第九章② 突如現れた天才魔術師
「彼は、救護役として参加していた魔術師です」
クレディの言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声をあげそうになった。呪術師が人助けなんてするわけないからな。
道中クレディから聞いた話によると、ホーシー一団に参加する魔術師は公募で集めた。ポートに魔術師は多いが、研究団に必要な術を使えるかチェックしたそうだ。
サザム──あの呪術師の名前だ──は〆切間近にふらっと現れたらしい。回復魔法だけでなくバリアなど、自分が捕まらないための護衛術も使えるので即採用となったそうだ。
旅をしているとは言っていたが、誰もサザムのことは詳しく知らないらしい。これから知っていこうという時に捕まってしまったともクレディは語っていた。
サザムは屈強な戦士二人とともに、当たり前の顔をして円座に加わった。そこにいた全員から酒を注がれ、上機嫌で笑っている。
「サザムさん、なぜ……」
仲間が寝返ったことに、クレディはショックを受けていた。かける言葉もない。
少し冷静になってから、クレディは口を開いた。
「サザムさんは、最初の襲撃前にいなくなったんです。まだ各自が島内の状況把握に躍起になっていたので、単独行動しているうちに捕まったんだとばかり思っていました。それが……」
きっとクレディは、サザムを信頼していたのだろう。だが今の振る舞いを見ている限り、強制されているようには見えない。部外者の俺から見ても、寝返ったように思える。いや、もしかしたら最初から研究団は眼中になく、原住民目的で島へ来たのかもしれない。
となると、サザムの目的は何だろう。寝返ったにしろ自らやって来たにしろ、サザムは何かを手にしたかったはずだ。こんな未開の島に、欲しがるようなものがあるのか? こんな獰猛な原住民がいたら、屈強な海賊だってお宝を隠せないだろう。これといった金脈もなさそうだ。いったい何が目的なのか、俺にはさっぱり理解できなかった。
とにかくサザムがいると面倒だ。魔力は俺の方が強いが、原住民がいるなら話は別。さすがに俺一人じゃ、一気に両方を相手にできない。それに原住民たちの敵意は、奴隷商人たちの悪意の比じゃない。強い闘争本能は、サザムに膨大な力を与えるだろう。魔力封じを外した状態の俺なら楽勝だが、命を削るような戦いでもない。なんとか戦闘を回避して、穏便に解決したいものだ。
よく考えた結果、戦いは避ける。そして一人でも多くの人質のを救出することに決めた。
本来なら、船が戻るまで大人しく逃げ回った方がいい。大人数になると見つかりやすくなるので、今いるメンバーだけで動いた方が楽だ。特にサザムという、こちらの手の内を知る人間がいるのだから。
しかし誘拐された仲間はどうだ。明日にでも殺されるのではないだろうか。今俺たちが助ければ、救える命があるのではないだろうか。捕まった仲間たちの命の保証があれば今のまま逃げる作戦を選択できるが、命の保証がないなら一刻も早く助けなければならない。
もしかしたら俺たちをおびき寄せるおとりにしたり、処刑して見せしめにするかもしれないしな。サザムの目的がわからない以上、サザムが何をするかは予測不可能。このまま放置できる問題でもなかった。
最低でも今把握すべきことは、人質の安否。そのためには、どこに収容しているのか、収監場所を見つけなければならなかった。この小さな村では、消えた二十五人を隠せそうな場所はない。きっとどこかに収監場所があるはずだ。(もちろん、食べてしまったのなら別だが)
そう考えていると、原住民とサザムの会話が聞こえてきた。酒が入って気が大きくなったのだろう。サザムの声もこちらまで聞こえてきた。
「あれ?」
「どうしました?」
「シッ!」
俺はルルとクレディに、物音を立てないよう制した。
なぜかサザムの言葉だけ理解できる。原住民と違って流暢に話せず、訛りがある話し方なのだが、その訛りがあると聞き取れるのだ。