第三章① 瞬殺された親友の親父に会いに行くという苦行
魔王が光線を放ったせいで、王国最強の騎士団が全滅した。
幸い俺らは無事だった。というか大通りに甚大な被害が出ただけで、窓から見える分には街並みにダメージはなかった。
一安心したが、すぐに次の不安が押し寄せた。俺たちの番だと。
俺もチーフも動けなかった。お互いに息を殺しているのが感じられた。大げさなくらいに体がブルブルと震えていた。普段はいかつい親父のチーフが、捕食者に捕まった小動物に見えた。
敵を殲滅した魔王はケロリとしていた。何一つ反応がない。いったい何を考えているのだろう。虚ろな目で、遠くを見ていた。
その時だ。地響きのような低い声が聞こえた。
【次は誰だ?】
俺とチーフは顔を見合わせた。チーフは小さく首を横に振った。俺も同じように首を振った。
魔王を見ると、口から野太い煙がフワッと立ち上った。目に怪しい光が宿り、キョロキョロと動き出した。
時間にして一秒ないだろう。だがその場にいた者にはこの上なく長い一秒だった。
【まあよい。逃げ切れると思うなよ】
ひとしきり動いた後、魔王の目から光が消えた。煙も途絶え、元の静寂が戻ってきた。だが一度走った緊張感は解けず、俺とチーフはしばらく固まっていた。
それからどれくらい経っただろう。
俺はどうしても我慢できず、トイレへ駆けこんだ。チーフはすごい目で俺を睨んでいたが、俺と入れ替わりでトイレへ駆けこんだ。
気づかれたかと思ったが、街の様子は変わらない。魔王は沈黙を貫いていた。良くも悪くも、騎士来襲前に戻ったようだ。俺はようやく息を吸えた。
「仕方ねえ、今日は店じまいだ」
トイレから出るなり、チーフが言った。あれだけのことがあったのだ、もし続けると言ったら俺は殴っていただろう。
「お疲れ様でした」
「そうだ、帰りがてら運べるものは持っていけよ。荷車は明日返せばいいから」
「まだ働くんすか?」
「明日でもいいぞ。ただ俺は終わったからな。明日は来ねえ。後はお前の仕事だからな。頼んだぞ」
前言撤回。このハゲはいつか殴る。
× × ×
そのまま帰ってやろうかと思ったが、俺は数点の荷物を運んだ。こんなに俺が従順なのも、チーフの日常的な鉄拳制裁のせいだ。俺は自分の情けなさを憎んだ。
痛みやすい食料品を中心に、帰りがてら配達をする。俺の来訪に住民たちは驚いていたが、物資の到着に心から感謝していた。この時ばかりは、運送の仕事をしてよかったと心から実感する。
さて、最後に配達するのは武器屋。刃物を磨く際に利用するオイルを持ってきたのだが……俺は後悔した。
なぜなら武器屋の息子ハインツは王国騎士団に所属しているからだ。前に会った時「アーサーの配下につけた」と喜んでいた。先の騒動で死んでいない保証がない。
恐怖のあまり実感がないが、友人が死んだかもしれない。
俺は本当に行きたくなかった。しかしオイルには優先配達する決まりになっていた。なぜならオイルがなければ刃物が錆び、売り物にならなくなるから。だから生鮮食品の次に、オイルは優先して運ばれる物品に指定されていた。
武器屋と俺の家は近い。家に帰りたい気持ちと着きたくない気持ちが衝突する。だが歩き続けるうちに、武器屋に着いてしまった。
大通りは見えないので、先の騒動は知らないだろう。
──何も知らない顔で、オイルだけ渡せばいい。
意を決し、俺は武器屋のドアを叩いた。