第三章① この世の闇に出会った瞬間
ルルに導かれるまま、俺は森の中を進んだ。
すっかり夜の気配に包まれている。だがルルは、灯りをともさないよう忠告した。まだ辛うじて周りが見えたからよかったが、まったくルルの考えることはわからない。
もう夜目の限界という時、ルルが立ち止まった。俺も立ち止まってよく見ると、この先の遠くに光があった。
ルルは俺の肩に乗ると、声を落として告げた。
「シャナはあそこにいるはずだ」
「だったらすぐに行けばいいんじゃないのか?」俺も自然とひそひそ声で話す。
「いや、あそこは魔窟だ。魔力を追ってみろ」
元来、人間は魔力を放出している。どんなに魔力が弱い人からも放出されるので、魔力の流れを追うとそこに人がいるかどうか判断できる。俺の場合は、意識的に見ようとしないとわからないけどな。
ちなみに人間以外の動植物から魔力は出ない。ルルみたいな魔獣は別だが。
俺は魔力に意識を向けた途端、吐きそうになった。強い悪意が漂っていたからだ。魔力自体は決して強くないし、魔王に比べれば悪意も比ではない。しかし人間からこんなに強烈な悪意を感じるとは。そもそも感情エネルギーは感知しないのに、なぜ魔力同様に感知するのだろう。さまざまなことが脳内を駆け巡り、一気に俺は混乱した。
「何者だ、アイツら」
複数の魔力が感じられる。少なくとも、灯りの先には十人以上の人がいるようだ。
「奴隷商人だ」
「はあ?」
信じられない! かつて奴隷がいて、商人が人身売買を行っていたのは知っていたが、とっくの昔に廃止されたはずだ。教科書に書いてあるような過去の遺物が今、俺の目の前にあるというのか。
「現代にいるわけないだろ」
「それがいるんだよ。私たちの国にはないが、他国では頻繁に行われているぞ」
「過去にあった人権運動で、世界的に廃止されただろ」
「それは表の話だ。裏では普通にやりとりされている。もっとも、昔は労働力の売買だったがな」
あまりの怒りで、俺は頭の中が真っ白になった。誰かをあんな悲惨な目に遭わせるなんて、人間がする所業じゃない。城壁建設時の奴隷エピソードを思い返せば、なおさらだ。
「待て。なんで奴隷商人とシャナが一緒にいるんだ?」
「おそらく捕まったのだろう。今は若い娘を異国に売りつけて、ペットにするのが流行しているからな」
「お前、なんでそんなに詳しいんだよ?」
「ケンジャの近くにいれば、色んな情報が入ってくる。もっとも、アズール一世と放浪していた時、似た話を世界中で見聞きしたがな」
ルルは遠い目をしていた。しかし瞳に映った灯りが、義憤の炎のように揺らめいていた。怒っているのは俺だけではない。そう実感すると、自然と頭が冷えた。
「どうしたらいい?」
「まずは敵を討て。救助はそれからだ。見たところ、用心棒がついている。そいつには構わず、頭を一気に仕留めろ。そうすれば、あとは瓦解するはずだ」
俺は改めて魔力の気配を追った。とある人物を中心に悪意が渦巻いている。魔力も高いし、魔術での戦いになりそうだ。
「この一番悪意が強いヤツが頭か?」
「いや、そいつは用心棒だろう。多分見れば一目でわかるはずだ」
「そうだな」
「あと、魔力は極力使うなよ。こちらの手の内を読まれる。いざという時の切り札にしておけ」
「こいつがあれば十分だよ」
俺は剣を抜いて見せた。
「まあ、過信だけはしないことだ」ルルは力なく笑った。
それから俺たちは、こっそりと灯りに向かって進んだ。全体が見える頃、木の幹に隠れながら、ルルと最終調整を行った。