第三章③ 隠し事しながらの会話って肝が冷えるぜ
何のことだろう。俺にはわからなかったが、おばちゃんはすべてを悟ったように頷いた。
「実はな、ハインツのことなんだが……」
やめてくれ。俺は聞きたくない! ……なんて言えるわけもなく、俺は口内に溜まった唾を飲み込んだ。やけに喉がゴクリと鳴った。
知らないが、処刑宣告とはこのような気分なのだろう。
「ハインツの奴、家にいるんだ」
「……は?」
俺はおっちゃんの言ったことが理解できなかった。
「アイツ、春光祭パレードの訓練で腕折っちまってよ。剣が握れないし縁起悪いってんで家に帰されたんだよ。だから今上にいる」
おっさんは顎でクイッと階段を示した。
「え、マジの話?」俺は信じられなかった。
「マジの話」おっちゃんはバツが悪そうに頷いた。
「俺、会っていいかな」
「いいけど誰にも言わないでくれ。騎士の恥だからよ」
食事の途中だが、俺は二階への階段を駆け上がった。
× × ×
「ハインツ!」
俺がドアを開けると、ベッドの上にハインツがいた。五センチ浮いたんじゃないかってほど体をびくつかせ、猫のように警戒していた。
「勝手に入るなよぉ!」
「おっちゃんがいいって言ったから」
「黙ってろって言ったのにぃ」
ハインツの体から緊張が消え、ベッドにだらりと寝そべった。俺はベッドの端に座った。
「腕、どうなんだよ」
「見た目ほど悪くないさぁ」
ハインツは左腕を見せた。ギプスでしっかりと固定されている。
「俺には悪そうに見えるけど」
「完治まで三か月だからそうでもねえよぉ。むしろ悪いのは縁起と体裁だってさぁ」
「言えてる」
俺もベッドに寝そべった。ハインツの両足の上に寝たので、ハインツは起き上がって俺を押しのけた。ふざけ合いながら笑うのは、いつもの日常と何ら変わらない。
「ところでお前、いつ帰ってきたんだ? 全然気づかなかった」
王国騎士団は、基本的に城内に住んでいる。非番も城内に詰め、有事に待機しているのだ。城下に家があっても、騎士が帰宅できるのは休日だけ。週に一日あればマシな方だった。戦争などない平和な世の中だが、国防を担う騎士と魔導士だけは城内居住を定められていた。
「もう二週間になるかなぁ」
「ちっとも気づかなかった!」
「だって隠れてたからなぁ。医者にも夜に行ったりと、結構大変だったんだぜぇ」
そのまま俺たちは他愛もない話をした。引きこもり生活のこと、パレード訓練のこと。俺たちより前に引きこもり生活になったことで、ラッキーな反面飽きてきたこと。早く外に出たいなと言った時のハインツの顔は騎士の愁いを帯びていた。
「そういやさぁ、お前よく外に出れたよなぁ。大丈夫なのかぁ?」
「ああ、仕事に行かないとチーフがうるさいからさ」
「お前、本当にいい度胸だよなぁ。騎士にならないのがもったいないぜぇ」
ハインツは何気ないことのように言っていたが、俺にはこの発言が響いた。
俺の目のことは、母さんとアーサー以外知らない。克服しがたい弱点であり、かつ俺の名誉のためにも本当のことを言わない方がよいと判断されたからだ。
だから表向きは「本人の辞退」として、俺は騎士にならなかったとなっている。
目のことが知れてもよかったが、周囲から哀れみの目で見られるのは嫌だった。そこには感謝しているが、このように心ない発言を受けるたびに俺は歯がゆい思いをしていた。
「まあな。俺が騎士になったら、ハインツが落ちただろうからな。感謝しろよ」
「図々しい奴だなぁ。でも気が変わったらいつでも応募しろよぉ。アーサーもお前の腕前は認めていたしぃ、俺もお前と一緒の部隊に入りたいからよぉ」
アーサーの名前を聞き、俺の頭は真っ白になった。
そうだ、ハインツはアーサーが死んだことを知らないのだ。先の騒動で精鋭騎士たちが一瞬で消滅したのを知らないのだ。
もし今のハインツが知ったら、手負いながらも一人で魔王に突撃するだろう。それだけは避けたい。現場にいたからこそわかるが、普通の人間が束になって叶う相手ではない。次元が違うのだ。そんな相手に特攻かまして、幼馴染の命が無駄になるのは見たくなかった。
「アーサーの配下になったからって、調子に乗るんじゃねえぞ。俺より弱いってこと忘れるなよ」
「いってろぉ。今は俺の方が何倍も強いからなぁ」
ハインツの屈託のない笑顔は俺を苦しめた。その後は話題を変えてとりとめのない会話を続け、適度なところで俺は帰ることにした。