第五章⑤ 本当に素晴らしいことを閃いた時に限って、すぐ忘れてしまう
急ぎの仕事を片付けたので、そのまま俺とエンジは町で遊ぶことにした。今日はエンジ家の酒場に漁師仲間が集まるそうで、俺も一緒に酒を煽った。
おっと、俺が飲めないと思ったろう。この国では「労働者は等しく飲酒を許可する」という決まりがあるから、十四歳の俺でも飲めるんだな。飲みたかったら働けとは、実に聡明な法律だ。この一文で労働意欲をかき立てるんだからな。
そんなわけで、俺もエンジも仲間たちも、しこたま酒を飲んだ。普段の俺はこんなに飲まないし、そもそも酒に強くない。でもエンジが「アズールの事業拡大を祝して!」なんて言うもんだから、なんだか断れない雰囲気になってさ。だから仕方なかったんだ。この日は人生で最大級に飲んだよ。
飲み始めたのが午後三時過ぎで、解散したのは夜八時。明日の仕事に差し支えないか心配になるレベルだったけど、漁師仲間たちは元気そうに各々の家へ帰っていった。
俺は自室に戻ると、すぐさま寝てしまった。ルルが冷たい目で俺を見ていた気もするが、その時の俺は無敵状態で、何にも負けないと思っていた。
で。翌朝は案の定、二日酔いである。
終始脳内を揺さぶるような感覚に襲われて、座っているだけでもきつい。昨夜の万能感が嘘のように、俺は負けたような気分だ。もしかしたら、一昨日の寝不足も相まって、より酒が回ったのかもしれない。つくづくツイてないなと落胆した。
本来なら店じまいといきたいところだが、今日もたくさんの依頼が入っている。約束した薬は渡さないといけないし、まだ期日でもないのに「まだか」と挨拶がてら探りに来る客がうざったい。
仕方がないので、どうしてもしなきゃいけない仕事だけ片付けることにした。俺がうんうん言いながら調剤している様子を見て、ルルはニヤついているような気がした。でもルルに構ってる余裕はないので、俺はひたすら目の前の薬に集中するしかなかった。
あ、一つだけ言わせてくれ。俺自身はぐでんぐでんだったけど、薬の質は落ちていない。王都で買うのと、なんら遜色ないレベルである。そこは保証させてくれ。ただ俺としては不完全燃焼というか、いつもの品質が百点だとしたら、今作っている薬の品質は三十点そこそこだということ。手を抜いているわけではないが、心の一部がずーっと俺のことをチクチク責めてきた。
さて、昼までには急ぎの仕事が片付いたので、俺は少しだけ寝込むことにした。もちろん自分で調合した二日酔いの薬を飲んでからな。だがそんなすぐには効かない。最低でも一、二時間かかる。
ベッドの中で俺は恨んだ。だが何をどう恨めばいいんだ。ああ、頭の中も上手くまとまらない。結果、思いつくことすべてが恨ましく思えた。
それにしても、毎日仕事が増えている。明日だって予定がたくさんだ。どんなに前倒しで仕事をしたって、もっともっととせがまれる。この先、俺はずっと調合し続けないといけないのか!
怒りが頂点に達した時、俺はふと気づいた。
──俺がしたかったことって、こんなことだったのか?
今やっている仕事は、王都でもできることだ。わざわざクルスに留まってやる仕事ではない。もちろんこの町は心地いい。エンジはいい奴だし、エンジの仲間や住人たちも、陽気で面白い人ばかりだ。だが、それがこの町に留まる理由にはならない。
クルスには魔法薬がないので、王都より俺が歓迎されるのはわかっている。魔法薬の評価が高くなるのはありがたいことだ。
でも必要なのは、特別な魔法薬じゃない。普通に買える魔法薬ばかりだ。
そんな魔法薬は、魔法薬が一般的な町ならいくらでも買える。流通経路さえ整えれば、いくらでも輸入できるんだ。特にクルスはポートと交流があるんだし、多種多様な魔法薬が買えるだろう。俺が作らなきゃいけない理由なんてないんだ。むしろ品質よりも、待たずにすぐ魔法薬を買える状況の方が住人たちは嬉しく思うだろう。
というか、この町には魔法薬を作れる人は、本当にいないのだろうか。魔力が高い人がいて、誰かが作り方を教えたら、魔法薬なんていくらでも量産できるのに。作り手が増えれば、俺一人が作るよりも、はるかに大量に、安定的に、そして永続的にこの町で魔法薬を製造し続けられる。その、作り方を教える誰かに「俺」がなれば、俺は調合仕事からは解放されるだろう!
ここまで至って、俺は眠りに落ちてしまった。だがこの考えは、後でとても役に立った。まあ、その時の話はまた後でしよう。
そんなこんなで、俺が寝ているとエンジがやってきた。時刻は三時頃。魔法薬が効いたようで、起きた俺はとても晴れ晴れした気分だった。
だが起きると同時に、不調のことはすっかり忘れてしまった。色々考えて導き出したことも。
エンジに遊びに行こうと誘われ、俺は節度を守ってその日の午後を楽しんだ。