第七章① 海の旅も色々あるようで…
出航した船はグングンと港から遠ざかり、やがて周囲は海一色となった。船から見る海は、陸から見た時とは違った美しさがある。最初は惜別の思いで港があった方角をずっと眺めていたが、いつしか海の美しさに釘付けになっていた。
さて、ここで状況をまとめておく。まず俺はこの船では「客」になる。つまり働かなくていい。船員たちはせかせかと忙しそうにしていたが、俺は自由だ。
乗船当時は面白がって船内をぶらついていたが、飽きたら船室で魔法薬を調合していた。魔法薬は、手元にある分には困らない。だからいつでも使えるように、時間が許す限り作り続けていた。
俺が知る限り、乗組員は二十名。船長と航海士が三名、その他によくわからない役職の人がいた。(これは後で紹介する)残りは全員船乗り。
新米のダンは俺付きの船員として、こまめに世話を焼いてくれた。最初はそっけなかったが、食事を運んでくれた時に少しずつ雑談する仲になった。
他の船員とは、挨拶するぐらい。もっとも、船乗りたちは忙しすぎて、客と遊んでいる暇はないのだが。
俺以外にも三十名ほど船客はいたが、彼らは自室を離れなかった。
ダンいわく、彼らの船室には豪華なお宝があるらしい。油断ならない人物を入れて紛失したり、退席している間に盗まれることを嫌っていた。だから乗船中に船乗り以外と会うことは滅多になかった。
あ、そうそう。鉱物も見せてもらったよ。
ダンにお願いしたら、船倉に連れて行ってくれた。でも「他の船員や乗客には言うな」ってくぎを刺されたよ。本当に高価な鉱物もあって、本気で買う気がある人(つまり買えるだけの金がある人)にしか見せないらしいから。「お前は上客だから特別にな」って言われたよ。乗船前に所持金を見せたことで、金があると信頼されたらしい。
船倉に行くと、さっき言った「よくわからない役職」の人がいた。魔法陣の描かれた床の上に座り、タバコをふかしている。
役職としては倉庫番。ポートの商社から派遣されており、積荷の管理を行っている。ただ座っているだけに見えるが、最大の仕事は船が沈没した時に積荷の転送を行うこと。魔法陣はポートの某所と繋がっており、魔力を流せば自動的に積荷が転送されるらしい。なお、命が尽きるほどの魔力を吸われるため、まさに命がけ。
だから船内で誰よりも手厚い厚遇を受けている。ダンがいうには、船長よりも立場が上なんだとか。
なんだかよくわからないけど、ポートではすごい魔術が発達しているんだなと俺は感心した。
ダンが事前に話をつけていたため、倉庫番は快く鉱物を見せてくれた。保証として、俺の全財産が入った袋を預けさせられたが。
目の前には図鑑で見知った鉱物がズラリと並ぶ。知識だけはあったけど、実際に見たり触ったりすると、やっぱり違うね! 角度が変わるたびに、光り方が変わるんだから。
その中でも驚いたのは、モルダバイト! シリコンという肌や髪の毛に含まれる成分を含んだ隕石である。
モスグリーン色の美しい石で、一見するとただの宝石。しかし膨大なパワーを含んでいる代物なのだ。
この星で採取される鉱物の中では、銀が最も魔力の遮蔽率が高い。しかし宇宙からやってきた隕石は桁違い。銀の何倍も魔力の遮蔽率が高い。その上、人体に近い物質を含んでいるため、魔力の伝導率も高くなる。
つまり装着すると、魔力を抑えつつも、柔軟に魔力を使えるのだ。魔力を封じつつも使いたい時に魔力を使えるなんて、まさに夢のような石だ。
ただ、よほどの専門家でない限り価値がわからず、モルダバイトは普通の宝石として、一般的な宝石の値段で取引される。銀より何倍も安く買えてしまうのだ。
ただし滅多に市場に出回らない。たくさんの鉱物を見た六世でさえ、隕石は生涯で一度しか見たことがなかった。
俺はこみ上げる喜びを押し殺し、この石を購入したいと告げた。倉庫番は快諾し、相場通りの値段で売ってくれた。
「あんた、この石が何か知っとるね」
倉庫番に言われてドキリとした。顔に出ていたのだろうか。
倉庫番はあっけらかんと笑った。
「安心せい。別に値上げするつもりはない。ただ他にキレイな石はたくさんあるのに、わざわざこれを買いたがるなんて、おかしいと思ったのさ。よほどの鉱物マニアか、魔力の研究をしている者しか買わんからな。ああ、あとは宝石を買えない貧乏人か。それくらい普通は売れないってことよ、この石は」
俺は重々に御礼を言って、船倉を出た。
いやあ、あの時は冷や汗が出たよ。しばらくは心臓がバクバクしていた。ダンがどういうことか解説してほしそうに俺を見ていたが、わざと別の話題を出した。
「なあ、あの人の一存で買っちまってよかったのか? 研究で使いそうだけど」
「別に構わないだろ。必要な数より多めに仕入れてるはずだし。それに倉庫番をしてるけど、あの人だって商人だ。売れる時に売った方がいいだろう」
「そんなもんなのか」
「でも多めに仕入れてるからって、他の客には言いふらすなよ。この部屋で起きた事は誰にも言うな。もちろんお前のネコにも!」
俺がうっかり口を滑らせないよう、ダンに監視されながら部屋まで戻った。
どうやら過去に、乗客に襲撃されて積荷を奪われかけたことがあるらしい。
その乗客は変装した海賊で、盗んだ後は魔法陣でトンズラしようと計画していたらしい。まあ、すぐに取り押さえられたから未遂に終わり、事なきを得た。しかし、それからは厳重に警戒しているとのことだ。
よく魔法陣で転送なんて思いついたものだと思ったが、ポートの街中に飛ばされて、果たして成功といえるのだろうか。ポートの船乗りたちにとっては災難だが、なんともお粗末な事件である。
ちなみに、最初俺が船に乗りたいと言った時、船乗りたちの態度が悪かったのは、鉱物狙いの強盗だと疑われたから。俺が金を持っていたから本気だと思ってもらえたが、こんな事件が起これば当然の対応と言えよう。
まあ、そんなこんなで数日が経過した。長期の船旅は飽きると噂で聞いていたが、俺は暇しなかった。もっとも、乗船しての二日間はひどい船酔いで朦朧としていて記憶がない。運よく回復したタイミングで船酔いの魔法薬を作り、全快するまでは他に気が回らなかったんだけども。
クルスからポートまでの旅程は二週間。そろそろ折り返し地点かという時に、事件は起こった。