第五章③ 流行はいつも女性発信
ある朝、一階の料理場へ朝食を取りに行くと、兄嫁さんが青い顔をして座っていた。
「ああ、おはようございます」
立ち上がろうとしてふらつく。俺は咄嗟に兄嫁さんをかばい、椅子に座らせた。
「ごめんなさい」
「無理しないで。座っていてください」
「朝ご飯なら、テーブルから好きに持って行って」
テーブルの上には複数のお盆があり、宿泊者用に一膳ずつ用意されている。自室に持って行って食べるのだが、兄嫁さんをこのまま置き去りにしてよいのか不安になった。
「あの、ご家族を呼んできましょうか」
「大丈夫。いつもこうなの」
「病院には行きましたか?」
「仕方ないの。妊娠だから」
兄嫁さんのお腹は膨らんでいないので、妊娠初期の体調不良だろう。胎児への影響があるため、一般的な薬は使用を控えるべき時期である。
そういえば、母さんも近所の奥さん用に、特別な薬を調合していた。妊婦さんが飲む薬は特別なのよって言ってたな。そしていつか俺の奥さんに作ってあげろって、強制的に作り方を覚えさせられた。
あの時は必要ない技術だと思っていたが、こんなに苦しそうだと何かしてあげたくなる。そして母子の健康を考えると、適当な薬は飲ませられない。今さらながら、しっかりと教え込んでくれた母さんに感謝した。
「何か困ったら呼んでくださいね」
俺は一声かけると、朝食を持って部屋に戻った。
そして急いで食べ、調合に取り掛かった。急いで作ったので、一時間後には完成した。乾燥させる暇がなかったので、小瓶に入れた薬液だが。
下膳がてら一階へ行くと、兄嫁さんが青い顔で皿洗いをしていた。無理して頑張っているんだろう、さっきよりも顔色が悪い。
「ごちそうさまでした」
「ああ、そこに置いてください」
兄嫁さんの声は辛うじて聞こえるくらい弱々しい。こちらを振り返る体力もなさそうだ。
俺は台所へ行くと、兄嫁さんに魔法薬を見せた。
「あの、妊娠中でも飲める魔法薬を作りました。母が妊婦さんに作っていたのと同じ調合なので、危険性はありません。今の症状が和らぐと思います」
兄嫁さんは生気のない顔で俺を見ていたが、笑って小瓶を手に取った。
「こんなので治るなら、すぐに飲むわ」
兄嫁さんはそのまま口の中へ放り込み、ゴクンと飲み干した。苦さにむせていたが、俺に向かって微笑んだ。
「ありがとう。気休めになったわ」
普段から魔法薬に馴染みがないせいか、兄嫁さんは効能を信じていなかった。ただ苦しくて、この症状が治まればなんでもよかったのだろう。俺の心づくしに喜んでくれたという感じだ。なんともいえない無力感を抱きながら、俺は部屋へと戻った。
しかし昼食の時間になって一階へ行くと、兄嫁さんの顔はハツラツとしていた。そして俺を見るなり、ニカッと笑った。
「ねえ、聞いて! さっきの液体を飲んでから、とっても調子がいいの。あなた、いったい何をしてくれたの?」
俺は魔法薬について簡単に説明したが、兄嫁さんは理解していないようだった。まあ、それはしょうがない。初めて聞くことだしな。でも効果があるということだけは即座に理解したようだ。
その日の午後には妊婦友達に話が広がり、産婆経由で産後ママにも広く伝わった。
産後の肥立ちが悪い妊婦に滋養強壮剤を渡したところ、疲れにくくなったと大好評。動きも良くなったので家族が不思議に思い、何があったかと奥さんたちに尋ねたらしい。そして滋養強壮剤のことを知り、旦那衆からも依頼殺到。老若男女問わず、町全体でちょっとしたブームになってしまった。
作るほどに売れるので、俺はてんてこ舞い。採取に行く時間も取れなくなってきた。
まあ、出歩いてると「早く作ってくれよ!」と声をかけられるようになったから、出歩きにくくなったこともあるんだけど。
そんなことを愚痴っていると、エンジが野菜の商人を連れてきた。なぜ野菜の商人を紹介されるのか疑問だったが、聞いてビックリ。この町では、なんと薬草は野菜に分類されるらしい! まあ、葉物野菜と考えれば、間違ってはいないかもしれない。少なくとも俺にはない発想だったので、思わず噴き出すところだった。
で、その商人が薬草を摘んできてくれることになったのだが、目が利かない素人から仕入れる薬草は危険すぎる。魔法薬は制作者の魔力で効力が左右されるが、それも材料が整ってこそ。むしろ品質の悪い材料で作ると、変に魔力が働き、まったく違う効果や副作用が強い劇薬が完成してしまう。
商人が帰った後、俺はエンジに説明した上で、好意を受け取れないことを謝罪した。するとエンジはこう言った。
「じゃあ輸入したらどうだ?」