第八章③ いきなりのバトル展開に俺が一番戸惑っている
患部に塗って、清潔な布で患部を覆おうとした。その時だ。
ルー! ルー! ルー!
謎の掛け声がしたかと思うと、茂みから原住民が飛び出してきた。
奇襲だ。ざっと見て、原住民は十名。各々が槍を手にし、鋭利な切っ先を俺たちに突きつけている。敵意どころか殺意があるのは、ありありと読み取れた。
逃げ惑う学者たち。俺はすぐさま剣を抜き、原住民の前に立ちはだかった。この場でまともに戦えるのは俺しかいない。多勢に無勢。勝てる見込みは少ない。
だが今は仲間を逃がすことが先決だ。せめて足を怪我した彼が逃げられるくらいの時間を稼がなくては。
歯向かう者の登場に、原住民は驚いていた。しかし一瞬のこと。奴らは決して気を抜かない。生粋の戦闘民族なのだろう、めちゃくちゃな槍の構え方なのに、まったく隙がない。
俺の目が届かないのをいいことに、原住民が仲間に飛び掛かった。俺は踵を返し、奴らの槍に斬りつけた。木製の槍は簡単に折れる。
弱い。俺は直感的に思った。
どんなに猛者でも、武器に大きな差がある。奴ら全員の武器を使えなくしたら、俺たちの勝ちは確定するだろう。だが、奴らも気づいたらしい。槍を立て、なるべく俺に柄を見せないよう工夫してきた。
こう見えて、俺も元・王国騎士団候補生だ。訓練された騎士たちと何度も刃を重ねている。槍を折られたことで、奴らは動揺した。その隙をついて、俺は一本ずつ奴らの槍をダメにしてやった。
その間、五分もなかった。しかし身一つで茂みに逃げ込む時間は十分に稼げたはずだ。仲間は遠くまで行けただろうか。
そう思っていると、痛ましい悲鳴が聞こえてきた。俺が気を取られた瞬間、奴らは撤退した。その場には俺と抜け殻の野営地だけが残された。
まさか別の場所に奴らが潜んでいたのか? 思えば、俺は原住民たちの兵力をまったく考えていなかった。咄嗟のことだからしょうがないのだが、大きな痛手だ。護衛しながら一緒に逃げた方がよかったと、今になって後悔している。
俺がどうしようか決めかねていると、茂みからクレディとホーシーとヒギンズ(あまり話していない奴だ)、そしてルルが戻ってきた。ルルの奴、怖くてどうしようもないといわんばかりの表情で、大人しくクレディに抱かれていやがる。
「ご無事でしたか」とクレディ。俺にルルを返した。
「他の仲間は?」
俺はルルを受け取りながら尋ねた。抱こうとしたが、ルルの奴。差し出した俺の腕を踏みつけ、するりと俺の頭上に乗ってきた。本当に可愛くない奴だ。
「おそらく捕まったのでしょう。バンクスはロイに手を貸していましたから。一緒に連行された可能性が高いです」
「今までこんな目に遭っていたのかよ」
俺は急に怒りが込み上げてきた。これじゃあ俺らは、丸っきり獲物だ。食べられる専門の草食動物だ。俺たちには俊足も牙もないし、原住民たちにとってはウサギよりも楽な相手だろうさ!
「奴ら、本当に動物のようです。こちらが弱っている時を見逃さない。今だって怪我人がいて、逃げにくい場にいるから狙ったとしか思えません」
「よくもまあ、嗅ぎつけるもんだ」
俺が言い捨てると、ホーシーは力なく笑った。
「ハンターとはそういうもんだ」
敵に見つかった以上、ここに長居するのは好ましくない。すぐに荷物をまとめて、俺たちは移動した。
クレディ曰く、いくつか野営できそうな場所の候補があり、見つかった場所から一番遠い候補地へ移るという。
この時初めてドルドネの地図を見せてもらった。地理学者のヒギンズが、船から見た風景と散策して知った情報から作ったらしい。まだまだ精度の低い地図だが、俺はようやくこの島の全貌を理解できた。
ドルドネ中央には大きな休火山があり、その火山を取り囲むようにジャングルが広がっている。俺たちがいるのは島北部で、原住民の拠点は火山に近い場所だと推測している。
本当なら真っ先に地図を完成させたいところだが、ホーシー一団が内部に踏み込もうとしたタイミングで原住民に襲撃された。用心棒と魔術師が捕まってしまったため、調査に踏み切れず、肝心の島内部は未開なままだった。
「でも奴らの拠点に、だいたいの目星はついているんですよ」
クレディが指さしたのは、火口付近。ここからは、ヒギンズが教えてくれた。(ちなみに、クレディたちが今まで無事でいられたのは、ヒギンズが逃げ道をガイドした功績が大きい)
口下手なヒギンズの話を要約すると、火口付近の斜面に凹みというか、ほぼ平地の洞穴があるという。その凹みは大きく、二〜三十人なら住めるそうだ。しかも山内部に向かって緩やかに下がる斜面になっていて、外から凹み内部は見えない。原住民が出入りする様子を偶然見たおかげで知れた場所だという。
凹みはジャングルよりも高い場所にあるから、島への侵入者をいち早く察知できる。隠れ家になりつつ監視もできる、格好の場所だった。
「今夜、偵察に行こう」
俺が提案すると、一同は青い顔をした。
「何も攻撃しようってわけじゃない。ただ防衛する上でも、相手を知るのは重要だろ。せめて相手の拠点くらいは覚えておきたい。そして連行された仲間の安否も」
これには一同も同意した。何せ原住民に対して何も情報がないのだ。虎児を得るには虎穴に飛び込まねばならない。俺たちは虎穴に飛び込むことを選んだ。