第二章④ あとはキノコだけ
緑色のペーストを口に入れて、水でグッと押し流す。胃の中からこみ上げる青臭さに、俺は手ごたえを感じた。
これはいい薬だ。すぐに効くだろう。新鮮な薬草を使ったので、効果も高いはずだ。
お椀を洗うと、次の調合の準備。
神経痛に効く魔法薬には、六つの材料を使う。幸いここは森の中なので、材料集めには困らないだろう。窓の外を覗くだけで、四つの材料が見つかった。
窓の外では、老夫が薪を割っていた。切り出した木片を置くと、斧で一つずつ割っていく。散らばった薪を集めると、小屋へ運ぶ。一連の作業を黙々と続けていた。
一方、シャナはどこかから水を汲んでくると、外にある水瓶に注いだ。何度も運んだのだろう、そろそろ水瓶がいっぱいになりそうだ。
これが終わったら、また別の作業をするのだろうか。子供とはいえ、忙しい。
俺は外に出た。二人は俺を一瞥したが、すぐにまた自分の作業に戻った。
「リハビリに、散歩をしてきます」
俺が老夫に告げると、興味なさげにああと返した。
元気なのに遊び惚けているなんて思われたら嫌だから宣言したのに、老夫は客人に対して興味がないらしい。だから俺も気にせず、森へと消えていった。シャナだけは興味ありげに俺を見ていたが、あえて知らないふりをした。幼い孫娘の仕事を邪魔したら、きっと老夫は気にするだろうからさ。
老夫から見えない場所まで来ると、俺とルルは薬草の採取を始めた。先ほどルルが薬草を探したので、どこに何があるかはだいたい検討がつく。五つ目の薬草が生えている場所は少しだけ遠かったが、問題なく集まった。
「じゃあ最後はアレだな」
アレとは、先ほどの会話に出たキノコである。
ユウヒダケという名前で、夕方にカサを広げる特性をもつ。夕方以外はカサが閉じるため、一見するとツクシにしか見えない。しかしカサを広げると独特のまだら模様が現れるため、一目で判断できる。また、まだら目の細かさがキノコの良否の判断基準となるため、ユウヒダケを採取する時は、夕方を狙うのが一般的だった。
だが今日は時間がないので、午後の遅い時間帯、カサが開いたらすぐに採取しようと思う。幸い今は午後三時頃。一度小屋に戻って、出発準備を整えてから採取に向かうとする。早めにキノコを収穫したら、日が暮れる前に出発して、今晩中に森を抜けたいところだ。
ちなみに、ユウヒダケを知らない人からしたら、今適当に採取した方がいいと思うだろう。
しかしカサを開く前のユウヒダケは、みんなが思っている以上にツクシの姿をしている。特に今は春だから、ツクシもそこら中に生えていて、ますますユウヒダケとの見分けがつかない。
だから少しカサが開いた状態で採取した方が、何倍も楽なのだ。それにもしかしたら、小屋付近で採取できるかもしれない。森の中で普通に生えているキノコだからな。
だったら先に小屋で調合を始めて、夕方になったらサッと摘んだ方が新鮮だし楽だ。
そういうわけで、俺たちは一度戻ることにした。せっかくなので、使えそうな薬草も片っ端から採取しておく。これから町に行ったら、この薬草を売るつもりだ。それでお金を稼いだら、調合用の道具を揃える。そしたら今度は、魔法薬を作って売る。良質な魔法薬は、薬草の何倍もの値段で売れるからな。
これで旅費はなんとかなるだろう。新鮮な薬草を採取できて、俺は大満足だった。
小屋に戻ると、老夫は相変わらず薪を割っていた。一心不乱に斧を振り下ろす姿、頬を伝う汗の筋。なぜかふと、勤勉な労働の権化という言葉を思いついた。それほどに、老夫が働く姿は尊いものに見えた。
俺に気づいた老夫は、手を止めて汗を拭った。
「テーブルに粥がある。食え」
それだけ言うと、老夫は作業を続けた。やはり彼は勤勉な労働の権化かもしれないと俺は思った。
家に入ると、テーブルの上に粥がある。俺はありがたくいただいた。すっかり冷めていたが、軽い運動をした後の火照った身体には、むしろ好ましい温度だった。ルルにも分け与え、俺らは遅い昼食を楽しんだ。
一息つくと、窓越しにシャナがこちらを見ていた。俺が手招きすると、シャナは部屋に入ってきた。
「おくすり、できた?」
「これから作るよ」
「すぐできる?」
「キノコを用意したらね」
「キノコ?」
シャナは台所の棚を漁ると、キノコを取り出した。
だが残念。それは食用キノコで、ユウヒダケではない。
「そのキノコじゃダメなんだ。ごめんな」
「どのキノコほしいの?」
「まだら模様のだよ。夕方にブワッてかさが開く」
シャナは頭を傾げる。理解していないようだった。
まあ、魔法薬を作っている人間じゃないと、そこまで熱心に植物を観察しないだろう。俺も一応は教えたが、理解されるとは思ってない。だから説明後、誤魔化すように笑ってみせた。
「もう少ししたら取りに行くから、心配しないでいいよ」
シャナは何も言わずに外へ向かった。きっと作業の続きをするのだろう。特に気にせず、俺たちは自分の仕事を始めた。