第十二章② 【レアキャラ】初代登場!
気がついて真っ先に感じたのは「搾られる」だった。身体の大きさを保持したまま、中身だけが吸いだされるような感覚だった。
しばらく俺は搾られる感覚に耐えた。そして慣れないながらもひと心地ついた頃、声がした。
『気づいたか』
脳内から声が届いたように思ったが、どうやら違う。直接心に語りかけるような、俺の意識に誰かが参入しているような。とにかく自分の中に他の誰かがいる感覚だ。
「誰だ?」
俺はただ思った。口に出したつもりはない。しかし笑い声が返ってきた。
『ははは、俺はアズール。アズール一世と言った方が、わかりやすいかな』
一世! ということは、始祖にして、魔王との戦いを始めた人物。いわゆる勇者として、俺が幼少期から慣れ親しんだ存在だった。
「あなたを知っている」思わず出た言葉は、なんとも情けないものだった。
『ありがとう。だが俺はお前を知らないんだ。末代の息子よ。本来なら訪れない存在だからな。どうやら俺の計算違いで、ずいぶん迷惑をかけたようだ。申し訳ない』
「いえ……」
何と答えていいかわからなかった。だがそれよりも先に、現状に対しての疑問が浮かんできた。ここはどこなんだろう。今は何をしているんだろうと。
『お前は今、俺の精神に溶け込んでいる。憑依というより、精神を間借りしているような感じだな。とにかく俺の一部になっているんだ』
一部になっているとは、どういうことだろう。そう思ったら、すぐに答えが返ってきた。
『今のお前は、意識しかない。肉体は現代にあって、意識だけが俺の体に宿っている状態だ。だから何も見えないし、動けない。ただ俺がしていることを一緒に感じるだけだ』
ではこの搾られる感覚は、一世の感じていることなのだろうか。少しだけ事態が理解できた。
『本来なら、目も体もちゃんと動く。だが余計な体力を使うからな。普段は感覚を遮断して、すべて魔力に変換しているんだ。一日でも長く戦えるようにな』
「いえ……」
『これまでの子孫たちにもよく言われたんだ。あなたの姿が見たいと。でも勘弁してくれ。俺は見られるのは好きじゃない。それに鏡もないから諦めてくれよ』
「はぁ……」
伝説の勇者はこんな人なのか。なんだか拍子抜けした。
絵本に出てくる人物だから、勝手に高貴で固い人物だと思っていた。優しいとは思っていたが、思っていたのと違う。なんというか、明るくてフランク。悪く言うとお調子者、普通の人といった印象だった。
『お前、今俺の悪口を思ったな』
「す、すみません」
『いや、いいんだ。みんな同じ反応をするよ』
「あの、みんなって……」
『ああ、過去に意識を戻す修行は、子孫全員が行ったんだよ。歴代全員から、一人三分の指導を受けるんだ』
「三分! そんなに短くていいんですか?」
『違うことを言われたのか?』
「そうではありませんが、俺はよく修行についてわかってなくて」
『ちょっと待ってな。……どれどれ……ふぅん、なるほど。そういった事情なら仕方ない』
「え、今何をしたんです?」
『お前の記憶を読んだ』
「え!」
『ははは、お前は俺の一部だと言っただろ。精神には意識だけじゃなく、記憶や思考もついてくる。それを自分ごととして読み取ったのさ』
「勝手にひどい!」
『じゃあお前もやってみな』
俺は宿主の思考を読み取ろうとした。姿だけじゃなく、過去も丸ごと読み取ってやろう。そう思っても、搾られる感覚が邪魔して酔いそうになるだけだった。
『搾られる感覚、慣れたか?』
「全然」
『だろうな。初めてだとさ。これが魔力を放出しているイメージだ。どっちの方向に搾られてるかわかる?」
「全然」
『はは、まあ仕方ない。魔力は一定方向に流れるから、慣れたら方向を探るんだ。方向を意識するだけで、魔力の伝達効率はグンと上がるからな』
「はあ……」
そうは言われても、搾られる感覚でいっぱいいっぱいだ。早く三分経ってほしいと願う。
『あ、そうそう。三分というのは、ちゃんと修行した時に感じる現実世界での体感時間だからな。素人のお前は、俺の一生分に付き合ってもらうぞ』
「ど、どういうこと?」
『つまり体感時間で十五年くらいはこのままってこと』
俺は何も考えられなくなった。
× × ×