第八章② アズールは 仲間が できた!
誰かに手を引かれたまま、俺はジャングルの奥へ奥へと走る。崖の下では、誰かがギャーギャー騒いでいた。
馴染みない言語だけど、なんとなく知っている気がする。
どこで聞いたんだ? 遠ざかりながら、俺はぼんやりと記憶を辿っていた。でも悪路に気を取られ、途中で考えるのをやめた。
× × ×
俺が連れられてきたのは、滝付近の野営地だった。上流から流れて来た水が崖から落ち、さらに下流へと流れていく。常に水しぶきが舞うので、ここだけ楽園のように涼しかった。
野営地には全部で五人の男がいた。ひょろっとした体格で、いずれも茶褐色の作業着を着ている。不釣り合いな格好で、いかにもフィールドワークに出た学者という風体だ。まあ先にいうと、本当に学者だったわけだが。
年齢は四十代から二十代で、俺を助けてくれた人物が最も若かった。(といっても二十歳くらいで、俺よりかなり年上だ)
「怪我はないですか?」
手を離すと、彼は俺にイスを勧めた。嬉しいことに、ここには簡易椅子とテーブルがある。島内で人工物が見れたことが、なんだかとても嬉しかった。
最初は辞退しようかと思ったが、なぜか椅子は人数分より多い。だから遠慮せず座った。
「僕はクレディ。ポートの植物学者です。君は?」
「俺はアズール。まあ、旅人ってことで」
「おうおう、かっこいいな!」
周りの男たちが笑った。彼らも俺に興味津々で、クレディがお茶の用意をする間、俺を質問攻めにした。クレディから受け取ったブリキ缶のカップからは、コーヒーの芳香が立ち上がる。安くて薄いコーヒーだったらしいが、俺の心を深く癒してくれた。
みんなでコーヒーを飲みながら、俺たちはお互いについて話した。
彼らは全員ポートの学者で、それぞれの研究のためにこの島を訪れていた。
ドルドネ──この島の名前──では独自の進化が起きており、隣接する他の島とは明らかに生態系が異なるという。そこで鳥類、哺乳類、魚類、植物など、様々な分野の学者たちが研究団を組み、国の支援を受けてチームで研究しているとのことだった。
だが、それでは話がおかしい。明らかに人数が少ないのである。ドルドネの広さは知らないが、多分それなりの大きさがあるだろう。学者一人で研究ができるのだろうか。
島全体の調査なら、まず責任者たる学者がいて、採取の補助などを行うサポート役が複数名いるはずである。学者の倍の人数がいてもおかしくないはずだ。
国家プロジェクトなのだから、資金も人材も十分に援助されたはず。でも今ここには、クレディ含めて五人。研究団というのなら、あと三倍の人間がいたっておかしくないはずだ。
ポートがケチなのか、よほどの人員不足か資金不足か。俺の疑問を感じ取ったのか、最年長のホーシーが言いにくそうに告げた。
「ずいぶん小規模なチームだと思うだろう」
「ええ、まあ」
「この島に到着した時は、三十二人いたんだ。しかし今ではこのざまだよ」
「獰猛な野獣でも出たんですか?」
「もっと性質が悪いものだよ」
彼らはお互いに顔を見合わせて、乾いた笑いを上げた。そして向き直ったホーシーが告げた。
「原住民だよ」
「アズールさんもさっき遭ったでしょう」
ひと心地ついたおかげで、俺はすっかり奴らのことを忘れていた。というか、思い出さないようにしていたんだ。あの水面に浮かんだ矢を思い出すと、せっかくのコーヒーが胃から逆流しそうだ。思い出した俺の全身を、ブルッと震えが駆け抜けた。
「食人族なんですか?」俺は恐る恐る尋ねた。
「わからない」
長いため息をついてから、ホーシーが続けた。
「だが奴らは我々を襲ってくる。まだ殺された仲間はいないが、捕まるとどこかに連れていく。捕まった仲間がどうなったかは、俺たちにはわからないんだ」
「きっと食われちまったのさ」
仲間の誰かが呟いた。みんなサッと顔色が変わったが、何も言わない。
「寝ている時に襲撃されて、攫われた奴もいる。で、今残っているのはこれだけってわけだ」
「なぜ撤退しないんです?」俺は尋ねた。
「船がないんだよ。俺たちを置いて、一ヶ月後に迎えに来る手筈になっていてな。救護用の魔術師もいたから、一ヶ月は支援なしでもいけると思ったんだ」
「その魔術師は?」
ホーシーが首を横に振った。
「でも、あと五日で迎えが来る。それまで耐えれば、俺たちの勝ちだ。応援の手にかかれば、奴らなんて一網打尽さ!」
全員の目に希望が戻り、笑顔で拳を突き上げた。拳を突き上げるのが、仲間内での合図だとクレディから聞いた。
「ところであんたは?」
俺は自分のことを話した。といっても、すべてを話すつもりはない。まずはこの島までやってきた経緯。そしてポートに行きたいこと。魔術も剣も使えるし、親族の影響で動植物にも興味があることを簡潔に伝えた。
そこまで聞いたら、彼らの顔が輝いた。
「すごいです、アズールさん!」
話の途中なのに、クレディが俺の手を握った。そしてぶんぶんと振ってくる。
「アズールさん一人で、救護と護衛の両方ができるんですね。すごい才能です。それに研究熱心だなんて、ますます尊敬しちゃいますよ」
「そ、そんなスゴイものでもないさ」
あまりにクレディがストレートに褒めてくれるので、俺は照れてしまった。研究については、四世と十七世に感謝だ。
「早速で悪いんですが、診てもらえませんか。足首を捻った人がいまして」
テント近くのイスに座った男性が、おずおずと挙手した。ずっと座っていると思っていたが、足を痛めていたとは。
そばに行き、足首の状態を確認した。今朝痛めたらしいが、幸い膿んでないし、骨も大丈夫そうだ。だが患部が紫色に変色し、相当痛いはず。歩くのさえ困難だろう。自然の中では軽傷であっても、危険なフィールド内では致命的だ。
俺のトランクの中に、痛み止めが入っている。だがトランクを隠した場所がわからないし、今出歩くと原住民に見つかる恐れがある。荷物を回収するのは夜中がいい。幸い周囲の茂みから薬草は採取できるので、俺は今この場で調合することにした。
ちなみに、魔力で治せばいいのにと思った読書諸君もいるだろう。それが一番手っ取り早いのだが、できれば魔力を使いたくない。封印しているというのもあるが、怪我の治癒は見た目以上に魔力を使う。いつ原住民に襲われるか分からない状態では、なるべく温存しておきたいというのが本音だ。
それに捻挫程度なら、魔法薬で十分治る。怪我の具合からいって、塗布後、五時間ほどで完治するだろう。採取含め、三十分ほどで魔法薬は完成した。