表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第2部】運命の出会い
68/147

第五章① 初めての海は散々でした。

 空はすっかりオレンジ色に染まっていたが、まだ明るいうちに俺たちはクルスに到着できた。

 西日を浴びた海は信じられないほどキラキラと輝き、まるで億千万もの宝石がばら撒かれているようだった。


 そんな水面を間近で見たくて、今晩の宿探しそっちのけで、俺はまっすぐ海へ向かった。

 船着き場の桟橋と水面の間には、数メートルの落差がある。上から見た海は、俺を誘うようにいっそう輝いていた。


「ルル、これが海なんだよな! 入るのに許可とか要るのか!」

「いや、要らないと思うが……」

 ルルがすべて言い終わるのを待たず、俺は上着をズボンをさっさと脱いで、海に飛び込んだ。


 飛び込んだ場所は思ったよりも水深があった。船が座礁しない程度の水深は必要なのだから、よく考えればわかることだ。でもこの時の俺はそんなこと知らなかったし、そこまで考えが及ばなかった。少なくとも水深は俺の身長以上あり、いくら足をバタつかせても水をかくばかり。


 つまりどういうことかと言うと、俺は溺れたってこと。


 楽しかったのはほんの一瞬さ。足が水中に突入した時、俺は最高に興奮したよ。でも鼻まで水に浸かった時、なんだかまずいと思った。そして耳が、目が包まれた時、俺はやっぱりやばいと思った。穴という穴から水が入り込んで苦しいし、目が開かない恐怖に襲われた。

 それでも全身が水中にあることは楽しかったさ。でも手足を動かして、どうにもならないと理解したら、一気に恐怖が襲ってきた。どんなにもがいても、水面にたどり着かない。息はどんどん苦しくなるし、目を開いても水がしみて痛い。一秒も目を開けていられず、どの方向に水面があるのか、わからなくなった。


 いよいよ本当にやばいんじゃないかと思った時、全身に強い力を感じた。グイグイと引っ張られ、一気に水の外へ解放された。呼吸ができることが何より嬉しくて、俺は飢えた人のように夢中で酸素を吸い込んだ。


「何やってんだよ!」


 懐かしい声がした。ひと心地してから見ると、すぐそばに知らない顔があった。俺と同年代の青年。こんがり焼けた肌に黒い髪。多分この町の住人だろう。だがすぐにそこまで頭が回らなくて、俺は色違いのハインツが現れたかと思った。声が亡き友ハインツにそっくりで、顔は似てないけど、どことなく雰囲気もアイツに似ていると思ったんだ。


 後になってルルから聞いた話だが、俺は入水直後に溺れたらしい。俺が水中に消えた後は無数の泡が水面に上がってくるだけで、俺の姿はすぐに見えなくなったそうだ。

 だがすぐに青年が駆けつけ、海に飛び込んだ。そしてものの数秒で俺を引き上げてくれたのである。実際この間は一分もかかっていないらしい。俺の体感では余裕で十分は超えたんだけどな。


 で、俺は救世主に助けられて、桟橋へ上った。救世主が下から俺を押してくれたから、なんとかよじ登ることができた。


 俺は海水で沁みる目をなんとか開き、桟橋の上を這った。そしてさっき自分が脱ぎ散らかした上着を掴むと顔を押しつけた。顔を拭った時、ようやくもう大丈夫なんだと思えた。まさか顔が濡れてないってのが、こんなに快適だとは思わなかったぜ。あと、俺自身忘れていたんだけど、一瞬でも術式を書いた石を手放してしまった。そして今、服と顔とが接したことで、魔力の流出も抑えられた。俺は二重の意味で助かったのである。ちなみにルルがこの時そばに寄ってきて、俺にしか聞こえない声で「一体何をしているんだ」と言ったことは、いつまでも忘れない。


 桟橋に上がった救世主に、俺はお礼を言った。といっても俺は立てないほど憔悴していたから、四つん這いに近い姿勢でだが。

「ありがとう。本当に助かった」


「お前、死にたいのか」

 救世主は静かに、しかし怒気をはらんだ声で俺を詰った。


「いや、まったく」

「じゃあ、どうしてこんなバカなことしたんだ」

「海に、海に入ってみたくて」


 それまで怒気マックスだった救世主の声が、急に和らいだ。

「なんだ。お前、よそ者か」

「ああ」

「今まで海くらい見たことがあるだろう」

「いや、本当にないんだ。だからどうしても海が見たくてこの町に来た。そしたら興奮が抑えられなくって」

「バカだなぁ!」


 救世主は俺の横にしゃがみ込むと、背中を強く叩いた。

「ま、海が好きなやつに悪い奴はいねーわな。ははは!」


 なんだかよくわからないけど、どうやら救世主に気に入られたらしい。俺を助けるように立たせると、放り投げたギターと剣を拾って俺の代わりに担いだ。


「今夜の宿は決まってんのか」

「いや、まだだけど」

「じゃあ俺んちに来な。安い民宿だけど、さらに安くしてやるから!」

 俺の返事を待たず、救世主は先に進んでしまった。ルルと顔を見合わせ、小声で会話した。悪いやつではないだろうと結論が出たので、俺は急いで彼の後を追った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ