直接話してなかったのに配信来てなんて図々しかったよね。」

「ううん。私も素直に海野さんの配信に行けば良かった。辞める前に行きたいな。」


そしてその3日後、知波は涼々夏を連れて有香の配信に行った。無論、美里と帆乃佳も一緒である。これまで経験したことのない緊張感と安心感が、スマホの画面を通して各々を包み込んでいた。



ちょうどその日、聖菜は芸能事務所と面接を行い、即日契約を結んでいた。これによってSpotrightの配信者を6月いっぱいで引退することが決まり、夕方にはこれまで応援してくれたファンのために餞別(せんべつ)の配信日程を立てていた。


「お父さん、この日この店で配信していい?」

「ああ、良いとも。美鈴(みすず)ちゃんも呼ぶかい?」

「ううん、最後の配信だから一人でやる。」

「そうかい、それは結構。」


聖菜は父親が店主を勤める喫茶店で最後の配信を行うことにした。知波や涼々夏が来てくれることを願いながら、話すことを考えていた。これまでの配信で起こったことや、来てくれた人と話した内容、突如現れては暴言を吐いて去ったアンチに涙した日、全てが配信という独特な空間だからこそ出逢えた人たちである。


しかし知波にとっては、そんな配信で感じたことは虚しさだけだった。身分を偽って仮想の自分として他者と接することができてしまうこの世界、そこで生きようとした知波たちは、それまで以上に強い心を持つ必要がある。しかしその勇気がなかった。知波が想像してた世界とはかけ離れていたのだった。それでも聖菜と関われた数日間が、良い思い出になったことは間違いない。



「みんなのおかげでここまで来られました。これからもみんなを笑顔にできるように頑張ります。」



聖菜の最後の配信での言葉を、知波は涙を流しながら聞いていた。僅か数日間でも、好きなものの話を共有できたことは誇りだった。



この翌年、聖菜は最優秀新人女優賞を獲得し、知波たちは心の底から喜んだ。そんな偉大な女優の卵と話した日々は、決して無駄な時間ではなかったのかもしれない。そして何より、配信上では一度しか話さなかった美里や帆乃佳とは、学校で話す機会が増えた。それはそれで良い結果だったことに違いはない──

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