第四章① いっておくけど、俺は変態じゃない。断じて変態じゃない。本当だってば!
翌日の昼過ぎに、俺らは森を抜けた。久しぶりに見る平原は、想像以上に俺へ開放感を与えてくれた。自然と足取りも軽くなり、どんどん前に進んだ。
さて、皆さんもお気づきだろうが、この旅には大きな障害がある。それは俺の魔力の暴走だ。ここ数日、俺は魔力に振り回されっぱなしである。どんなに術式を用意しても、こうすぐに失われては厄介だ。
いっそ以前のように、身体に直接術式を刻めばいいのだが、いつ必要になるとも限らない。奴隷商人との戦いで、魔力による攻撃もすると知ったしな。もしこれから先、用心棒として働くなら、魔力はあった方がいい。というか、魔法薬を作るにも魔力は必要だ。できれば自在に術式と魔力を制御できればいいのだが。
「なあルル。どうやったら、俺は魔力を制御できる?」
人気のない平原では、いくらでもルルと話せる。暖のために肩に乗ったルルもすぐに答えてくれた。
「正直、想定以上で私も驚いている。並大抵の方法では制御できないだろうな」
「じゃあ並大抵じゃない方法を教えてくれよ」
「方法は二つだ。一つは、以前のように術式を施すことだな。だが今の私にはできない。そもそもが、王宮魔術師たちを総動員して施した術式だからな」
「あれって、そんなに仰々しい術式だったのか」
「君くらいの魔力があればできるが、普通は無理だ。その術式だって、母上が大臣の娘だからこそ施せたんだぞ。ちなみに解呪はもっと難しい。人間には無理だ。できるのはケンジャくらいだろうな」
「解呪できないんじゃ、俺も困るな」
「もう一つは、修行すること。はるか海を越えた地に、魔力の栄えたポートという学術都市がある。そこで学ぶといいだろう」
「へえ、そんな場所があるのか」
「私は行ったことがないから、よくわからないがな。初代の故郷近くにあるぞ」
「へえ、じゃあいつか行くかもしれないな」
「だがそれほどの魔力だ。ポートの学園長でも扱えるかどうか」
「アテにならないな」
「でも何かしら手がかりは掴めるかもしれない。行ってみる価値はあると思うぞ」
「そうだな。期待せずにいるよ」
この時の俺の旅の目的は、海を見ること。ひとまず釣りをしてみたいと思っていたが、その先は考えていない。いっそ海を超えるのもいいかもしれないな。初代の足跡を辿る旅も楽しそうだ。
「現実的な方法としては、銀の装飾品だな。術式を彫り込んで、肌身離さず付けておく。邪魔にならず術式が壊れた時も目視しやすいから、指輪か腕輪にする人が多いぞ」
「なんだ、それでいいのか」
魔力をコントロールできない子供みたいで癪だが、銀の装飾品を付ける大人は多い。むしろ高額なので、銀を身にまとうのは一種のステータスでもある。そこまで悪い気はしなかった。
「だが一つ問題があるぞ」
「何だ?」
「値段が高い」
「そうでもないだろ」
「魔力の遮断率を考えると、純銀が最適だ。だが専門店で買うと、家が建つくらい高い」
「そんなにか!」
ちなみに王都では「家を建てるには不眠不休で十年働かねばならない」という目安がある。だから王都内の住居は賃貸が基本で、持ち家は資産として代々子孫に引き継いでいくものとされていた。ちなみに、俺の実家も賃貸だ。
「すぐには買えないだろうが、頭の片隅に入れておいてくれ」
ルルは他人事みたいに尻尾をプラプラさせた。まあルルには他人事だからしょうがないんだけど。
聡明な読者なら、ここで「家に帰ればいいのに」と思うだろう。だが俺には帰るという発想がなかった。いつでも帰れるんだから、やれるだけやってみて、それでダメなら帰ればいいと思っていた。だからしばらくは俺の足掻きに付き合ってくれると嬉しい。
さて、話しながら歩いていると、気づいた時には一気に進んでいたりするものだ。俺らもクルス前にある小さな寒村までやってきた。
この村は王都とクルスといった都市に挟まれているため、通過するだけの村として認知されている。主要産業は旅行者の休息所で、後は住人たちが自家消費の食料を細々と生産していた。それくらい見どころのない村だった。
村に着くと、住人はざわめいた。そりゃそうだ、上半身裸の男がやってきたんだから。
俺は頼み込んで着古した上着をもらい、必要最低限の身なりを整えた。上着の左胸には都合よくポケットがついていたので、俺は術式を書いた石を入れておいた。不自然に胸元が膨らんでしまったが、ズボンのポケットよりは所在確認がしやすい。思いがけない収穫である。
ついでにポケットに詰めたキノコの買取をお願いした。新鮮な食用キノコだったので、上着をくれたおばちゃんは快諾した。シャナが一生懸命集めたキノコを喜んでくれたので、俺としても嬉しかった。
その日は村に一泊することにした。ここからクルスまでは、明日中に着くだろう。急ぎの旅でもないし、ゆっくり行こうと思う。
村で簡単に食事を取った後、俺は乳鉢とすり棒、数本の小瓶を買った。宿に荷物を置いて、俺は村周辺の平原を歩き回った。
平原にいれば、多少は魔法薬の材料が手に入る。滋養強壮剤であれば、すぐに作れるだろう。今夜はじっくり身体を休めながら、売り物となる魔法薬を作ることにした。これからの旅路で、何よりも大事なのは資金だ。夢がない話で恐縮だが、俺にとっては現実的に今必要で、これからを左右するほど重要な課題だった。
ちまちま魔法薬を作っても、純銀を買えるほど貯まるかはわからない。だが今の俺は、どうしたって貯めなければならないのだ。だから今という時間と手元にある材料を存分に使って、時間いっぱい魔法薬を調合した。すべての材料を消費する頃には、東の空が白み始めていた。
短時間だがぐっすり眠り、山羊のミルクと硬いパンを齧って、出発の用意を整えた。欲しいというので、宿の女将さんに滋養強壮剤を一瓶売った。大した金額にはならなかったが、クルスの安宿一泊分くらいにはなっただろう。それなりに満足して、俺たちは村を発った。