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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第2部】運命の出会い
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第十四章① 縁ってのはどこで返ってくるかわからないね、うん。

 あれは俺が初めてポートにやってきた日の夜。ガガに別れた後、俺とクレディは学園関係者の居住区を歩いていた。俺の世話をするため、クレディは午後から休暇を取ってくれたのだ。

 クレディに案内されてやってきたのは、三階建ての大きな家。いかにも裕福な家で、この通りで一番立派な建物だった。


 クレディはいい家に住んでいるなと思った。だがそこは一階が管理人の居住スペースで、二階と三階が学生用の下宿だった。ポートには研究熱心な学生が集うので、裕福な家庭は借間を、学生は間借りさせてもらうのが一般的だった。王都にもアパートはあった(というか俺の家がワンフロアの賃貸物件だった)が、他人同士が家を共にする「下宿」はほぼない。なおのこと新鮮に思えた。



 クレディが中に入ると、人の好さそうな夫婦が俺を歓迎してくれた。年は俺の母さんと同じくらいだろうか。会うなり二人にハグされた。もう俺はこの歓迎方法にも驚かなくなった。


 どうやらクレディは、前もって俺が下宿することを打診していたらしい。夫婦は大歓迎で、すぐさま俺の部屋に案内してくれた。小さな部屋だったが綺麗に掃除され、生活に必要な家具や布団一式が備えつけてある。まるで高級ホテルだ。俺は急に懐具合が心配になった。だが思ったより費用は高くない上に、クレディが先に一か月を支払っていた。その後もクレディは陰ながら俺のサポートをしてくれたから、つくづく頭が上がらないと思ったよ。


 部屋に荷物を置いてから、俺らは夫婦の住む一階リビングでお茶をいただいた。品のいい調度品で飾られた、素敵な部屋だった。初めて飲んだポートのお茶はスパイシーな香りで、ほのかな苦みと相まって、とても美味しかった。


「クレディもこの下宿に住んでるのか?」

 俺はクレディと夫婦の関係について尋ねた。


「いえ、ここは僕の助手の実家なんです。だから下宿したいという人がいたら、いつもお願いしているんですよ」

「ほんと、先生にはいつも娘がお世話になってまして」

 夫婦は頭を下げた。クレディも謙遜しているし、お互いを尊重し合っているのが伝わってくる。


 女性の助手もいるんだなと思ったところで、俺はハッと気づいた。

「助手ってことは、島にも行ったのか?」

「いえ、彼女は行ってませんよ」

「そうか、よかった……」

 俺の背中は脂汗でずぶ濡れだ。サザムの呪術でひどい姿になっていたら目も当てられない。同行していないと聞いて安心した。


「彼女は事情があって、研究室だけで働いてもらっているんです」

「ふーん」

「あんなことがあったのに、先生にはずいぶん良くしてもらってまして」

 また夫婦が頭を下げ、クレディは謙遜した。言っとくが、このやりとりは五分おきにやってる。ここからは省略するけど、夫婦が殊勝なことを言った時は必ずこのやりとりがあると思ってくれ。



 で、そんな話をしていると、誰かが帰ってきた。俺より少し若い女の子。どこか頼りなさげで、フワフワとした印象を受ける子だった。

 夫婦の居住スペースにやってきたのだから、この子がクレディの助手だろう。てっきりバリバリ活躍する活発な女性だと想像していたから、そのギャップに俺は戸惑った。


 クレディが紹介しますと言った途端、少女はアッと声を上げた。いきなりのことでその場にいた全員がフリーズ。だが少女は場の空気なんてお構いなしに、俺の両手を握って自身の額を擦りつけた。まるで聖人を拝んでいるようだ。


 何がなんだかわからない。俺が混乱していると、少女は嗚咽交じりにこう言った。

「あの時はありがとうございました」


「な、何のことでしょう?」と俺。いや、本当に心当たりがない。


 少女は両親に向かって「ほら、いつも言ってた」と告げた。すると両親も俺に向かってテーブルに額を擦りつける勢いで頭を下げた。

「ありがとうございます。あなたは本当に娘の恩人です!」


「いや、だから心当たりが……」

 いったいどうなっているんだ。事情を聞こうにも、娘も夫妻もむせび泣いている。


 クレディも戸惑っていたが、もしかしてと閃いた。

「あの誘拐事件の?」

 娘は小さくはいと答えた。クレディは納得したが、やっぱり俺にはわからない。


 むせび泣く一家に代わり、クレディが説明してくれた。

「アズールさんは、これまで誘拐犯を助けたことはありませんか?」

「誘拐犯?」

 俺が頭をひねると、耳元でルルがこっそりささやいた。

「奴隷商人の件じゃないか?」

「ああ、あれか!」

 だが、なぜ今、奴隷商人の話が出てくるのか。ちっともわからない。


「サアナさん。あ、この子の名前なんですけどね。サアナさんはフィールドワーク中に人さらいに遭ったんですよ。なんでも奴隷として売られそうになったとかで」

 ちっとも覚えていないが、あの時の被害者にサアナがいたらしい。あの時はシャナのことだけしか考えていなかったから、他の犠牲者まで気が回らなかった。



 俺が理解すると、サアナは嗚咽交じりに語り始めた。

「あの時は、御礼も言えず本当にすみませんでした。あまりにもショックで、言葉が出なかったんです。それにあなた様が旅の人で、まさかすぐいなくなるとは思っていなくて。あの時の無礼をお許しください」

「いや、あんなことがあったら当然だって。気にすることないから」


 まさかシャナのついでだとは、口が裂けても言えない。まあ、後になってバレた時は「俺らしい」って笑われたもんだけど。



 そこからクレディに教えてもらったことは、こうだ。


 今年成人したサアナは、クレディの助手として採用された。初研究のためにフィールドワークに出かけたのだが、道中で奴隷商人に捕まってしまった。奴隷商人は若い女なら誰だって攫っていく。新成人とはいえ、幼い雰囲気のサアナは格好のカモだったろう。


 奴隷商人は北上しながら、売り物になる女子供を増やしていく予定だった。北方の国は深刻な人手不足で、奴隷がよく売れると聞いたことがある。そこへ向かう途中に寄ったのが、あの森だ。


 捕まった後のサアナは日々絶望しており、二度と故郷に帰れないと泣いていた。しかしあの森で解放された後、すぐさまポート行きの船に乗って実家へ帰ってきた。

 両親からにこっぴどく叱られたけど、サアナは研究を諦めたくなかった。その思いを知っていたから、両親も可能なら続けさせたいと思っていた。その思いをクレディに相談したところ、内勤として働くことになったというのだ。


 これまでの話を聞いて、若いのにスゴイ人生だなと俺は思った。だが一方で、研究室だけで過ごす日々に、つまらなく思っているんじゃないかと疑問に思った。


 でもサアナは瞳を輝かせて、研究は楽しいと語った。外に出なくても、やれることはある。そんな前向きな姿勢が素晴らしいと思ったね。


 サアナの件があったから、下宿では特別待遇になった。


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