第六章③ 新たなる旅立ち
「ダンから──ああ、コイツの名前なんですけどね──聞きましたが、鉱物に興味があるとのことですね」
ベテラン船員は、さぞ言い慣れていないであろう、ぎこちない敬語を使った。
「はい」
「購入するつもりはおありで?」
「良質なものがあれば、すぐにでも購入したいです」
ベテラン船員がダンを一瞥した。何かサインを送り合った後、こちらに向き直る。
「船賃はあるんでしょうね」
「おいくらでしょう」と俺。
すると、ベテラン船員は指を三本立てて見せた。
「頭のネコも一緒なら、さらに一本追加です」
指は全部で四本立っている。俺は資金の入った小袋を出し、男たちに見せた。その瞬間、二人の目の色が変わった。
「これで足りますか?」
受け取ったベテラン船員は、必要な分だけ金貨を抜き取ると、媚びた笑みを浮かべた。
「ええ、結構でございます。ささ、船へどうぞ」
あからさまな態度の変化に、俺は戸惑った。後から知ったが、ベテラン船員が提示したのは、もっとも高い船室の料金だった。そして俺が楽々払える金額を持っていたので、ここで上客認定したらしい。
さすが幾多の商人を相手にしてきた船乗り。商魂たくましい。
乗船までには戻るといって、俺は民宿に向かった。昼食後に積荷のチェックをしたら、すぐに出航するらしい。十四時までには戻るよう言われた。
さて、これから大忙しだ!
まずはエンジの母にチェックアウトする旨を伝えると、これまでの滞在費を支払った。安くしてくれたおかげで、問題なく支払えた。ここで費用が足りなければ、出航できないからな。大丈夫と思いつつも、ホッとしたよ。
次にエンジの兄嫁さんのもとへ行き、必要な魔法薬の種類を教えた。といっても覚えきれないだろうから、紙に書いて渡した。一種類だけだし、ポピュラーな薬である。魔法薬を知る人なら、メモを見ればすぐにどれが必要かわかるだろう。
ついでに魔法薬の仕入れをお願いしようと思ったが、何度も小首を傾げている。ここまでで頭がいっぱいいっぱいという感じだ。ついでにそばで聞いてたエンジの兄も同じ反応をしている。まあ、職業持ちのエンジ家に新しい事業は無理だろうな。
俺は切り替えて、エンジの仲間で暇そうなやつを片っ端から訪問した。
顔の広いエンジにはたくさんの友人がおり、忙しい人もいれば暇な人もいる。幸いにも最初に会った奴がやりたいといったので、俺は引継ぎを済ませた。
この町で売れそうな魔法薬の名前と、金額相場(この金額を上回ったら、買ってはいけないという目安である)を書いたメモを渡した。あとは注文を取りまとめて、ポートから個人輸入すればいいだけ。
まあ、この町の住人は、輸入方法をみんな熟知している。メモを見ただけで、そいつはすべてを悟ったかのように感激していた。これで彼にも仕事ができたし、町では安定的に魔法薬が使える。俺がいなくなっても、何も問題ないだろう。
そうこうしているうちに、昼になった。
俺はエンジの家で、最後の食事を楽しむことにした。はじめは食べるのに苦戦した魚介類も、今ではもう慣れたものだ。最初は貝が割れなかったり骨が刺さったりしてエンジに笑われた。しかし今では魚の骨もキレイに取り除けるし、貝だって器用にペロリと食べられる。クルスに来てからただ毎日を楽しんでいるだけに思っていたが、意図せず成長していたようだ。エンジの魚が食べられるのもこれで最後かと思うと、いつもより塩辛く思えた。
食べ終えた頃、エンジが帰ってきた。血相を変えて、今にも俺に飛びかかってきそうだ。というか、会うなり両肩をガッと掴まれた。
「お前、この町を出ていくのか?」
エンジはじっと俺の目を見つめた。目力の強さに、やましいことはなくとも目をそらしたくなる。
でも俺はエンジの目を見つめ返した。
「ああ、あと一時間くらいでな」
「なんでだよ。あんなに楽しんでたろ!」
「いつまでもいられないさ」
「俺たち、もう家族みたいなもんじゃないか?」
「でも家族じゃない。俺は俺の目的があって、そのためにポートへ行くんだ」
ここまで言うと、エンジは下唇を噛んだ。眉根が寄り、今にも泣きそうなのをこらえている顔だ。
そんな顔を見ると、俺も泣きたくなってくる。本当にやめてほしい。
「また来るよ。帰ってくる時は、絶対ここに寄るから」
「絶対だからな!」
エンジがギュッと抱きついた。さすが海の男、力が強い。だから俺も精いっぱいの力で抱き返した。しばらく抱き合っていたが、お互いに痛い痛いと言い始め、どちらからともなく離れた。そしてお互いの顔を見て笑った。今思い返しても、最高の別れ方ができたと思っているよ。
それから俺たちはすぐに民宿を出た。金だけ取られて、先に船が出航していたら困るからな。
エンジは俺の荷物を船まで運んでくれたよ。道中は、本当に他愛もない話をした。エンジはやたらとギターを欲しがったから、友情の記念にプレゼントした。ハインツと一緒に買ったギターを、ハインツを髣髴とさせるエンジにあげられたのは、最高の手放し方だと思っている。七世には悪いけど、俺にはギターの才能がなかった。この旅が落ち着いたら、俺に合う楽器を探すことにするよ。
船着き場に来ると、俺たちは最後のハグをした。触られるのが嫌いなルルも、この時ばかりは大人しくエンジに撫でさせていたな。
俺が乗り込んで間もなく、船は出航した。デッキから町を見ると、桟橋ではエンジが手を振っている。俺も手を振り返した。お互いバカみたいに、競うように激しく手を振った。
何度も繰り返していたが、次第に陸が遠くなる。エンジの姿が小さくなっていき──やがて見えなくなった。エンジは最後の瞬間まで、俺に向かって手を振っていた。だから俺も、エンジが見えなくなっても手を振り続けた。もしかしたらエンジからは見えていたかもしれないからさ。先にやめたら、次会った時に絶対ネチネチ言われるからな!




