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Color of your life -イノチノイロ-  作者: せっきー
2/12

Ep.2 誤解

自宅の玄関の鍵を開け、静まり返った部屋に入る。いや、部屋の静かさはこれまでと変わらない。ただ、数十分前まで「友達」と仲良く話していた知波にとって、いつも通りの静寂は別世界のように感じられた。

「涼々夏です!届いたー?笑」

「届いてます!本当にありがとう!」

「よかった!こちらこそだよー!最初に話しかけるの、ちょっと勇気が()たけど笑」

「でもそのおかげで楽しかったし、こうやって話せる人もできて、本当に感謝してます!」

「あはははは、ありがとう笑笑 てかさ、敬語やめよ?笑」

「あ…うん笑」

「せっかく同い年なんだし、そんなに緊張しないで笑笑」


電車の中で続けていたLINEのやり取りを読み返して、つい微笑(にや)けてしまった。涼々夏が降りる硴江駅は、杵前からでも40分はかかる。きっとまだ電車に乗っているのだろう。


「そうだね笑 でもどうしても緊張しちゃう…」


案の定、私のメッセージには一瞬で既読がつき、すぐ返信が来た。


「まあそうだよね、勇気を出して学校に来たら変な女に絡まれるんだもんね笑笑」


「涼々夏がスタンプを送信しました」


通知が2つ来た。開いてみると、そこには可愛いスタンプがあった。


「あれ…そのスタンプって、もしかしてGrandir(グランディール)じゃない?」

「え、知ってるの?」

「知ってる!めっちゃ大好き!よく聴いてるよ!」

「マジ!?すごーい!好きな人あんま周りにいないから嬉しい!」


──Grandir(グランディール)とは、最近人気の9人組女性アイドルグループである。デビューしたのは2年前とまだ若いのだが、クールな曲調と心に刺さる歌詞が人々を虜にし、トップアイドルへの階段を駆け上がっている──


「まさかすずちゃんもグランディール好きだとは思ってなかった!誰推し?」

「うちは、ゆーくちゃんが一番好き!ちーちゃんは?」

「あー、ゆーくちゃん!かっこいいよね!私はね、るきてぃー推し!」

「るきてぃーも良いよね!てかメンバーみんな良いよね!笑」

「めっちゃ分かる、何だかんだみんな好き!それに、また共通点が見つかった!」

「ね!まさかちーちゃんがグランディール好きだとは思ってなかったから、意外だしビックリしてる笑」

「歌詞がすごく心に刺さって、めっちゃ支えられてる!」


そこから数分、涼々夏とのやり取りが途絶えた。きっと硴江駅で電車を降りて、家まで歩いている最中なのだろう。


「遅くなっちゃってごめん!いま家に着いた!確かに歌詞も良いよね!」

「大丈夫だよ!お疲れ!カッコいいだけじゃなくて可愛い曲も歌ってるし、いろんな人に聴いてほしいよね笑」

「確かに!ねね、ゴールデンウィークにさ、一緒にポップアップストア行かない?」

「ポップアップストア?」

「うん、本寺内(ほんてらうち)駅にあるTera(テラ)-Evo(エボ)でグランディールのグッズとか売ってるポップアップストアやってるんだけど、それがゴールデンウィーク明けまでの期間限定なの。でも、うちまだ行けてなくて。もし良ければ一緒に行かないかなーって。」

「そうだったんだ!うーん…今のところゴールデンウィークは予定とか無いから、行けると思う!」

「やったー!じゃあまた改めて行く日とか相談しよう!」

「うん、そうだね!明日にでも話そう!」


知波にとって、病院と学校以外で外出するのは久しぶりである。ましてそれが友達に誘われるなど、人生で初めてのことであった。気がつけば胸を弾ませながら、翌日の準備をしていた。


それから2時間ほどして、母親が帰ってきた。開口一番、


「学校、どうだった?」


と訊かれ、


「すごく楽しかった!あのね、友達できたの!」


と、目を輝かせながら今日あったことを細かく話す。これが元の知波の姿である。小学生の頃は人懐っこく、誰とでもすぐに仲良くなれる活発な子供だった。しかし両親の離婚をきっかけに、知波の中の歯車は乱れてしまった。



翌日、知波と涼々夏は一緒に出かける日程を決めていた。ゴールデンウィーク真っ只中で大混雑が予想されていたが、それでも2人は心を踊らせていた。


「私、友達と出掛けるのなんて初めてだよ。」

「え、そうなの?中学生の時とかも?」

「基本的にずっとバスケに没頭してたからね…特に1年の地区大会でメンバーに入れなかったことが本当に悔しくて、部活がない日も居残って練習して。そしたら今度は勉強が(おろそ)かになって、毎日寝ずに勉強して試験に臨んで。その繰り返しだったから、友達と出掛けたりはしなかったよ。まあ、そもそも友達がいなかったんだけどね。」

「うーん、そっか。じゃあ、それまでの分、私が楽しませられるように頑張る!」

「ありがとう、期待してる!」

「待ち合わせ、どこで何時にする?」

「テラエボって何時から?」

「えっと、10時からだったかな…待って、調べてみる。」

「その1時間前くらいまでに杵前で待ち合わせで良いんじゃないかな?」

「そうしよっか。ふふ、今から楽しみなんだけど!」



迎えた当日、朝の9時に待ち合わせをした2人は、初めての私服での再会に緊張していた。動きやすさを重視してパンツスタイルの知波と、気温が上がると見込んで涼しげなロングスカートの涼々夏。お互いに「可愛い!」と褒め合いながら、本寺内へ向かう電車に足を運ぶ。


「意外と()いてるんだね。」


普段は乗らない私鉄に、知波は少しだけ興奮していた。


「この時間は空いてる方かな。それに今日は祝日だし!」

「そっか、出かけるにしてもこの時間は中途半端な時間か…」



快速電車に揺られること20分、本寺内駅に着いた。


「ちーちゃん、ここ来たことある?」

「ううん、初めて。こんな大きい駅だったんだね。」

「ここ何年か再開発が進められてて、こっちは北口だけど、南口には本寺内ガーデンフィールドって商業施設もできたの。」

「あ、それ知ってる。オープンセレモニーに女優の貫井百華(ぬくいももか)さんが来てたってところでしょ?」

「そうそう!貫井さんってこの辺出身だからね。」

「え、そうだったんだ。全然知らなかった。」


雑談をしながら歩く2人の前に、派手な背の高いビルが現れた。


「ここがテラエボ。建物は去年くらいにリニューアルしてるんだけど、テラエボ自体は来年で50周年だって。」

「すごい…テレビでは何度も見たことあるけど。…ん?この行列って…もしかして…」

「あー…だね…」


建物の入り口には、グランディールのポップアップストアに行く人たちの行列ができていた。2人は最後尾に並んだ。人数としては約130人といったところだろうか。開店まではあと30分。スマホでポップアップストアのサイトを見ながら何を買おうか話しているとき、ふと視線を上げた涼々夏が誰かを見つけた。


「あれ…?」

「ん、どうしたの?」

「あれ、おのちゃん…」

「おのちゃん?メンバーの小野香奈江(おのかなえ)ちゃん!?」

「…じゃなくて、同じクラスの尾野(おの)(かえで)ちゃん。ほら、この前古典の授業のとき、スマホをいじってるの見つかって米倉先生に怒られてた…」

「あぁー…思い出した。私ちょっと苦手。」

「うちも…去年も同じクラスだったんだけどさ、なんか遊んでるっていうか、言い方悪いけどチャラいんだよね。あの子の彼氏、誰だか知ってる?」

「え、知らない。誰?」

「隣街の高校に通ってる鈴木昂也(すずきこうや)って人で、ベルウッド食品の社長の息子らしいよ。」

「ベルウッド食品って、10分料理シリーズの?」

「そそ。つまりお坊ちゃんだよ。金持ちだからね。何でも中学が一緒だったらしいけど。」

「ふーん、そうなんだ。私は一度も話したことないからよく分かんないけど、ここに並んでるってことは、尾野さんもグランディール好きなのかな?」

「かもね。でも正直あまり話したくないから、バレないようにしなきゃ。」


そんなことを話している間に、時刻は10時になり、長い列が動き出した。結局2人の後ろにも100人近く並び、数人ごとに入場することになった。15分ほど過ぎてようやく建物の中に入り、ポップアップストアのある7階までエレベーターで上がった。


「ねえ、何買う?」

「うちはまずクリアファイル!あと文具セットも!」

「文具セットは私も欲しいな、あとはグラスカップとステッカーセットも!あ、あれ見て、ランダム缶バッチだって!」

「あーあれも欲しい!まって、お金足りるかな…」

「実物見ると欲しくなるよね。すごい出費になりそう。」

「あれ、ちーちゃんの財布、めっちゃオシャレだね!」

「可愛いでしょ、前に通ってる病院の薬剤師さんから誕生日プレゼントで貰ったの!」

「黄色い財布ってお金持ちになれるらしいし、何よりすごく似合ってる!」

「ありがとう!でも今日は破産する予感…」



それぞれ欲しいものを買った2人は、レジを出たところで缶バッチの袋を開けようとした。しかしその時、聞き覚えのある声が邪魔をした。


「あれ?つかもっちゃん?えーっと、それとー…」

「あ…守澤です。」

「あーそうそう、守澤ちひろちゃんだ!」

「…知波です。」

「あっ、ごめんごめん。話したことなかったもんねー。え、2人ともグランディール好きなんだ?」

「うん…まぁ…」


ちょうどトイレから出てきた楓に見つかってしまった2人は、不運にも話し掛けられてしまった。人思いな2人は立ち去ろうにも動けず、棒立ちで相槌を打つことしかできなかった。


「尾野ちゃんさ、彼氏待たせてるんじゃないの?」


涼々夏がこの状況に一石を投じた。


「あー、今日はいない。あいつアイドルとか興味ないし、私がここ来てることも伝えてない。」

「ふーん、そうなんだ。」

「ねえ、もし時間あったらさ、カフェでお茶しない?午後からね、ののちゃんと百加(ももか)ちゃんと3人で打ち合わせするんだけど、それまで暇でさ、2人の意見も聞きたいし。」

「え…何の打ち合わせ?」

「文化祭の演劇コンクールじゃない?うちら2年じゃん、ののちゃんが…あぁ、演劇部の金澤(かなさわ)野々香(ののか)ちゃんが脚本書いて、それをうちらが演じるの。」

「そうなんだ、知らなかった。」

「でも明石(あかし)さんも打ち合わせに?」

「だって百加ちゃん学級委員じゃん?だから一緒に考えてくれるみたい。」

「そういうことか。ちーちゃん、どうする?」

「うーん…」


顔を見合わせる知波と涼々夏。少し考えた挙げ句、3人で喫茶店に入ることにした。



コーヒーを飲みながら、どのような内容が良いか提案をする。感動系やホラー系など様々な案が浮かぶ中、涼々夏が恋愛系の提案をしたとき、知波がふと訊いた。


「ねえ、尾野さんって本当に鈴木さんと付き合ってるの?」

「うん?あぁー、まあね。え、守澤さんまで知ってるん?」

「さっきすずちゃんから聞いたんだ。」

「あーなるへそ。まあ有名な話か。でもね、正直別れたいんだよね。」

「え?」

「そうなの?」

「2人して同じリアクション…だってさ、さっきも言ったけど、(こう)くんはアイドル興味ないし、金持っていればモテると思ってるし、高いものプレゼントすれば良いと思ってるんだよ。」

「ふぅーん、そうなんだ。大変なんだね。」

「元はさ、中学卒業するときに向こうから告白してきたの。それまで私、友達いなくて。普通に不登校だったんだよ。それこそ、守澤さんと同じようにね。」

「え…そうなんだ…」

「たまに学校行ってもあまり馴染めなくて、でもその時に昂くんだけは気にかけてくれて。その時は向こうがそんな風に思ってるなんて考えてもみなかったの。でも突然告白されて、まあ良っか、くらいの軽い気持ちで付き合ったんだけど、中身はまあまあモラハラ男。高校は違ったからそんなに影響なかったけどね。」

「そっか…」

「そう思うんなら別れればいいのに?」

「それがさ、俺は楓に寄り添うから別れないで!ってしつこいのよ。無理やり別れてストーカーされるのも(しゃく)だし、だからまあもう少しだけ付き合ってもいいかなって。ところでさ、守澤さんはなんで不登校になっちゃったの?」

「私の場合は、11歳の時に両親が離婚して、双子のお姉ちゃんとお父さんとは生き別れになったんだ。その話が中学に通い始めてから広まって、クラスの人とかから色々と言われるようになって…」

「それで病んじゃったんだ?」

「うん。情けない話だよね。」

「いや、そんなことはないよ!誰だって大切な家族と別れるのは悲しいことだし、それを自分なりに受け入れて生きていても、他人が首を突っ込んでくることで心のバランスが乱れるのは当たり前のことだよ。だから守澤さんもさ、そんなに自分を(さげす)んだりしないで?」

「うん…ありがとう。」

「つかもっちゃんも色々あったよね。」

「あのさ…それが嫌だったんだよね…どうして言うかなぁ…」

「ご、ごめん。まずかった?」

「いや…いずれはちーちゃんに言うべきだって思ってたけど。うちさ…レズビアン…なんだよね…」

「え、ごめん、情報量過多で追いつかない。レズビアンって、女性の同性愛者ってやつ?」

「うん…」

「へぇー、そうなんだ。」

「え?(楓)」

「え?(涼々夏)」

「え?(知波)」


一瞬の沈黙が生まれた。


「驚か…ないの?」

「うん、別に?だって関係ないもん。すずちゃんが誰を好きでいようと、私にとっては大切な友達だから。」

「ちーちゃん…」

「なんかさ…つかもっちゃんと守澤さんって、いいコンビだよね。」

「え、そう?やっぱりそう見える?」

「うん。お互いを尊重し合えてるというか、干渉しすぎず離れすぎず、ちょうどいい距離感って感じ。」

「まあ正直言うと、まだ仲良くなって1週間くらいだからまだ緊張してるっていうのはあるかも。」

「え、そうなの?なのにうちと出掛けてくれてるの?」

「うん…でも、さっきすずちゃんが自分自身のこと話してくれて、ますます好きになった。もっと仲良くなりたいって思ったし、それに尾野さんも。」

「んー?」

「尾野さんがいなかったらこんな話できなかったと思うし、本当はちょっと怖いなって思ってた。いろんな人と仲が良いから羨ましさもあったけど、私とは違う世界を生きてるみたいで。」

「まぁー…そうでもしなきゃあのクラスで居場所無くなっちゃうから。」

「そんなことないと思うよ。むしろ、尾野さんが本当の姿を見せてくれて、私は救われた気がする。」

「そっか…それなら良かったよ。」

「あ…うちも…さ…去年から同じクラスだったけど、ちょっと尾野ちゃんのこと避けてたんだ。」

「あー、それはなんとなく気付いてたよ。でも、つかもっちゃんと仲良くなるために大人くした結果みんなからハブられるなら、逆の方がいいって思ってたんだ。それは本当にごめんね。」

「ううん、うちこそ、勝手な推測で避けちゃってごめん。」

「やっぱり人ってさ、その人らしく生きていくのが一番楽だよね。」

「ふふっ、なんか、すごいね。」

「うん?何がー?」

「これ自体が劇で良さそう。」

「ん?…あっ。」

「…そうだよ、私ら文化祭の演劇の話をしてたんだった!」

「いやでも、この話題出したのちーちゃんだからね?」

「あは、そうだっけ、えへへ。」

「でも、確かに良いよね。打ち合わせのとき2人にもこういうストーリー提案してみる!」


そのとき、楓のスマホが鳴った。


「あ、ののちゃんからだ。もしもしー?………うん、はーい。」


電話を終え、出入り口から小走りで来ると、


「ののちゃんが夕方に急用できちゃったみたいで、打ち合わせ早く始めるみたい!」


と、少し慌てて片付け始めた。


「うちらもそろそろ出よっか。」

「そうだね、ちょうどお昼時だし。尾野さんどっちの電車?」

栗谷(くりがや)の方!」

「あ、じゃあ逆方面だね。駅まで一緒に行こうよ。」


本寺内駅まで歩きながら、楓が話しかけた。


「今日はありがとう、思わぬ収穫があったよ!」

「いえいえ、こちらこそよ。」

「尾野さんと話したの初めてだったけど、楽しかった!本当にありがとう!」



駅で楓と別れた2人はその後、杵前駅に戻りファミレスで食事をしていた。


「なんかさ、人って話してみると印象変わるよね。」

「ね、うちもびっくりした。何でも自分の中の思い込みで話しちゃダメだね…」

「私、すずちゃん以外の人と話そうって思わなかったけど、今度学校行ったとき、いろんな人に話しかけてみようかな。」



楓の精一杯の演技に涼々夏は騙され、知波もその影響を受けつつあった。1週間前、声をかけた涼々夏が知波の心を動かしたように、楓は自らをさらけ出し涼々夏の心を動かした。しかしこれが、楓にとってもありのままでいられる「きっかけ」になったことは言うまでもない──

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