第十章⑤ 昔のルルは可愛かったんだな
術式発動の前日、最後の挨拶として、青年が私のもとにやってきました。
私は常に国中のことがわかるのですが、青年に緊張した様子はなく、いつも通り穏やかなままでした。
青年は頭を下げて礼を言うと、表情を曇らせました。その隙を私は見逃しませんでした。何か心配ごとがあるのかと思い、青年に尋ねたのです。
青年はなかなか話しませんでした。しかし最後には、言いづらそうに打ち明けてくれました。
「実は、ルルのことをお願いしたいのです」
この時の私は、何のことかわかりませんでした。
青年はローブを着ているのですが、被っていたフードを脱ぎました。すると頭上に、小さなネコが乗っていたのです。普段は隠れて気づきませんでしたが、いつもネコと一緒だったのですね。
「コイツがルルです。無理なお願いとはわかっていますが、女神様しかお願いできません」
「どうして私にしか頼めないのです?」
「実はコイツ、相当魔力が高くて。前の国を放浪していた時に拾ったのですが、普通の人間には手に負えないんです」
そんなことはないでしょう、と私が言いかけた時、
「そんなことはないぞ」とルルが話しました。
人語を話すネコは、私も初めて見ました。普通の人間には手に負えないというのも、一瞬で理解できましたよ。
「こんなご時世ですから、不気味がって酷い目に遭わないか心配です。どうか女神様の従者として、コイツ使ってやってくれませんか? その方が、ただのネコとして生きるより、何倍も幸せだと思うんです」
「そんなことはないぞ。私だって魔力供給者になれる」
「こういって、ついて来ようとするんです。俺は巻き込みたくないのに」
ルルは小さな体で精いっぱい、毛を逆立たせていました。私への不信感というより、青年と離れたくないといった様子です。
ルルを巻き込みたくない青年と、青年を気遣いたいルル。
お互いに思い合う様子に、私は心打たれました。
「わかりました。では私がその子を引き取りましょう」
「いやだ!」ルルは牙を剥き出しました。
「ルル、あなたの親切は、彼を困らせるだけです。だから、彼が困らない形で、貢献しましょう」
「どういうことだ?」とルル。
「私のもとで修行し、魔物となりなさい。そして彼の子孫を助けてあげましょう。これができるのは、長い命を得られるあなただけの役目です」
「そうか?」
ルルは不安そうに青年を見上げました。青年は顔を輝かせ、何度もうなずいています。
「そうだルル、それがいい。そうしてくれると、俺も助かる。これからは俺じゃなく、俺の子孫たちを守ってくれ」
「アズールがそう言うなら……」
ルルは女神の手のひらに乗りました。
二人で青年を送り出し、彼は翌日地下へと潜りました。残されたルルは私のもとで修行を重ねました。そして今のような力を得たのです。