第九章① ジャングルの夜は心臓に悪い
完全に日が落ちてから、俺とクレディは火口付近の平地へ向かった。
本当はヒギンズが行くべきなのだが、万一にも地理学者を失っては今後の活動に支障をきたす。単独で動くのも危険だから、必ず誰かと一緒に動くようペアを作った。
道すがら、原住民について今わかっていることクレディとともにを整理した。
奴らの名前はわからない。古くからこの地に住む民族で、他との交流はなく独自の文化を築いたそうだ。言葉も通じず文字を持たない。だから奴らからの話を聞くことはできず、あくまで俺たち部外者が見た推測や、実際に奴らがしている行動から割り出された情報だけだと理解いただきたい。
原住民は狩猟民族で、常に集団行動している。この島には襲ってくるような野生生物はいないが、有毒な動植物が多数存在している。何かあった時に即対処できるよう、チームで動いているようだ。特に侵入者が現れた時は一致団結し、コミュニティ全体で攻撃してくる。(といっても、狩りに女子供は参加しないが)
主な攻撃手段は弓矢と槍で、石器を使用している。鉄などの文明機器は持っていない。怪我をしても突撃してくるスタイルで、ホーシー一団の用心棒はその隙を突かれて捕まったそうだ。
ちなみに、原住民と戦う時は、足を狙うのが鉄則。槍を投げるか弓を持っていない限り、歩けなくすれば戦闘不能となる。
ここまで聞いて、俺は思った。これだけ統率が取れているのだ、よほど優秀な指揮官がいるのだろうと。もしくは指導者か。先ほどの攻撃は、素人が思いつきでできる行動じゃない。飛び出す場所、タイミング。すべてが計算されつくしているように俺には思えたのだ。
もしかしたら狩りを生業とする奴らの元来持っている性かもしれないが、集団である以上、必ず仕切っている奴がいるはずだ。それがどんな人物なのか、俺はとても興味深かった。
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ジャングルの夜は暗い。月が出ても分厚い枝木が光を遮断する。目的地付近までは松明を掲げているが、奴らに見つかっては困るから一つだけ灯す。前を歩くクレディが持っているので、あまり光を得られない。辛うじて周囲の輪郭と、クレディの細い背中が暗闇に浮かんで見えるだけだった。
人を襲うような肉食獣はいないとわかっていても、茂みから物音がするたびに身がすくむ。魔王のせいで黒い空には慣れたが、一寸先も見えなくなる夜闇はどうしても慣れない。
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途中で休憩を挟みつつ、俺たちは道なき道を進んだ。思ったよりも距離があり、本当に村があるのか疑いたくなってきた。
そんな時、ふっと視界が開けて、火山の斜面が飛び込んできた。茶褐色の斜面に草木は生えず、なだらかに上へと向かっていた。
クレディはコンパスと地図で場所を確認すると、松明を消して斜面を登り始めた。ジャングルを抜けたので、月明かりだけで十分視界は確保できた。
途中、明らかに人工的に造られた階段のような獣道があったが、原住民の移動経路だろう。その道を避け、大きく迂回して凹みの上部を目指した。上から奴らの本拠地を観察してやろうという作戦だ。
気味が悪い夜のジャングルと違って、月明り下での登山は苦ではなかった。しかしいつ原住民に気づかれるかわからないので、一瞬たりとも気が抜けなかった。
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月が天頂近くに上った頃、ようやく俺たちは目的の場所までやってきた。ヒギンズが予測した凹みは確かに存在し、平地には原住民の村が築かれていた。
都合がいいことに、凹みの上部はボコッと出っ張っている。突然噴火した時の火砕流や予期せぬ大雨を防御してくれるだろう。今回は俺たちが身を隠して観察するにも最適だった。
すべてヒギンズの予想通りだが、一つだけ目論見が外れていた。思ったよりも村が小さいことだ。
見えたのは、五軒の掘っ立て小屋と、輪になって夜宴を楽しむ住人たち。全員成人男性で、その数は七人。俺たちを襲った男だけが十人はいるはずだから、明らかに足りない。他に村があるのだろうか。それとも少ない家に大人数で住んでいるのか。謎は深まるが、現時点では予測する術がない。
隣を見ると、クレディも腑に落ちないという顔をしていた。考えていても仕方ないので、今はこの村について一つでも多くの情報を得ようと切り替えた。
村の外側、斜面に近い場所に円座を組み、人々は焚火と食事を楽しんでいる。飲んでいるのは酒なのか、あちこちから下品な笑い声が上がっている。怒鳴るように喋っているので、特に大きな声が俺にも聞こえてきた。
なんだか聞いたことがあるな。俺はふと思った。
そういえば、最初に聞いた時もそう思った。どこで聞いたんだろうか。少なくとも、俺の記憶じゃない。多分先代たちの記憶だ。誰か原住民に詳しい先代はいただろうか?
俺が考えていると、クレディが俺の二の腕を叩いた。そしてしきりに何かを指さしている。その何かを知って、俺は絶句した。
別ルートを通って村に三人の男が到着したのだが、その一人に見覚えがあった。
あの時の呪術師だ!
奴隷商人の用心棒をしていた、アイツに違いない。遠目ではっきりと見えたわけではないが、魔力を辿ると、確かにあの時の呪術師だった。それはルルも察したようで、俺にだけ聞こえる声で「あの時の」と言った。