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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第2部】運命の出会い
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第五章⑥ 旅立ちは(本当!)突然に。

 翌日、ポート行きの船がやってきた。これまで幾多の船を見てきたが、ポートの船を見た時の衝撃は今でも忘れない。

 船体が真っ赤なんだ。それまで見た船は地味だったり古かったり、逆に豪奢だったり木目の美しい船ばかり。だから果実のように真っ赤な船体が港に控えているのは異質であり、堂々たる姿は美しかった。


 後から聞いたが、海賊や他船舶に対しての警告で赤いのだとか。攻撃したら魔術をもって報復することを、事前に色で伝えているのだ。だから一目でポートの船だとわかるよう、ポート籍の船はすべて真っ赤に塗装していた。

 ちなみに、ポートでは赤は魔除けの色として使用しており、鮮やかなほど魔除けの効果が高まると考えられている。一方、他地域では血を連想するとして、鮮やかな赤ほど忌み嫌われる。お互いの心理をうまく利用したカラーリングなのだ。


 そんな恐ろしい船にもかかわらず、俺はポートの船を見た瞬間、なんて美しいんだろうと感動した。特に赤い船体が太陽光を浴びる姿は息を吞むほど優雅で、俺はいつまでも見つめていたかった。一部の船乗りからは悪魔なんて呼ばれているが、俺には天からの授かり物に見える。なぜこの船がそこまで忌み嫌われているのか不思議だった。


 そんなポートの船。嫌われている故に、一カ所の港に長く留まらないルールがある。荷卸しと荷積みが終わったら、さっさと出航してしまう。

 今回の航程では今日はゆっくり休み、明日荷下ろしと荷積みを行い、夕方までには出航する予定だった。このことは一昨日、管理組合に告げられたので知っていた。そして輸入申請するなら、明日の朝がタイムリミットとなる。


 申請はまだしていない。せっかく輸入を頼むんだから、ポートの船や人々がどんな感じなのか、知っておくべきだと思ったんだ。まあ、というのは建前で、ポートの船が見たかったんだけど。

 この二日間の不調ぶりとは打って変わり、今日の俺は元気だった。だからエンジに頼み、昼食後すぐにポートの船を見に行った。


 だが船を見たら、俺の気持ちは変わった。何かを頼みたいというより、俺も乗りたいと思ってしまったのだ。

 俺自身、突然の心変わりに驚いた。しかし真っ赤な船体を見ていると、どうしても俺はこの船に乗りたくて仕方なかったのだ。


 いったいどうしたものだろう。俺はしっかり考えたかったが、悩む前にことは起きた。船体から一人、船乗りが降りてきたのである。

 屈強な身体を持つ赤毛の青年だった。年は俺より一、二歳上だろうか。日焼けした肌と袖から覗く太い腕が眩しかった。


 こちらに向かって桟橋を歩いてくる船乗りの青年を、俺は思わず見つめてしまった。今思えば、とても失礼な行為である。だが俺は、天からの使いが舞い降りたような、畏怖と敬意の眼差しで彼を見つめていた。


 近くまで来ると、青年もこちらに気づいた。最初はいぶかしげな顔をしていたが、近くまで来るとニコリと微笑んだ。その笑顔の柔らかいこと。俺はますます天からの使いじゃないかと思った。


「何か?」

 よそ行きの笑顔で、青年船乗りは尋ねた。


「これからポートに戻るんですか?」

「ええ。このままポートに戻りますよ」

「今回はどんなものを買い付けたんですか?」

 俺はなんでこんな質問をしたんだろう。自分でも謎だが、とにかく会話を続けたいと必死で話のネタを探した。


 青年は目を白黒させてから、またニコリと微笑んだ。

「主に香辛料ですね。異国の地には、珍しいものがたくさん売ってまして。あとは貴金属と珍しい鉱物を少々」


 それを聞いて、俺の心は激しく揺さぶられた。いったい何がそんなに俺の心を動かしたと思う? 普通の人だったら、異国生まれの香辛料や高価な貴金属だろう。どれも高価で、喉から手が出るほど欲しがる品物ばかりだ。でも俺は鉱物という言葉にどうしようもなく惹かれたんだ。


 後から気づいたが、修行中にさんざん先代たちから知識を詰め込まれた。だから無自覚にも、先代たちの嗜好が俺にも乗り移っていたんだ。中でもアズール六世が無類の鉱物マニアで、やたらと石に詳しい。ちなみに、王都の国立博物館にある鉱物コーナーの展示品は、ほぼ六世の寄贈コレクションなんだそうだ。だから俺が強く惹かれたのも、多分その影響だろうな。それに珍しい鉱物というなら、誰だって見てみたいものだ。


「いったいどの鉱物を仕入れたんですか?」

「さあ」

「見せてもらえませんか?」

 意外な申し出に、青年船乗りは面食らっていた。


 数秒固まったのち、軽く笑いながら答えた。

「すみません。一般人にはちょっとね。鉱物商人の持ち物なので、気軽には見せられないのですよ。もしあなたが本当に見たいと願うなら、彼の店に行ってください」


 青年船乗りは目礼すると、そのまま町の方へと立ち去った。俺は彼の背中をずっと見つめるしかなかった。



 声が聞こえない距離まで青年船乗りが離れたのを確認してから、エンジが俺に声をかけた。

「なあ、この町を出るつもりか?」


 この時、俺はなんて答えたか覚えてない。ただ気のない返事をしたんだろうなってことはわかる。エンジは続けて何か言っていたが、それも全然覚えてない。俺の興味はすべて俺の内側へと向かい、外界のことにまで注意が回らなかった。


 この時の俺が考えていたことは、ただ一つ。ポートに行くべきか否かだった。

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