第二章③ ナイショの約束
せっかく森にいるのだから、魔法薬なら作れるかもしれない。小鉢と擦り棒さえあれば、滋養強壮の薬も作れるだろう。そうしたら、俺もすぐに回復できて、何か手伝える。
「なあ、お椀を貸してくれないか」
「いいよ」
台所へ向かうシャナに続き、俺も部屋を出た。
シャナは自分用の小さなお椀を差し出した。
「ついでにスプーンも借りていいか?」
「いいよ」
シャナに見せてもらって、大人用のスプーンを借りた。
本当は内側に溝のついた乳鉢とすり棒でなければ、手間がかかる。しかし代用できないこともない。それに俺は魔力が高いから、適当な道具を使ってもそれなりのクオリティで魔法薬が作れるだろう。市販薬程度には効くはずだ。
道具が揃ったら、次は材料。俺はルルを呼んだ。
「滋養強壮薬を作るんだ。材料を持ってきてくれるか?」
ルルはニャーンと鳴くと、家を飛び出した。さすがルル、俺の言いたいことが伝わっている。
ルルに指示を出す俺を見て、シャナは目を輝かせた。
「おにいちゃん、ネコちゃんとおはなしできるの?」
なんて答えたらいいのだろう。俺がというより、ルルが人間と話せるのだが。
「内緒だよ」
困った末にそう答えると、シャナは激しく頷いた。大興奮して、大きな目がさらにランランと輝いている。
「ネコちゃん、何するの?」
「お薬の材料を持ってくるんだよ」
「おにいちゃん、どこが悪いの?」
「いや、すぐ元気になるお薬を作るんだ」
「じゃあ、じいじも元気になるおくすり作れる?」
あの丈夫そうな老夫が? どこからどう見ても元気そうなのだが。
「じいじ、雨がふるとお腰がいたいって、いつもいうの」
「ああ、神経痛かな」
母さんの調合をよく見ていたので、症状と処方薬には見当がつく。もし神経痛なら、魔法薬で劇的に改善されるだろう。恩返しとしてはぴったりだ。
「じゃあお兄ちゃんの薬を作ったら、じいじのお薬も作ってあげるよ。だから待っててな」
「うん!」
まだ作ってもいないのに、シャナは嬉しそうに身体を震わせた。そして我慢できずバタバタと四肢を動かし、部屋を飛び出していった。
まさか魔法薬一つでこんなに喜んでくれるなんて、思いもしなかった。
しばらくすると、ルルが戻ってきた。口には四種類の薬草をくわえている。俺は早速調合を始めた。ルルもお椀を挟んだ向かいに座り、俺が作る様子をじっと見ていた。
「ありがとな。お前も飲むか?」
「いや、私は必要ない」
シャナの存在を確認してから、ルルが答えた。
「次は神経痛の薬を作りたいんだが、また頼めるか?」
「それはいいのだが、今の私には難しいな」
「どういうことだ?」
「キノコを使うだろう。この身体では、キノコを摘めない」
「そうだよ。お前、なんで人間にならないんだ? ネコが本来の姿だとしても、人間でいる方が便利だろ」
「魔力が足りないんだ」
「は?」
バツが悪そうにルルはうつむいた。
「お前、王都ではあんなに魔力を使い放題だったろ。なんで今、魔力が足りないんだよ」
「王都では、ケンジャから力をもらっていたからな。私単独では、喋るくらいしかできない」
「マジかよ!」
頼るつもりはなかったが、いざとなればルルに頼れるものだと思っていた。しかし蓋を開ければ、戦力は俺だけ。ルルは寂しい時の会話要員でしかなかったのだ。
「あ、じゃあ、俺がお前に魔力を与えれば、人間になれるんだよな。俺の身体からは自然と魔力が流れ出てるんだし、それをお前に向ければ……」
「理屈は合っているが無理だ。人間に化けるほどの魔力を吸えば、お前が死ぬぞ」
「そんなに魔力を食うのかよ!」
「それに、私はケンジャの眷属だからな。神じゃない君は別として、ケンジャ以外の守り神から魔力を供給できない」
この森は、他国の領域だ。だからケンジャの加護が及ばない。少なくとも国土に戻らない限り、ルルは喋る以上の力を使えないのだ。
「もちろん、まったく人間になれないわけじゃないぞ。元々の魔力があるからな。ただ人間になったら、残りの魔力をすべて使うだろうな。一回でも変身したら、私は死んでしまう」
「馬鹿な話はやめてくれ!」
「ああ、そんな馬鹿な真似はしない。ただ、ケンジャがいない今、私の魔力はあてにしないでくれということだ。困った時にテレパシーが使える程度だな」
「喋る分には問題ないのか?」
「喋るのは問題ない。私は普通のネコと声帯が違うからな。ただテレパシーは魔力を使うからな。ここぞという時にしか使わないぞ」
お互い不審な目で見られないためにも、人前では話しかけない、話す時は俺がルルに対して命令や独り言のように話す。これからの旅を続けるにあたり、正式なルールを決めた。
そんな話をしている間に、魔法薬が完成した。