第十一章② 俺、覚醒する
「父さんは……」俺の口から言葉がこぼれた。
「なんで教えてくれなかったんだろう。そうしたら、こんなに苦しまなかったのに。もっと俺のことを考えてくれてたら……」
「馬鹿もの!」
ルルが叫んだかと思うと、俺の後頭部に飛び掛かってきた。頭皮に鋭い爪が食い込み、かなり痛い。
「君は何もわかってない!」とルル。
「やめろ、離せって!」
俺は慌ててルルを引っぺがした。ルルが体をひねって暴れるので、思わず手を離した。
すると人間に戻ったルルにビンタされた。ルルの目には、ネコの獰猛さが残っていた。
「父上は、本当に君のことを心配していた。巻き込みたくないから、何も教えなかったのだ。その気持ちを疑うな。父上は、いつも君のことを考えていた。帰ったら一緒に飲もうとか、旅に出ようとか。そんなことばかり話していた。あと少しだと、また君に会えると、最終日を本当に心待ちにしていたんだ。それなのに、君に疑われるなんてあんまりだ!」
ここまで言うと、ルルはワッと泣き出した。
俺は驚いた。ルルの涙を見たのは、初めてだった。
ケンジャは優しくルルを抱きしめた。そして俺を見た。
「私からもお願いです。お父様を悪く言わないであげてください。本当に最期まで、あなたのことを思っていたのですよ」
ルルの気持ちもわかる。客観的に見たら、ルルが正しいのだろう。でも当事者である以上、俺は自分の気持ちをどうにもできなかった。
「でも、知らないから傷つけることもあるだろ」
「そうですね。では……」
ケンジャが両手を広げると、周囲の景色が一変した。
目覚めで夢が消えていくように、のどかな森の景色は儚く消えた。そして現れたのは、暗くじっとりとした、広い地下空間だった。壁面は石作りだが、地面は剥き出しの大地。そして等間隔で、小さな墓石と剣が地面に突き刺さっていた。
「ここは歴代の勇者の墓地です」
ケンジャは身近な剣を指さした。
「ここはアズール十八世。隣はアズール十七世ですね」
ケンジャの説明が一切入ってこない。何より、墓石の数の多さに圧倒されたのだ。
それに十八世だと! 思った以上に多すぎる。
十五歳で始めたとしても、平均寿命は五十歳。一人につき三十五年は受け持てるだろう。二百九十年の年月は長いが、前任者は、せいぜい十人程度だと思っていた。
「何人いるんだ?」
「二十一人ですね」
想像の倍以上で、俺は言葉を失った。それを察してか、先にケンジャが答えた。
「こちらが攻撃することで、実は魔王からもカウンターとして攻撃を受け続けています。そのため、勇者の寿命は二十九年。三十歳を迎える前に亡くなります。ただ、最大限の魔力を注ぎ続けることは、著しく寿命を縮めます。魔王の攻撃がなかったとしても、長くは生きられないでしょう」
ケンジャは俺のそばにある墓を指さした。
「そこに眠るのが、あなたのお父様。アズール二十一世です」
俺はひざまずくと、小さな墓石に顔を寄せた。そこには拙い文字で、今年の春光祭の日付と「アズール二十一世」の名前が刻まれていた。
それを見て、涙がこぼれた。次第にボロボロと流れ、俺の頬は一瞬で水浸しになった。
ほんの数日前まで、父さんは生きていた。それなのに、今はこんなに小さな墓石に変わってしまった。不謹慎だが、今になって初めて、この世に父が存在したことを実感できた。
──約束の日に、魔王が消滅していたら。
──あと数日、術式が持ちこたえたら。
──俺が父さんを探し回って、もっと早くこの場所にたどり着けたら。
実現不可能なもしもを考えては、俺は泣いた。子供のようにワンワン泣いた。嗚咽が止まらなくて、声を張り上げた。不気味な室内に俺の声が響いたが、気にせず泣いた。とにかく今は、泣くことしかできなかった。俺が泣いている間、ケンジャもルルもそっとしておいてくれた。
ひとしきり泣くと、一気に疲労を感じた。涙は落ちるが、喉はガラガラだ。ルルが俺にお茶を手渡した。すっかり冷めていたが、飲みやすく、すぐに喉が潤った。そして俺の頭もシャッキリ冷えた。
「俺、やるよ」二人が何か言う前に、俺は口を開いた。
「アイツをぶっ飛ばす。どうしたらいい?」