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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第2部】運命の出会い
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第一章①はじまりの町を出たからウキウキです

 春のうららかな陽気に包まれた午後。黄色や白の花たちに彩られた平原。地平線の彼方へまっすぐ伸びる一本道。

 その道を、俺は軽やかな足取りで歩く。なお、頭の上にネコが乗っているので、頭は重いし首がめりこみそうだが。


 生まれ育った王都を飛び出し、俺はルルと旅に出た。旅の目的は、追々説明する。

 ただ今は街から飛び出した解放感でいっぱいだった。もちろん王都から外に出たことがないわけじゃない。でも積極的に王都の外へ行こうと思ったことがなく、城壁が見える範囲から外には出かけたことがなかった。


 こう書くと俺が地元好きに思われるかもしれない。しかし王都に生まれ育った者はみんな、こんな感じ。街の中で人生に必要なことがすべてが完結するからだ。仕事で交易に関わっていない限り他の街には行かないし、出かけても日帰りで戻るような感じだった。


 そんな交易で出かける時、主に行くのが王都南方にある港町クルス。そして俺は今、クルスへの道をたどっていた。



 王都を出て差し掛かった、二股に分かれた分岐点。俺はルルに道を選ばせた。


 俺個人としては、クルスに行く右の道を選びたかった。しかし旅の同行者であるルルはどうだろう。納得しないと、後でニャーニャーわめくかもしれない。頭上で猛抗議されたらたまったもんじゃないしな。


 だが意外にも、ルルは右の道を選んだ。


 俺はてっきりネコは水が嫌いだから、右は選ばないと思っていた。だからルルの気が変わる前に、さっさとクルスに向かって歩を進めたのである。あれから一時間経ってから、俺は切り出した。


「それにしても意外だったよ。お前が海に行きたがるなんて」

 俺個人が疑問に思っていたのもあるが、この質問は念押しにもなる。今ごねても取り返しがつかないぞ、と。


「お前は誤解している」ルルは尻尾で俺の背中をピシャリと叩いた。


「まず私は水を恐れない。普通のネコと一緒にするな。次に港では新鮮な魚が食べられる。その味は格別だ。わかったか」

 結局ネコらしい理由だと思うが、俺は逆らわずに適当に返事した。


「そういう君こそ、こっちでよかったのか」

「まあな。俺も海を見に行くつもりだったし」

 先代たちとの邂逅で、俺は海を見たくてたまらなかった。俺は生まれてこの方、海を見たことがない。しかしながら、海に対する特別な憧れを持っていなかった。海を見ていないからといって人生で困るわけじゃないし、絵本でなら見たことがある。こんなのがあるんだというくらいの感想しか持っていなかった。


「そうか。てっきり隣国に行きたかったのかと思ってな」

「左の道って、隣国に繋がってるのか?」


 俺は驚いた。左に行くと山岳地帯になるのはわかっていたが、その先が隣国に繋がっているのは知らなかった。俺の認識では左の道の先には大渓谷があって、その先には行けないことになっていた。

 ちなみに、現代でも隣国との交流はない。だから国があるのは知っているが、どうやって行くかまでは把握していなかった。ああ、わかってる。俺の勉強不足だって。でも学校を卒業したら、使わない知識なんて消えちまうだろ。みんなそんなもんだってことで、許してほしい。


「あの道を左に行くと、岩ばかりの山脈に繋がっている。標高は高くないが、数日かかるだろうな。山を越えると大渓谷があって、大きな吊り橋がある。そこを渡って数日行くと、隣国があるぞ」

「へえ、そうなのか」

「まあ、私が最後に行ったのは三百年近く前だから、今は知らんが。ただ立地から考えて、今も同じような営みをしているだろうな。岩山ばかりだから、居住できる場所は限られる」

「ふーん。でもなんで、俺が隣国に行きたくなると思ったんだ?」

「まあ、その、なんとなくだ。魔王のことがあったから、どんな国か興味があると思ったのだ」

「まさか! 初代との記憶で散々見たから、興味もないって」


 そう、俺は隣国を見たことがあるのだ。といっても初代が王都にやってくる直前の、荒れ果てた跡地だが。魔王出現直後なので、戦乱からは二十九年経っている。多少は復興しているように思うが、跡地には草一本生えていなかった。地面は黒く焦げ、焼け野原のまま。自然の治癒が追いつかないほどの損傷だったのか、よほど無残な兵器が使われたのかはわからない。ただそこだけが何年経っても変わらぬ痛々しさを残していたのだ。


 初代は王都に向かう前、一度隣国に立ち寄っている。隣国がどうなっているか、自分の目で確かめるためだ。魔王のことも戦火のことも、初代はすべて想定済みである。しかし覚悟していた上でも、その痛ましさには絶句した。当時はお喋りだった子猫のルルも、この時ばかりは軽々しく口を開けなかった。足を止めて全体を確認すると、先代は数分でその場を去った。とてもじゃないが、長居できる場ではなかった。


 だから俺の中で、隣国はわざわざ見に行く場所には思えなかった。もちろん今がどうなっているのか、復興した姿に興味はある。しかし同時にあの光景が想起されて、自主的に行きたいとは思えなかった。


「そうか、なら別にいいんだ」

 この時のルルは、安堵しているように見えた。まあ、ルルも俺と同じことを思ったんだろう。ルルの場合、あの光景を生で見たからな。気分の悪さは俺以上のはずだ。



 まあ、話を続けよう。クルスに向かう道は、よく舗装された一本道である。曲がりくねってはいるが、だから迷うことはないし、とても歩きやすい。俺たちはどんどん進むことができた。


 クルスまで、馬車を飛ばせば一日で着くが、徒歩だと三日ほどかかる。普通は馬車を使って移動するのだが、俺はあえて徒歩の旅を楽しんでいた。道中、目新しいものは何もないが、今は見るものすべてが新鮮に見える。それに少しずつ自分の力で進んでいく、その感覚が楽しかった。


 ま、正直に言うと、金がなかったってのもあるんだけどな!

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