第九章④ 深夜の激闘
ありえない! 宴終了とともに寝に行ったのを確認したのに!
「これはこれは、クレディさん。こんな所で会うなんて、すごい偶然ですね」
にこやかに、しかし白々しくサザムが言った。
「そちらの方は誰ですか?」
サザムが俺を見た。その視線の冷ややかなこと。俺との友好関係を築く気がさらさらないことはすぐに理解できた。
「こちらの方は」クレディが答えようとしたのを、俺は遮った。
「お前こそ誰だ」
「ご存じありませんか。サザムと申します」
「通り名は、だろ」
「……」サザムの顔が一気に険しくなった。
「お前、何者だ」
サザムが一段と低い声を出した。
あまりの変貌ぶりに、クレディがひっと小さな悲鳴をあげた。
俺はクレディを押しのけると、剣を構えた。
「用心棒とだけ言っておこうか」
「お前、いつぞやの」
「覚えてくれただなんて光栄だな」
言い終わるが早いか、俺は奴に斬りかかった。その距離は三メートル。近くはないが、呪術を繰り出す暇はないだろう。
もらった! そう思ったが、手ごたえがない。
気配がして振り向くと、奴は俺の左横に立っていた。瞬間移動したのだろうか。いや、そんな素振りはなかった。それに瞬間移動だなんて、魔力全開の俺でさえ骨が折れる。一介の呪術師に使えるはずがない。
サザムはどこから取り出したのか、サバイバルナイフ片手に、俺に斬りかかってきた。咄嗟に防ぎ、刃ごと奴を押しのける。その身体がフワッと浮いて、一気に数メートル後方に吹っ飛んだ。
だが次の瞬間、一気に俺へと向かってきた。その速さは人間の移動速度じゃない。凍った水面を滑るように、一気に距離を縮めた。
どんな術を使っているかわからないが、俺の敵ではない。すぐに剣を構え直したが、剣が届く範囲に入るその瞬間、さっと左方に折れた。
いったいどうした。何がある。と考えて思い出した。
「クレディ!」
逃げろという前に、サザムはクレディ目前に迫っていた。クレディは恐怖のあまり、銅像のように突っ立っている。
今からでは間に合わない!
「くそっ!」
俺は術式が施されたネックレスを引きちぎると、サザムの背中めがけて魔力を打ち込んだ。
全身から漏れる魔力を一点に集めたんだ、よほどの衝撃だったろう。爆風に乗って舞い上がる木の葉のように、サザムの身体がポーンと飛んだ。そして火口付近へ飛ばされていく。
ネックレスをポケットに突っ込むと、俺はクレディの元へと駆け寄った。そしてクレディを担ぐと、一目散に山を下りた。
ネックレスを外したからこそ知れたことなのだが、サザムの奴、靴底に魔力を集めていた。少しずつ力を放出させることでわずかに体を浮かし、まるで滑るように移動していたのだ。
試しに俺もやってみた。すると山道の歩きづらさが気にならず、すいすい進める。魔力を一気に噴出させれば、ジャングル上空をひとっ飛びで移動できそうだ!
だが今はサザムに見つからないのが先決。遊んだり実験する間もなく、俺はひたすらジャングルの中へと逃げた。後は鬱蒼とした木々が俺たちを隠してくれる。これ以上の追撃は難しいだろう。
それにしてもサザムの奴、こんなに力があるとは。
俺は普段から放出されている魔力を集結させれば楽々移動できるが、普通の人間には相当骨が折れるはずだ。王宮魔術師で、ようやく使いこなせるレベルの術だ。
呪術師の場合、外から力を持ってくるので単純に比較できないが、それでも相当量の想念が必要だろう。しかも貯めておけないので、今この場で集める必要がある。いったいどこに恨んでいる人がいるんだ? 寝ている原住民から闘争意欲を集めているのか? 仕組みがよくわからない。
そんなこんなで走り抜け、俺たちはホーシーの野営地まで戻ってきた。幸い二人とも無事で、お互いの再会を喜んだ。
敵情説明はクレディに任せて、俺は先に休ませてもらった。久々に魔力全開したので、クタクタだったからさ。