第十一章① みんなのために死ねますか?
ケンジャが長い話を終えた時、俺は何と言っていいかわからなかった。知らないことがありすぎて、すべての常識がひっくり返ったようだ。内容はわかっても、理解が追い付かなかった。
「……結局、俺はどうすればいいんだ?」
「魔王と戦うか、放棄するか。それしかありません」
「放棄したらどうなるんだよ」
「どうにもなりません。明日の定刻を過ぎたら、魔王は行動を開始するでしょう。この国の終わりです」
「他に方法はないのか? そうだ、地下って魔王が手出しできないんだろ。みんなで避難すればいいじゃん」
「確かに、ここは私の聖域なので、魔王も迂闊に手出しできません。しかしそれは無理な話です」
「なんでだよ。全員は無理でも、入るだけ避難できれば……」
「さっきも言ったように、ここは聖域です。常人なら、入るだけで精神が崩壊するでしょう。あなたは魔力が高いので、正常でいられるだけです」
「いや、さっきまでの俺は大丈夫だったぞ。少なくとも何人か助かる人はいるだろ」
少なくとも、母さんやヨークは大丈夫だ。大切な人が死にまくった俺でも、残された大事な人は守れると思った。
「残念ですが、無理です。ここでは呪いは一切効きません。だから最初から、あなたの生まれ持った魔力量で過ごしていたのです。他の人は、あなたの魔力に到底及びませんよ」
「でもおかしいだろ。トンネルを堀った時、たくさんの人が地下にいたはずだ。その理屈だと、トンネルを堀った人は全員死んだはずだ」
「当時と今は違うのです。確かに当時は、特別な力のない、ただの地下空間でした。しかし尋常じゃない魔力が常に行き交うのです。場所に魔力の残滓が溜まり、特別な力を得るようになりました。だから私は聖域を移し、住人に悪影響が出ないよう、地下の浄化しているのです。仮に私が許可したりどこかへ移っても、無事ではいられません」
他に手はないか、俺は必死に考えた。
次の手が浮かぶ前に、ケンジャが口を開いた。
「私が消えた後なら避難できるでしょう。しかし私の消滅は、同時に国の滅亡を意味します。国民が死に絶えて、ようやく私が消えるのです。それに残った人が正常でいられるかも疑問です。地下への避難は、考えても意味がないのです」
「……そんなの、俺に逃げ道ねえじゃん」
「あなたがやらないなら、それは仕方ないことです。役目について知らず、何も教育されずに今まで生きてきたのですから。あなたが逃げても、誰も責めないでしょう。ルルだって、わかっているはずです」
ルルは俺から顔を背け、ジッと黙っていた。ルルの考えはわからなかったが、ケンジャの発言を否定するような素振りはない。
「じゃあ今から逃げ道を探す! そして全員で逃げれば──」
「無理ですよ。他に逃げ道などありません。それに今、あなたは呪いがない状態です。地上に出た途端、魔王に見つかって八つ裂きにされるでしょう」
「今まで何もされなかったのに?」
「魔王は魔力で勇者を選別しています。今までは魔力を押さえていたから無事だったのですね。でも今は通用しません。一発で見つかるでしょう」
「じゃあ、なんだ。みんなを見殺しにして、俺だけ生きろっていうのか! もしくはみんなのために犠牲になれと? そんな馬鹿な話、あってたまるか!」
「本当にそうです。しかし現実には、その二択しかないのです」
「あんたも回りくどいこと言ってないで、言えよ。戦えって。国のために戦って死ねって!」
「それはできません。魔王との戦いは、あなたの意志が何よりも重要なのです。だからあなたが決めてください。どうするのかを」
俺はケンジャを睨んだ。ケンジャは優しくも強い眼差しで、俺を見つめ返した。
重い沈黙が流れた。
俺は耐えきれなくて、その場を離れた。
身近な木のそばへ来ると、力いっぱい殴った。褒められた行為でないのはわかっている、でも何かの形で発散しないと、今の思いを最悪な形で、ケンジャやルルにぶつけてしまいそうだった。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。そして俺の脳は、考えることをやめた。なんだかもう、ただ胸がいっぱいだった。様々な感情が駆け巡り、怒りと悲しみ、責任感や使命感が順々に押し寄せた。
俺は何度も木を殴った。石のように硬く、拳がジーンと痛んだ。それでも俺は殴らずにはいられなかった。