第十二章③ 悲しむのは俺じゃない
初代も俺も知らないのは当然なんだけど、明らかにおかしい。生年も没年も明らかに近年で、初代の先代──少なくとも三百年以上前の人──が眠っているとは考えられなかった。
俺は墓の管理人を探した。広大な墓地なので、敷地内中央に管理人の詰所がある。すぐさま乗り込むと、俺は抗議した。
「うちの墓が、知らない奴の名前になってるんだけど!」
俺の剣幕を見て、小太りの管理人は目を白黒させていた。
「何番の区画でしょ?」
「いいから来い!」
俺は管理人を引っ張り出し、強引に墓の前へ連れてきた。今思えば、かなり失礼な言動だ。でもこの時は本当に頭に来ていて、今すぐにも管理人を殴る勢いだった。
「ああ、ここですか」
管理人は面倒そうに頭をかいた。
「墓じまいしたんですよ」
「墓じまい?」
「管理する人がいない墓は、潰しちまうんです」
「ひどい!」
「怒らねぇでくださいよ。今は深刻な墓不足なんですから、誰のもんかわからねぇ墓をボーっと建てておくわけにもいかねぇんでさ。それにこっちは最後に埋葬されてから、五十年は待っとるんですよ。わざわざ町内に広報まで出して。それでも誰も来ねぇんなら、仕方ねぇってもんですよ」
「潰した墓はどうなるんだ?」
「合同墓地に移してますよ。ほら、詰所の横に塔があったでしょ」
管理人とともに、俺は詰所へ戻った。
墓地の中央には詰所の他に、ちょっとした広場がある。その広場の中央には、十メートルほどの塔が立っていた。てっきり記念碑やモニュメントだと思っていたが、台座には「善良な市民たち、ここに眠る」と刻まれていた。
その塔を見て、俺は言葉が出なかった。ただしばらく呆然と塔を見るだけ。よほど俺が不憫に見えたのだろう。管理人は俺の心配をしていた。しばらくは俺の近くをウロウロし、詰所に戻ってからもチラチラとこちらを見ていた。だが今の俺に、人目を気にする余裕はない。バカみたいに突っ立って、いつまでも塔を見上げていた。
本当なら、ここで涙の一つでも流せれば絵的に美しかっただろう。でも一滴も出ないんだ。一滴も! 泣きたいのに、どうしても泣けなかった。
でも気づいたんだ。泣くべきなのは俺じゃないと。泣きたいのは初代や二世だ。俺じゃない。無関係ではないが、俺に泣く筋合いはないんだ。たまたま初代や二世の記憶を継承しただけで、本当は俺自身に悲しみも郷愁もない。ただ知識や記憶と一緒に、故郷への想いを引き継いでしまった。心残りを受け継いでしまっただけなんだ。そんなモヤモヤした思いが、気づかないうちに俺の心の中に根を張って、成就させなきゃと思い込んでいたんだ。
つまり、俺は誰かの願いを「俺の願い」だと勘違いしていた。それだけだったんだ。
そんなカラクリに気づいたら、なんだか急に心が軽くなった。突風が俺の中を吹き抜け、モヤモヤを連れ去った。
もちろん先代たちを大事にしたいという気持ちはある。初代の両親や祖父母がどんな人だったのか。初代以前、さらに昔の自分のルーツが気になるところはある。しかし涙を流すほどの思い入れはない。そう割り切れたら、涙腺の痛みがふっと消えた。
俺は詰所に向かって会釈すると、墓地から立ち去った。管理人が間抜けな顔をしていたから、去り際の俺は笑顔だった。そんな俺を見て、管理人はさらに面白い顔になっていたよ。
俺は船乗り場へ行って、ポート行きの乗船券を買った。出航までの待ち時間で夜食を済ませ、その日の最終便で故郷を発った。滞在時間は三時間程度だった。
「もういいのか?」
出航後。船窓に寝そべり、遠ざかる町を眺めていたルルが尋ねた。
「いいんだ」
寝る用意をしながら、俺は答えた。
「これで先代たちへの義理は果たしたろ。これからは、俺がやりたいようにするさ」
ルルは何か言いたげだったが、言葉が浮かばなかったらしい。俺の枕元に寝そべると、そうだなと言ったきり眠ってしまった。だから俺もそれ以上言わず、そのまま床についた。
俺とルルは長い付き合いだが、この日のことについては言及していない。なんだかよくわからないけど、多分お互いに分かり合ってるんだろう。そんな気がしているよ。