表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第2部】運命の出会い
76/147

第六章③ 新たなる旅立ち

「ダンから──ああ、コイツの名前なんですけどね──聞きましたが、鉱物に興味があるとのことですね」

 ベテラン船員は、さぞ言い慣れていないであろう、ぎこちない敬語を使った。 


「はい」

「購入するつもりはおありで?」

「良質なものがあれば、すぐにでも購入したいです」


 ベテラン船員がダンを一瞥した。何かサインを送り合った後、こちらに向き直る。


「船賃はあるんでしょうね」

「おいくらでしょう」と俺。


 すると、ベテラン船員は指を三本立てて見せた。

「頭のネコも一緒なら、さらに一本追加です」


 指は全部で四本立っている。俺は資金の入った小袋を出し、男たちに見せた。その瞬間、二人の目の色が変わった。

「これで足りますか?」


 受け取ったベテラン船員は、必要な分だけ金貨を抜き取ると、媚びた笑みを浮かべた。

「ええ、結構でございます。ささ、船へどうぞ」


 あからさまな態度の変化に、俺は戸惑った。後から知ったが、ベテラン船員が提示したのは、もっとも高い船室の料金だった。そして俺が楽々払える金額を持っていたので、ここで上客認定したらしい。

 さすが幾多の商人を相手にしてきた船乗り。商魂たくましい。


 乗船までには戻るといって、俺は民宿に向かった。昼食後に積荷のチェックをしたら、すぐに出航するらしい。十四時までには戻るよう言われた。


 さて、これから大忙しだ!

 まずはエンジの母にチェックアウトする旨を伝えると、これまでの滞在費を支払った。安くしてくれたおかげで、問題なく支払えた。ここで費用が足りなければ、出航できないからな。大丈夫と思いつつも、ホッとしたよ。


 次にエンジの兄嫁さんのもとへ行き、必要な魔法薬の種類を教えた。といっても覚えきれないだろうから、紙に書いて渡した。一種類だけだし、ポピュラーな薬である。魔法薬を知る人なら、メモを見ればすぐにどれが必要かわかるだろう。

 ついでに魔法薬の仕入れをお願いしようと思ったが、何度も小首を傾げている。ここまでで頭がいっぱいいっぱいという感じだ。ついでにそばで聞いてたエンジの兄も同じ反応をしている。まあ、職業持ちのエンジ家に新しい事業は無理だろうな。


 俺は切り替えて、エンジの仲間で暇そうなやつを片っ端から訪問した。

 顔の広いエンジにはたくさんの友人がおり、忙しい人もいれば暇な人もいる。幸いにも最初に会った奴がやりたいといったので、俺は引継ぎを済ませた。

 この町で売れそうな魔法薬の名前と、金額相場(この金額を上回ったら、買ってはいけないという目安である)を書いたメモを渡した。あとは注文を取りまとめて、ポートから個人輸入すればいいだけ。

 まあ、この町の住人は、輸入方法をみんな熟知している。メモを見ただけで、そいつはすべてを悟ったかのように感激していた。これで彼にも仕事ができたし、町では安定的に魔法薬が使える。俺がいなくなっても、何も問題ないだろう。



 そうこうしているうちに、昼になった。

 俺はエンジの家で、最後の食事を楽しむことにした。はじめは食べるのに苦戦した魚介類も、今ではもう慣れたものだ。最初は貝が割れなかったり骨が刺さったりしてエンジに笑われた。しかし今では魚の骨もキレイに取り除けるし、貝だって器用にペロリと食べられる。クルスに来てからただ毎日を楽しんでいるだけに思っていたが、意図せず成長していたようだ。エンジの魚が食べられるのもこれで最後かと思うと、いつもより塩辛く思えた。


 食べ終えた頃、エンジが帰ってきた。血相を変えて、今にも俺に飛びかかってきそうだ。というか、会うなり両肩をガッと掴まれた。


「お前、この町を出ていくのか?」

 エンジはじっと俺の目を見つめた。目力の強さに、やましいことはなくとも目をそらしたくなる。


 でも俺はエンジの目を見つめ返した。

「ああ、あと一時間くらいでな」

「なんでだよ。あんなに楽しんでたろ!」

「いつまでもいられないさ」

「俺たち、もう家族みたいなもんじゃないか?」

「でも家族じゃない。俺は俺の目的があって、そのためにポートへ行くんだ」

 ここまで言うと、エンジは下唇を噛んだ。眉根が寄り、今にも泣きそうなのをこらえている顔だ。


 そんな顔を見ると、俺も泣きたくなってくる。本当にやめてほしい。


「また来るよ。帰ってくる時は、絶対ここに寄るから」

「絶対だからな!」

 エンジがギュッと抱きついた。さすが海の男、力が強い。だから俺も精いっぱいの力で抱き返した。しばらく抱き合っていたが、お互いに痛い痛いと言い始め、どちらからともなく離れた。そしてお互いの顔を見て笑った。今思い返しても、最高の別れ方ができたと思っているよ。



 それから俺たちはすぐに民宿を出た。金だけ取られて、先に船が出航していたら困るからな。


 エンジは俺の荷物を船まで運んでくれたよ。道中は、本当に他愛もない話をした。エンジはやたらとギターを欲しがったから、友情の記念にプレゼントした。ハインツと一緒に買ったギターを、ハインツを髣髴とさせるエンジにあげられたのは、最高の手放し方だと思っている。七世には悪いけど、俺にはギターの才能がなかった。この旅が落ち着いたら、俺に合う楽器を探すことにするよ。



 船着き場に来ると、俺たちは最後のハグをした。触られるのが嫌いなルルも、この時ばかりは大人しくエンジに撫でさせていたな。


 俺が乗り込んで間もなく、船は出航した。デッキから町を見ると、桟橋ではエンジが手を振っている。俺も手を振り返した。お互いバカみたいに、競うように激しく手を振った。



 何度も繰り返していたが、次第に陸が遠くなる。エンジの姿が小さくなっていき──やがて見えなくなった。エンジは最後の瞬間まで、俺に向かって手を振っていた。だから俺も、エンジが見えなくなっても手を振り続けた。もしかしたらエンジからは見えていたかもしれないからさ。先にやめたら、次会った時に絶対ネチネチ言われるからな!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ