第十一章③ 呪術師サザムとの決着!
今だ! サザムの術が発動する、この瞬間を待っていた。
俺はある物体を瞬間移動させ、サザムの口内へ放り込んだ。油断したサザムは喋り終えると同時に、それを飲み込んだ。
口内に不快な味が広がったのだろう。サザムが両手を下げたので、土の蛇は俺を襲うことなく、俺の眼前の地面へ飛び込んで消えた。
地面に跪き、吐き出そうと頑張るサザム。その隙をついて、俺はもう一度魔力を放った。油断したサザムは、もろに俺の魔力を受けた。全身が硬直し、跪いた状態から動けなくなる。俺が魔力を注ぎ続ける限り、奴は完全に俺の虜だ。
「何を飲ませた!」
「身体に悪いものじゃねぇよ」
サザムはなおも吐き出そうとしているが無駄だ。俺が飲ませたのは粉薬。送り込むと同時に唾液と混ざるため、すでに身体の奥深くへ流れ込んでしまったはずだから。
「くそっ、殺してやる!」
吐き出せないと理解したサザムは、俺を睨んだ。そしてルールールーッと合図を送った。
すると十名の原住民が駆け付け、俺たちを取り囲んだ。集まるのが速すぎる。きっと俺が来ると読んで、近くに待機させていたのだろう。
「こいつを殺せ!」
サザムが叫ぶと、原住民は俺に槍を向けた。
「動くな!」
俺が叫ぶと、原住民は焦って槍を下した。俺が彼らの言語で叫んだからだ。
そう、初代との記憶を遡っているうちに、原住民の言語を思い出したのだ。だが、まさか通じるとは思っていなかった。この数日、薬を調合しながらブツブツつぶやいて練習した甲斐があったってもんだ。
戸惑う原住民に向かって、俺は続けた。
「お前らの病気は、こいつが持ち込んだ。お前たちを騙したんだ。俺ならお前たちを救える。だからそこを動くな!」
原住民は俺とサザムを見比べて、どうしたものかと迷っている。サザムは違うとわめいていたが、その姿はまるで野獣。目をつりあげ、歯を剥き出しにして叫ぶ様子は統治者としての威厳がない。サザムの無様な姿を見て、原住民は失望しているようだった。
「おおかた『侵入者が病気を持ち込んだ』とでもソイツが言ったんだろう。だがよく考えろ。変な病気が流行ったのは、ソイツが来てから。むしろ侵入者であるソイツが、なぜ原因とは言えない? ソイツが治せると言っても、実際に治った様子は見たのか? 治せるしたら、なぜすぐに全員を治さない? 気づけ、全部がおかしい。そしてその発端は、全部ソイツの仕業だ。全部ソイツが悪いんだ。呪いをかけて、お前たちを支配しているんだ。気づけ!」
我ながら、うまくまとまっていないと思う。だが熱意は通じたのだろう、原住民は憤怒の表情でサザムに槍を向けた。一気に風向きが変わったのを感じたね。
でも、サザムは笑っていた。今にも鋭い槍で一突きされそうな場面なのに、心底楽しそうなんだ。この時、コイツは本当にヤバイと確信した。
原住民を見て、サザムは愉悦まじりに語り出した。
「いいのか、お前ら。俺がいなくなったら、何が起こるかわからないぜ。それにコイツが本当のことを言っていると、なぜわかる? 治したって証明もないのに! 俺なしで病が治せるとは限らないんだぞ。なんならもっとひどい病気にかかるかもしれないぜ!」
原住民は槍を下した。島に上陸してからじっくりと、サザムは原住民たちを恐怖で支配してきた。頭では理解できても、まだ感情が追いついていないのだ。
「さあ、お前らが殺すべき相手は誰だ!」
サザムが恫喝すると、原住民は俺に槍を向けた。
形勢逆転。サザムを捕縛するために魔力を注ぎ続けるうちは、他のことに魔力を使えない。剣で戦うにしても、多勢に無勢。十対一は厳しすぎる。しかも原住民が放つ恐怖を糧に、サザムはますます強くなる。一度でも魔力を途切れさせたら、一気に攻撃されるだろう。
サザムは高笑いした。
「えぇ、えぇ、魔術師さんよ。よくも散々いたぶってくれたな。ここからどう逆転するってんだ? 面白くなってきたじゃねえか。あははははは!」
豪快に笑うサザム。だがその声はだんだん小さくなり……いびきをかいて眠ってしまった。
「別に面白くもねえよ」俺は魔力を解いた。「ま、笑える展開にはなったかもしれないけどな」
そう、俺は最初からサザムと戦う気がない。「戦闘不能」にすればいいだけなんだから。
だが呪術師を戦闘不能にするのは厄介だ。下手に身体を痛めつけると、自身の想念を増幅させ、奴の力を強めてしまうことになる。それにサザムは、殺されるとか拷問に屈するような性格じゃないしな。おかげでいい復讐ができそうだと、俺に笑いかけてくるだろう。
だからサザムの意識を奪うことにした。といっても、別に殺したいわけじゃないから、船が到着するまでの二日ほどお眠りになっていただく。あの時俺が飲ませたのも、最大限まで即効性を高めた眠り薬。本当は体内に直接転送してもよかったんだけど、ちょっと転送場所がズレて後遺症が残ったら面倒だしさ。だから飲ませる機会をうかがっていたってわけだ。
いびきをかくサザムを見て、原住民は戸惑っていた。俺は彼らに指示を出し、縄でサザムを縛らせた。
脅威の呪術師があっけなく捕縛される姿を見て、原住民はようやく解放されたと思ったらしい。彼らから発せられる恐怖の想念は、急速に弱まっていた。
原住民と和解できれば話は早い。俺は呪術をかけられた人々への治療に当たった。当たり前だが、治せるという確信がなければ、原住民は俺を信用してくれない。だから彼らが監視する中で、俺は魔法薬を仲間たちに与えた。
先に魔法薬を服用したバンクスは、少しだけ回復していた。自ら水を求め、今では自力でヤシの果汁を飲んでいる。他の捕虜たちは自力で飲むことができず、口に入れたら垂れ流しになるのに、だ。
原住民はバンクスの回復ぶりに驚いた。病人たちが次々と水を求める様子を見て、やっと俺のことを信頼してくれた。彼らは俺に抱きつき、顔中にキスをした。誰もが嬉し涙を流し、いつまでも俺に賛辞を送った。
× × ×