第十二章④ 七代~俺が一番好きな九代~祖父さん、そして父へ
七代、八代……ここぐらいまでくると、魔力の流れる方向が少し理解できた。
なんかこう、下に向かっている気がする。そういえば、地面に突き刺した剣に魔力を送っているのだった。あまりの苦しさに、初歩的なことをすっかり忘れていた。意識すると、確かに魔力は下に流れ、剣と手の境目が把握できた。剣と手が触れる一点から、激流のような魔力が流れ込んでいる。感覚を掴むと、一気に魔力の流れが理解できた。
『素晴らしいじゃないか!』
その時宿っていた、アズール九世が声を張り上げた。自称音楽家だけあって、この人はちょっと陽気な人である。
『そうしたら、魔力の量を調整してごらん。まずはとびっきり弱く。そして跳ね上げるように強く!』
「弱くしていいんですか?」
『大丈夫さ。そのために僕がいるんだろう。君が弱めたって、僕がサポートするよ。それより君に大事なのは、力加減を覚えること。コントロールできるということが重要なんだ。そのために僕が力になるよ。ほら、試して。やってみるんだ』
暑苦しい人だと思いながら、俺は魔力を弱めてみた。だが全然変化がない。むしろ勝手に魔力を持ちだされているようで、俺に扱える気がしないのだ。
『諦めちゃダメだ、ほらもう一回!』
コントロールの修行が始まってからというもの、アズール九世は終始こんな感じだった。変な人だとは思ったが、全力でサポートしてくれているのが伝わってくる。だから俺も全力で九世の期待に応えた。最後には少しだけ操作できて、大絶賛されながら別れることができた。
× × ×
魔力のコントロールは、案外すぐにできた。だが次の修行が大変だった。限界を超える修行である。自分の壁を超えるべく、常に全出力する必要があるのだ。
こう書くとわかりづらいが、イメージとしては精神を削って、魔力に変換するイメージ。まあ実際問題として、精神を削って魔力に変換する。ただ通常はブレーキがかかっているので、意図的にブレーキを外せるようになる必要があるのだ。
ブレーキを外したら、精神の削る量を調整して……初期に魔力のコントロールを学んだのも、このため。コントロールできないと、精神が摩耗しすぎて死んでしまうのだ。そう考えると、九世に大感謝だ。つらくなったら彼を思い出して、俺は修行に励んだ。
十三世、十五世、十七世……永かった修行にも、ようやく終わりが見えてきた。
× × ×
アズール二十世は、俺の祖父である。もし俺ら一族が一般人だとしたら、存命中に俺が会えていた人物だ。そう考えると、過去と現代が繋がったように思えた。
俺と同じことは、二十世、いや祖父さんも思ったらしい。意識が繋がった途端、温かいものに包まれた。抱きしめられているような、心地よい感覚だ。こんなに大きく、そして温かい存在を感じるのは初めてだった。
俺もできるかわからないが、祖父さんを抱き返すイメージをした。修行も最終局面を迎えて、俺も多少のことならできるようになっていた。
祖父さんは驚いているようだった。でも何も言わない。だからお互いに何も語らず、しばしそうしていた。永すぎる時間が、今はありがたく思えた。
俺たちは色々な話をした。共通の知人が出てきて驚くこともあった。俺の暮らしと祖父さんの暮らしの違いを知り、お互い興味深く話を聞いていた。
『一つ頼まれてほしいことがあるんだ』
「なに?」
終わりが近くなって、祖父さんが俺に告げた。何でも話してくれる祖父さんだが、この時は躊躇っているのがわかった。
『お前の父さん、アズール二十一世に、お詫びを伝えてほしいんだ。俺がもっと長生きできたら。それに力の強い息子に産めたらと……』
「そんなの、祖父さんのせいじゃないだろ!」
『それでも伝えてほしいんだ。俺だって、できることなら頑張りたかった。孫だけじゃなく、息子も巻き込みたくなかったさ。それなのに、あと十年! たった十年のせいで、あいつの人生は壊れた。そのことが悔やまれてならないんだ』
祖父さんは泣いていた。物質の変化はわからないが、祖父さんの魂は悲しみ色に染まっていた。
やりきれない思いが俺にまで伝わり、俺は本当に悲しかった。魔王への怒りとか通り越して、ただもう悲しかった。
「でも俺、こうなってよかったと思うんだ」と俺は言った。
『どういう意味だ?』
「だってさ、もし魔王が復活しなきゃ、俺は祖父さんに会えなかった。父さんには会えたかもしれないけどさ。祖父さんだけじゃない。色んな人に会えたよ。初代なんて、絵本の存在だと思ってたよ。でも実際に会えたんだ。皆教えてくれたよ。どんな人生だったかとか、何をしたいかとか。俺、全部終わったらまたギター始める予定なんだ。九世から弾き方のコツを聞いて。音楽って、すごい楽しいと思ったんだよ。だから俺、よかったんだ。この一族に生まれて、祖父さんの孫に生まれて、本当によかったんだ」
祖父さんは泣いていた。でも魂は悲しみ色じゃない。ポッと朱がともり、どんどん広がるような。雪解けて春の陽気が広がっていくような、そんなイメージだった。
『ありがとう』
俺たちはもう一度抱き合って、別れた。やっぱり祖父さんは大きくて温かいと最後の瞬間まで思っていた。
× × ×
ついに最後の継承者の元へやってきた。アズール二十一世、俺の父さんの番である。