第二章② \お待たせ!/可愛い女の子が登場します
気が付くと、俺は木目の天井を見上げていた。森の中で寝ていたはずなのに、明らかに人家の天井だった。
俺は混乱した。飛び起こうとしたが、とっさに身体が動かない。全身が石のように固まったみたいだ。なんとか頑張って、ようやく頭を左右に向けることができた。
少し顔を動かすと、女の子と目があった。まん丸な瞳で、じっと俺の顔を覗き込んでいる。
「じぃじー、起きたー!」
女の子が駆けていくと、代わりにルルが顔を見せた。
「ルル、ここは?」
「いいか、これから私に話しかけるなよ」
低い声でささやくと、ルルはネコらしい声でニャーンと鳴いた。俺はますます事態が呑みこめない。
ルルが離れると、今度は立派な白ひげを生やした老人がやってきた。腰がしっかりと伸び、いかにも屈強そうな老夫だった。
「お前さん、大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
「驚いたぞ。丸二日も寝っぱなしだったんだからな」
「え!」
「しかもあんな森の中で、いったいどうしたというんだい」
「はは、どうしたんでしょうね」
「お前さん、記憶がないのか?」
誤魔化すために濁したのだが、老夫は俺が記憶喪失だと勘違いした。その方が都合がいいので、俺は調子を合わせた。
「あんまり覚えてないんですよ」
「まあ、寝っぱなしで身体もなまっとるだろう。しばらく転がってるがいいさ」
俺に興味がないのだろう。老夫はさっさと奥へ引っ込んでいった。卵が焼けるいい匂いがするから、食事の用意をしていたんだろう。窓から差し込む陽光を見る限り、今は朝。それも午前中の早い時間に思える。
ホッと一息つくと、ルルが覗き込んできた。俺は近くに女の子がいないのを確認し、声を落として尋ねた。
「ルル、どういうことだ?」
「何が」
「こうなった経緯だよ。お前なら知ってるんだろ」
「訂正しておくが、お前が眠り込んだのは三日間だ」
「はあ!」
「魔力の過剰使用で、身体に膨大な負荷がかかったのだ。むしろよく三日で起きれたものだ」
「魔力って怖いな」
「森で寝た翌日、夕方頃にシャナがお前を見つけてな。じいじ様に回収されたのだ。で、さらに二日眠って、今に至るというわけだ」
「シャナって?」
「さっきの女の子だ」
「ああ、あの子」
「感謝するといい。あの子が見つけてくれなければ、お前は昨日の雨で、さらに衰弱しただろうからな」
「怖いこと言うなよ」
俺が身震いすると、ルルは立ち去った。シャナがやってきたのだ。
「ご飯、食べる?」
「ああ、ありがとう」
俺はなんとか上半身を起こした。どこか動かすたびに、身体がバキバキいっている。一度動かせば、その後は身体を動かせた。しかし眠り続けて身体が凝り固まったんだろう。初動で襲い来る身体の痛みは相当だった。動くたびにうめき声が出る。
俺の様子を察してか、老夫がお盆を持ってきた。熱々の粥が膝の上におかれると、俺の腹がグーっと鳴った。あまりに大きな音だったので、俺もシャナも老夫も全員が笑った。ルルだけは聞こえないとばかりに、すまし顔で毛づくろいしていたが。
丸三日ろくな食事を取っていなかった腹に、粥の温もりが染み入る。薄味どころか味がしない粥。しかし弱った身体には最高に食べやすい粥だった。俺はペロリと平らげた。
「悪いな。うちじゃあ、そのもてなしで精一杯なんだよ」
皿の一滴までキレイに平らげた俺を見て、老夫が告げた。よほど飢えているように見えたのだろう。俺は自分が恥ずかしくなった。
「いや、決しておかわりが欲しいわけでは……」
「寝床くらいなら貸してやるが、元気になったらしっかり働いて返してもらうからな」
高笑いしながら、老夫は皿を片付けた。
ひと心地つくと、俺はこれからのことを考えた。
少しリハビリすれば、すぐにでも旅立てるだろう。しかし働いて恩返しせねば。少なくとも、このまま立ち去るのは無礼だと思った。
見たところ、この家は二人暮らし。家族が集まる早朝にも関わらず、他に住人の気配がなかった。家主の老夫は、木こりを生業としているらしい。窓の外に薪割り用具と薪を置く小屋が見えたからだ。
本来なら薪割りを手伝いたいところだが、今すぐに激しい肉体労働は無理だ。かといって、完治するまで滞在して、さらなる食事をいただくのは気が引ける。それほど裕福な家庭ではなさそうだし。
今の俺でもすぐにできて、この家の助けになることはないだろうか。
俺はベッドから這い出して、軽い運動で全身をほぐしながら考えた。
気がつくと、扉越しにシャナが覗いていた。俺のことを観察しているのだろう。目が合うと隠れ、またすぐに覗いてくる。人見知りする年齢だろうか。物珍しいものを見るように、ただじっと俺を見ていた
。
「お前が俺を見つけてくれたんだってな。ありがとう」
独り言をいうように、俺は声をかけた。
すぐに隠れたシャナだったが、次に顔を出した時にか細い声で答えた。
「……なんで知ってるの?」
確かに。俺は言葉に詰まる。俺はルルから聞いて知っていたが、シャナからすれば、俺はずっと寝ていた人だ。俺が寝ていた時の出来事など、知るわけがない。
「あ、あの時、ちょっとだけ起きたんだ。天使が助けに来たんだと思ってたけど、驚いたよ。起きたら君がいたんだからさ」
「……ふーん」
納得していないようだったが、特に気にしている様子もなかった。
やれやれ、ルルがいう「話すな」は、こういう意味もあるのか。知りえない情報も喋ってしまうと。てっきり俺がネコと会話する、変な人に見えるという忠告かと思っていた。迂闊なことは話せないものだ。
「名前、教えてくれるか?」
「シャナ」
「何歳?」
シャナは手のひらを俺に向けた。どうやら四歳らしい。
「パパとママは?」
「いない」
「じいじと二人っきり?」
「うん」
「そっか。シャナは普段、何をしてるんだ?」
シャナにできるお手伝いなら、今の俺にもできるかもしれない。俺は探りを入れてみた。
「いろいろ」
「今日はこれから何するの?」
「お水もってくる」
「そうか」
子供にもできるだろうが、思ったよりも重労働だ。今の俺にできるか、自信はない。
「あとね、葉っぱもってくる」
「そっか」
「お花も」
「そっか」
そこで俺は閃いた。