第五章④ 仕事になった途端、趣味が楽しくなくなる件
「そんな簡単にできないだろ」
意外すぎる提案で、俺は即座に断った。
「いや、この町じゃ必要なモノがあれば、すぐに個人輸入しちまうぜ」
「そうなのか?」
エンジは個人輸入の手続きについて教えてくれた。
海路の中継地となるこの町には、様々な都市の商船が毎日やってくる。なので目的地行きの船が来た時は、個人的に購入代行を船員にお願いするというのだ。
しかも過去に貿易トラブルが起きたせいで、船舶の管理組合を結成。管理組合が輸入代行を受け付けるようになったため、申請して手数料さえ払えば、おつかいを頼む感覚で気軽に何でも購入できるというのだ。
俺の生まれ故郷である王都にも似たサービスはあったが、陸路のみで企業単位での依頼のみ。個人レベルでは浸透していていなかったし、ここまで大きな話とは思わなかった。さすが物資の往来が激しい海洋都市である。
手続きについてはわかった。手数料に問題もないが、俺としては何よりも大事なことがある。
「どこから輸入するんだ?」
品質重視だから、変な所からは購入できない。せめて魔法薬が普及している町から買いたかった。
「魔法薬っていうぐらいだから、魔法が栄えてる国ならいいんだよな」
「まあ、そうだな」
「じゃあポートから輸入すればいい。俺らの国より魔法やら魔術が栄えているらしいぞ」
ポートには聞き覚えがある。たしか初代の出身地近くにある学術都市のはずだ。
「ポートから輸入すると、どれくらいの時間がかかるんだ?」
「早くても一か月だろうな」
「だったら俺の故郷から輸入した方が早くないか?」
「でも大量には仕入れられないだろう。ポートの奴ら、薬草なんて毎日大量に消費している。そしたら量も値段も品質も、お前らの国とは段違いじゃないのか」
言われてみれば確かに。俺らの国では、魔法薬を作るのはごく限られた人だけだった。魔力が強い人はいても、実際に作るのは調剤士だけ。国内に二十名いるだろうか。だから作れる薬の数に限りがあったし、材料も大量には必要としていなかった。
俺も今、大量に薬草を使うわけじゃないが、乾燥させた薬草は日持ちする。年単位で保存が効くものだから、多くあっても困らないだろう。一気にたくさん買えば安くなるし、買う手間も省ける。すべて使う予定があるものだし、損も出ない。悪いことは一つもなかった。
話を聞けば聞くほど、俺はワクワクしてきた。初めてのことばかりでやってみたい気持ちが高まっていく。今すぐにでも輸入した方がいいように思えてきた。
エンジに頼み、明日の仕事終わりに、船舶の管理組合に行くことになった。
その夜、俺は興奮冷めやらぬままベッドに入った。ルルはいつものように窓辺で寝ている。かと思いきや、今日は俺の枕元にやってきた。触られるのが嫌で、普段は自分から寄ってこないのに珍しいことだ。
「いつまでこの町にいるつもりだ?」
ルルの質問は理解できるが、聞かれている意味がわからなかった。
「そうだな、まだしばらくいるだろうな。魔法薬も欲しがる人が多いし」
「そうか」
ルルは窓辺にピョイッと飛び移ると、俺に背を向けて眠ってしまった。
問われた俺は、やっぱり意味がわからない。ワクワクとモヤモヤの交互に襲われながら、一人悶々としていた。
そんな訳で、この日はよく眠れなかった。頭は冴えなくても、手を動かせば魔法薬は作れる。俺は眠気を堪えながら、ちまちまと魔法薬を作り続けた。
ひとまず今日取りに来る約束の滋養強壮剤を一週間分作って、急ぎだと頼まれた酔い止めを一人、いやどうせなら一気に五人分作ろうか。どうせすぐに売れるんだし。ああ、エンジの兄嫁さんもそろそろ追加分が欲しいと言っていたな。そういや兄嫁さんの友達も欲しいって言ってたっけ。それじゃ滋養強壮剤は二人分か……
作らなきゃいけない仕事が次々と浮かび、なんだか気が滅入ってきた。昨日輸入すると決めた時は、あんなに魔法薬作りが楽しかったのに。
どうせ考えがまとまらないんだからと、俺は考えるのをやめた。今日は一番需要がある、滋養強壮剤を作ることだけに集中した。
昼過ぎにエンジが漁から戻ってくると、俺たちは管理組合へ向かった。
担当者から最低輸入量や申請方法などの説明を受け、俺は納得した。手続きや費用に何も問題ない。だがどれだけ輸入すればいいのか、必要な量が決められなかったため、後日改めて申請することにした。
「ポートの船は明後日に入港して、翌日出航するから早めにな」
職員が教えてくれた。俺に与えられた時間は三日。考える時間は十分にあった。