第二章② どこも上司ってのはクズすぎるもんだぜ
荷車を引き、俺は街中を駆けまわった。普段は馬を使うが、怯えて小屋から出ようとしない。
俺が手こずっているとチーフがやってきて「じゃあ走れ」と言った。チーフの頭はおかしいと思ったが、それ以外に手はなかった。
だから俺が馬車馬のように働いているわけだ。これは特別ボーナスが出てもいいぐらいの働きだと思う。
北へ南へ。チーフ指導の下、俺は街中を飛び回った。
俺の訪問に得意先は驚いていたが、人と会えたこと、荷物が届いたことを喜んでいた。
少しだけだが、話をすることができた。聞いた内容をまとめるとこうだ。
・いつ魔王が現れたのか、誰も知らないこと(気づいたらいたそうだ)
・魔王は微動だにしないこと
・魔物たちに傷つけられた人はいないこと
さらに王宮へ物資を届けたところ、運よくジャンに出会えた。
ジャンは同級生ヨークの兄貴で、今は王宮に住み込みで料理人見習いをしている。武器オタすぎて笑えないヨークと違い、ジャンはみんなの兄貴で頼りがいがあった。俺も何かと相談したり、同い年のヨークより親しくしていた。
「アズール、無事だったか!」
会うなりジャンが抱きついてきた。普段と変わらないジャンの笑顔に、俺は救われたように思う。
「おばさんは元気か?」
「微妙かな」
「まあ、そうだよな。うん」
快活なジャンから、歯切れの悪い答えが返ってきた。
「街の様子はどうだ?」
「見た通り」
「まあ、そうなるよな」
「城はどんな感じなんだ?」
「てんやわんやだよ。女どもは片っ端から倒れるし、偉い人は会議室でギャーギャー騒いでるし。おかげで一時間おきに軽食を運ぶはめになって、料理番はフル稼働さ」
「頑張ってるんだな」
「でもよ、いい話もあるんだぜ」
ここでジャンは声をひそめ、にやりと笑った。続きを急かすと、俺の耳元でこう言った。
「近く、騎士団が討伐に出る」
俺はパッと顔を離した。そして魔物に聞こえていないか、周囲を見回した。
「正午からな」
ジャンは小声で付け足した。時計を見ると、あと三十分ほどである。俺は無言で頷いた。ジャンもわかってるように力強く頷いた。
「ところでお前、よく働いてるな。こんな事態なのに」
「チーフがうるさくてさ」
「俺も。料理長がうるさくてな。『緊急時こそ飯が必要だ』って。まったく熱い人だよ」
「うちも……いや、違う気がする」
俺が言うと、ジャンが笑った。
別れ際に焼きたてのパンをくれた。ご褒美だといって。紙袋に入ったパンは温かく、その温もりが嬉しかった。
「でさ、悪いんだけど」ジャンが付け足す。
「ヨークの様子、見てきてくれないか? 家にいればいいんだけど、変なことしてないか心配で。あ、ついででいいからさ」
魔王云々よりヨークに会うのが面倒だったが、ジャンの頼みは断りづらい。ましてやパンをもらった後だから。
「わかったよ。でも俺とチーフしかいないから、全部の仕事をやらされてるんだ。期待しないでくれよ」
「全然いいさ。頼んだぜ」
そういったジャンの笑顔はいつものように眩しかった。変な事態になったが、ジャンの笑顔だけが日常に思えた。
王宮から倉庫に戻ると、時刻は正午前。
あと少ししたら、魔王の足元にある大通り付近は戦場になるだろう。見たい気もするが、一刻も早く離れるべきだ。
俺は荷物のチェックをしているチーフに近づいた。本当は機密事項だから、言うべきではない。しかし死んでしまってはオシマイだ。さすがに強欲なチーフも自分の命なら惜しんでくれるだろう。
「チーフ、いいですか」